第五十一話 面談
三日目。
最後は面談だった。
昨日までとは違う建物へ案内され、廊下の壁際に並べられた椅子で順番を待つ。
一人が扉の向こうへ入り、しばらくすると出てくる。
次の一人が入る。
また待つ。
エイルは膝の上で手を組んだ。
筆記試験より、こっちの方が落ち着かない。
何を聞かれるのか分からないからだ。
「二十七番」
「はい」
呼ばれて立ち上がる。
扉を開けた。
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部屋には三人いた。
中央に年配の男。
右に女性。
左には少し若い男。
机を挟んだ向こう側に、椅子が一つ置かれている。
「座ってください」
「はい」
エイルは腰を下ろした。
最初に聞かれたのは、名前、年齢、出身地だった。
ここまでは受付でも何度か答えている。
「ずいぶん遠方から来ていますね」
「はい」
「この学校を知ったきっかけは?」
エイルは少し考えた。
学校のことを最初に教えてくれたのは両親だ。
ただ、外の世界を知り始めたきっかけなら、本だった。
「父さんと母さんから聞きました。その前から、村に来る商人から本を買って読んでました」
「本を?」
「はい」
男が紙に何かを書いた。
「では、なぜこの学校へ来たいと思ったんですか?」
「魔術を知りたいからです」
「魔術だけですか?」
「……いや」
エイルは少し考え直した。
本を読めるようになってから、知らない場所があることを知った。
町。
国。
海。
自分の村にはない仕事や道具。
学校へ来るまでの旅でも、初めて見るものばかりだった。
「もっと、いろいろ知りたいです。魔術が一番気になるけど」
女性が尋ねる。
「魔術に興味を持った理由は?」
エイルは、今度は少し長く考えた。
「村に来た人が使ってるのを見ました」
「誰ですか?」
「サナっていう人です。魔物のことで村に来てくれた人で、火とか、怪我を治す魔術を使ってました」
三人の視線が少し変わった。
「村に魔物が出たのですか?」
「はい」
「いつ頃です?」
「何年か前です」
「どんな魔物でした?」
「灰牙です。群れで来ました」
中央の男が続けて聞く。
「被害は?」
エイルの返事が少し遅れた。
「……人も死にました。怪我した人もいます。父さんも脚を怪我しました」
「あなたはそのとき、何を?」
「村長の家にいました」
それだけだった。
戦ってはいない。
外へ出てもいない。
リナたちと一緒に、大勢の村人が集まった家の中にいた。
外から聞こえる音を聞いていた。
柵に何かがぶつかる音。
叫び声。
怪我人が運ばれてくる音。
「怖かったですか?」
女性に聞かれた。
「はい」
エイルはすぐに答えた。
そこは考える必要がなかった。
「怖かったです」
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「その経験が、学校へ来たいと思った理由ですか?」
中央の男が聞いた。
「それだけじゃないです」
学校の話を聞く前から、魔術は気になっていた。
文字を覚えるのも、本を読むのも面白かった。
自分の知らないものがあると、知りたくなった。
それは今も変わらない。
「でも、あのあと、もっと行きたいと思いました」
「なぜでしょう?」
エイルは膝の上の手を見る。
襲撃そのものは、一晩だった。
けれど、それで全部が終わったわけではない。
森へ入れなくなった。
薪を取りに行けなくなった。
狩りもできない。
畑にも自由に行けない。
人が死んだ。
怪我をした。
仕事をする人が減った。
冬が来る前から食べ物が足りなくなって、寒くなれば薪も減った。
あの頃の小さな食事を思い出す。
「魔物が来たあと、村でできないことが増えたからです」
「できないこと?」
「森に入れなくなったり、畑に行けなくなったり。食べ物も薪も足りなくなって……」
話しながら、エイル自身も少し整理されていく。
「魔物がいなくなっても、すぐ元には戻らなかったです」
三人は黙って聞いていた。
「それで魔術を学びたいと?」
「はい。でも……」
そこで一度止まる。
「魔術だけで何とかなるとは思ってないです」
サナはいた。
ハインも、ドルクもいた。
それでも死んだ人はいる。
「じゃあ、なぜ魔術なんですか?」
若い男が聞いた。
エイルは少し困った。
「気になるから」
三人のうち、若い男がわずかに笑った。
エイルは続ける。
「それに、今の俺よりできることは増えると思うから」
「魔術を使って、魔物と戦いたい?」
「それは……分かりません」
「分からない?」
「戦ったことないから」
やりたいかどうかも分からない。
できるかどうかは、もっと分からない。
「でも、また何かあったときに、何も知らないのは嫌です」
「村を守りたいということですか?」
「村も。家族も」
「どうやって?」
エイルは少し考えてから、首を振った。
「それがまだ分からないです」
中央の男を見る。
「だから、知りたいです」
魔術だけではない。
魔物のことも。
外の世界のことも。
自分が知らないことを、もっと。
「ここで勉強して、何ができるのか知りたいです」
女性が紙に何かを書いた。
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その後も質問は続いた。
家族のこと。
村で普段何をしているか。
畑仕事。
家畜。
薪割り。
これまで、誰に文字や計算を教わったか。
「ご両親ですか?」
「はい。文字は母さんの方が得意です」
「お父さんは?」
「計算」
少し考えてから付け足す。
「文字も読めますけど、たまに間違えます」
中央の男が口元を緩めた。
「本人の前では言わない方がいいかもしれませんね」
「もう言ってます」
女性まで少し笑った。
ようやく、エイルの肩から少し力が抜けた。
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最後に、中央の男が聞いた。
「もし不合格だった場合、どうしますか?」
エイルはすぐには答えなかった。
村へ帰る。
それは決まっている。
「帰ります」
「その後は?」
「また勉強します」
「もう一度受験しますか?」
今度は迷わなかった。
「はい」
「分かりました」
男が紙へ何かを書き込む。
「以上です」
「はい。ありがとうございました」
立ち上がり、頭を下げる。
扉を開ける。
廊下へ出る。
閉める。
そこでエイルは息を吐いた。
「……終わった」
三日間の試験が、全部終わった。
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外へ出ると、トーマが待っていた。
「どうだった」
「いっぱい聞かれた」
「何を」
「村のこととか。普段何してるとか」
「そうか」
「灰牙が来たときのことも話した」
トーマが少しだけ黙った。
「父さんが怪我したことも」
「余計なこと言ったな」
「本当じゃん」
「格好悪いだろ」
「ドルク助けたんだからいいじゃん」
「そこまで話したのか?」
「そこは話してない」
「ならいい」
「いいんだ」
二人で歩き出す。
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学校の門を出る。
「父さん」
「なんだ」
「面談で、魔物と戦いたいかって聞かれた」
「何て答えた」
「分かんないって」
「そうか」
「変だったかな」
「知らん」
「またそれ」
トーマは前を向いたまま言った。
「戦ったこともないのに、戦いたいか聞かれても分からんだろ」
エイルは少し考えた。
「だよね」
「俺はやりたくないけどな」
「父さんは農家だし」
「そうだ」
「でも灰牙と戦ったじゃん」
「必要だったからだ」
「また来たら?」
「そのとき考える」
「ものによる?」
「ものによる」
エイルは笑った。
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宿へ戻る途中、エイルは何度か学校の方を振り返った。
試験は終わった。
今さら答えを変えることはできない。
魔力量がどれくらいだったのかも分からない。
筆記が何点だったのかも分からない。
面談で、あれでよかったのかも分からない。
「結果、明日だって」
「ああ」
「正午に出るって」
「なら明日見に行くか」
「うん」
明日になれば、全部ではなくても一つだけは分かる。
受かったか。
落ちたか。
それだけだった。




