第五十二話 結果
朝。
エイルは目を覚ますなり、窓の外を見た。
「父さん」
「なんだ」
「今、どれくらい?」
「朝だ」
「それは分かる。正午まで」
「長い」
「どれくらい?」
「長い」
「……」
答える気がないらしい。
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朝食を食べても、まだ早かった。
エイルは宿の部屋を歩き回った。
本を開く。
二ページほど読んで閉じる。
また窓を見る。
「父さん」
「まだだ」
「何も聞いてない」
「聞く顔してた」
「母さんみたいになってきたね」
「夫婦だからな」
またそれだった。
「もう学校行こうよ」
「早い」
「向こうで待つ」
「ここで待つのと何が違う」
「学校なら、結果が出たらすぐ見られる」
「早く行っても早く貼られるわけじゃないぞ」
分かっている。
分かっているが、落ち着かない。
結局、トーマが根負けして少し早めに宿を出た。
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学校へ向かう道は、もう覚えていた。
門が見えてくる。
「あ」
エイルが指をさす。
すでに大勢の人が集まっていた。
受験者。
その家族。
門の近くで立っている者もいれば、座って待っている者もいる。
「ほら。みんな早い」
「落ち着きのない奴が多いんだな」
「普通って言ってよ」
トーマは笑った。
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まだ結果は出ていない。
待つ。
エイルは門の近くを行ったり来たりした。
昨日の面談が頭に浮かぶ。
村のこと。
灰牙のこと。
学校へ来たい理由。
あれでよかったのか。
もっと違う言い方があったのではないか。
魔術について、もっと話した方がよかったのか。
「エイル」
「なに?」
「歩き回るな」
「動いてた方が楽」
「さっきから同じところ往復してるぞ」
「待ってるだけよりいい」
「地面が減るぞ」
「減らないよ」
そんなことを言っているうちに、学校の中から何人かの職員が出てきた。
大きな紙を持っている。
周囲の話し声が一気に小さくなった。
エイルも止まった。
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門の横にある掲示板へ、紙が貼られていく。
一枚。
二枚。
三枚。
紙には番号が並んでいた。
「以上が合格者です」
その声の直後、人が一斉に動いた。
「父さん」
「押すなよ」
「分かってる」
前へ行きたい。
でも人が多くて見えない。
無理に入るのはやめ、少し待った。
やがて人がばらけ始める。
笑っている子がいた。
親に抱きついている子もいる。
その反対に、何も言わず歩いていく子。
泣いている子もいた。
それを見た瞬間、エイルの腹の奥が重くなった。
「行くぞ」
トーマが言った。
「うん」
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掲示板の前へ立つ。
番号を上から追う。
一。
三。
六。
違う。
九。
十一。
十三。
十七。
十九。
二十二。
二十四。
二十五。
「……」
次。
二十七。
目が止まった。
一度、下を見る。
三十。
戻る。
二十五。
二十七。
間違いない。
「父さん」
「うん」
「……あった」
「そうだな」
エイルはもう一度見る。
二十七。
昨日まで首から下げていた番号。
自分の番号だ。
「受かった」
「そうだな」
もう一度見る。
やっぱりある。
「受かった」
今度は少し声が大きくなった。
トーマを見る。
父は笑っていた。
「父さん」
「なんだ」
「受かった」
「三回目だぞ」
「だって」
エイルも笑った。
何を言えばいいのか、それ以上思いつかなかった。
ただ、嬉しかった。
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最初は文字もまともに読めなかった。
母に教わり、父に計算を教わった。
仕事が終わったあとに勉強した。
自分の金で、初めて本を買った。
読めないところを少しずつ読めるようにした。
全部がこの試験のためだったわけではない。
けれど、その続きに今があった。
二十七。
何度見ても消えない。
「母さんに言いたい」
「ああ」
「リナにも」
「帰ったらな」
「今すぐ帰りたい」
「二週間かかるぞ」
「……遠い」
来るときより、今の方が村を遠く感じた。
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掲示板の横には、別の案内が出ていた。
合格者は指定された建物へ集まるよう書かれている。
「父さん」
「まだ帰れんぞ」
「分かってる」
二人で校内へ入った。
案内された部屋には、合格した子供たちと家族が集まっていた。
試験初日に見た人数より、かなり少ない。
前に職員が立つ。
「合格おめでとうございます」
その言葉を聞いて、エイルは少しだけ背筋を伸ばした。
改めて言われると、本当に受かったのだと思えた。
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説明が始まった。
入学する日。
必要な持ち物。
授業で使う教材。
服。
遠方から来る者のための寮。
そして、授業料。
寮費。
食費。
そのほかに必要になる費用。
最初は真剣に聞いていたエイルだったが、途中から少しずつ口数がなくなった。
知っていた。
学校へ通うには金がかかる。
村からここまで来るだけでも、かなり使った。
でも、実際に一つずつ聞くと違う。
教材にも金がいる。
住むにも金がいる。
食べるにも金がいる。
一度払って終わりではない。
横を見る。
トーマは何も言わず、渡された紙を見ながら説明を聞いていた。
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説明が終わり、外へ出る。
エイルはしばらく黙って歩いた。
「父さん」
「なんだ」
「……高いね」
「ああ」
トーマは否定しなかった。
「大丈夫?」
「帰って計算する」
「足りる?」
「まだ分からん」
「もし足りなかったら――」
「帰ってからだ」
「でも」
トーマが足を止めた。
「エイル」
「なに?」
「試験は受かった」
「……うん」
「そこまでは、お前がやった」
手に持っていた紙を軽く振る。
「こっちは大人が考える」
エイルは少し黙った。
「俺も考えるよ」
「なら帰ってから一緒に考えろ」
「うん」
それなら納得できた。
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学校の門を出る前に、エイルは一度だけ振り返った。
受かった。
けれど、ここへ通えるかどうかはまだ決まっていない。
それは村へ帰ってから考える。
今は、とにかく帰りたかった。
ミラに言いたい。
リナにも言いたい。
「父さん」
「なんだ」
「母さん、何て言うかな」
「喜ぶだろ」
「リナは?」
「土産って言うんじゃないか」
エイルの足が止まった。
「……忘れてた」
トーマも止まる。
「お前」
「まだ帰らないから!」
「買う金あるのか?」
「少しくらいある」
「学校の金を聞いた直後だぞ」
「でも約束した」
トーマがため息をついた。
「安いのにしろ」
「珍しいやつがいいって」
「安くて珍しいものを探せ」
「難しくない?」
「試験より簡単だろ」
「絶対、試験の方が簡単だった」
トーマが笑う。
エイルも笑った。
明日から、帰る準備をする。
また二週間ほどの道を戻る。
その先に村がある。
エイルは少しだけ歩くのを速めた。
早く、自分の口で伝えたかった。




