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THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
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第四十三話 出発まで


「四十二」


エイルが答えると、トーマは首を振った。


「違う」


「え?」


「もう一回、最初から読め」


エイルは板に書かれた問題を見る。


「七が六つだから、四十二じゃん」


「その前だ」


「その前?」


言われて、問題の最初へ目を戻す。


「麦が八袋。一袋に七束……」


そこで気づいた。


「……五十六」


「最初から七しか見てなかっただろ」


「見てたよ」


「じゃあ何で間違えた」


「ちょっと急いだ」


「試験でもそう言うのか?」


「言わない」


「なら急ぐな」


エイルは口を尖らせた。


最近、こういう間違いが増えていた。


分からないわけではない。


むしろ知っている問題ほど、早く答えようとして数字を見落とす。


文字を一つ飛ばすこともある。


試験が近づいていると思うと、どうしても先へ進みたくなる。


「もう一問」


トーマが言った。


「まだ?」


「嫌なら終わるか」


「やる」


「なら文句言うな」


「文句くらいいいじゃん」


「口より頭を動かせ」


「それは動かしてる」


「なら間違えるな」


「父さん、今日厳しくない?」


「試験を受けたいのは誰だ?」


「俺です」


「じゃあ次」


「はい」


---


読み書きはミラ。


計算はトーマ。


本に載っている地理や歴史も、分からないところは二人に聞く。


試験が近づくにつれて、勉強する時間は少しずつ増えていた。


それでも畑や家の仕事がなくなるわけではない。


昼は働く。


夜に勉強する。


疲れている日は早めに切り上げる。


何年も続けてきたことだった。


ただ最近は、エイル自身が落ち着かなかった。


ある夜、本を閉じてミラを見る。


「母さん」


「なに?」


「これ、全部覚えた方がいい?」


「全部?」


「この本」


ミラが本を見る。


「全部は無理でしょう」


「でも、何が試験に出るか分からない」


「そうね」


「だったら全部覚えた方がいいじゃん」


「じゃあ最初のページには何が書いてある?」


突然聞かれ、エイルは少し考える。


「国の名前と、大きな川。それから北の山脈と――」


「じゃあ真ん中くらい」


ミラが適当に本を開いた。


エイルはそこを読み、書かれていることを説明する。


「最後の方は?」


また開く。


今度も答えられた。


ミラが本を閉じた。


「読めるでしょう?」


「うん」


「意味もだいたい分かってる」


「まあ」


「なら、今から全部覚え直そうとするより、問題をちゃんと読んで間違えない方が大事じゃない?」


昼間の計算が頭に浮かんだ。


「……父さんと同じこと言ってる」


「夫婦だからね」


「そこ関係ある?」


「あるんじゃない?」


母まで適当だった。


---


二日目の試験については、最後まで詳しいことが分からなかった。


魔力量を確認する。


魔力を扱う試験もある。


分かっているのは、それだけだ。


だからエイルも、特別なことはできなかった。


畑仕事の中でいつものように魔力を使う。


腕へ回す。


脚へ回す。


必要なときだけ少し増やし、いらなくなれば減らす。


それとは別に、余裕のある夜には形を作った。


最近は、作り始める前に形を決めることが増えていた。


大きな輪。


その内側に六つの小さな輪。


中心にもう一つ。


それぞれを違う線で繋ぎ、外側にもいくつか小さな形を置く。


頭の中で一度全体を思い浮かべる。


それから魔力を集めた。


一つ。


二つ。


三つ。


順番に作っていく。


最後の線を繋ぐ。


「……できた」


今度は同じ形を反対向きに作る。


少し手間取ったが、これもできた。


次は大きさを変える。


形は同じまま、半分くらいに小さくする。


線同士が近くなる分、少し難しい。


途中で一か所が崩れた。


「あ」


全部が散る。


もう一度。


今度はゆっくり作った。


「よし」


何も起きない。


いつも通りだった。


これが試験で何かの役に立つのかは分からない。


けれど、何もせず考えているよりは落ち着いた。


---


やがて、長かった冬の終わりが見え始めた。


昼になると屋根から雪解け水が落ち、道はぬかるむ。


風はまだ冷たいが、日差しは少しずつ春に近づいている。


エイルが家の前で薪を割っていると、トーマが言った。


「もうすぐだな」


「何が?」


「出るの」


薪を割ろうとしていた手が止まった。


「ああ……」


分かっていた。


それでも父の口から聞くと、急に近く感じる。


「いつ?」


「雪がもう少し減ったらだ」


「試験に間に合う?」


「間に合うように出る」


「馬車は?」


「セドが最初の街まで乗せてくれる」


「その後は?」


「乗合の馬車を使う」


エイルは頷いてから、ふと気づいた。


「誰と行くの?」


「俺」


「……父さん?」


「ああ」


「学校まで?」


「行く」


エイルは思わず薪を置いた。


「村は?」


「ベルンたちに頼む」


「畑は?」


「その時期なら、まだ何とかなる」


「母さんは?」


「残る」


少しだけ嬉しくなった。


知らない道を一人で行くことになると思っていたからだ。


「父さんも二週間ずっと馬車?」


「お前一人で行かせたら、途中で違う馬車に乗りそうだからな」


「乗らないよ」


「宿で金を全部使うかもしれん」


「使わない」


「知らん奴についていくかも」


「俺、何歳だと思ってるの?」


トーマがエイルを見る。


「俺から見れば、まだ子供だ」


「……」


そこは反論しにくかった。


---


夕食のとき、その話を聞いたリナが不満そうな顔をした。


「父さんも行くの?」


「ああ」


「ずるい」


「何が?」


「私も行く」


エイルがすぐ言う。


「前は行かないって言ってただろ」


「今は行きたい」


「馬車で二週間くらいだぞ」


リナが止まった。


「……やっぱりいい」


「早いな」


「兄ちゃん」


「なに?」


「お土産」


「まだ行ってないよ」


「忘れるから今言う」


「何がいい?」


リナが考え始めた。


エイルは待つ。


まだ考えている。


「……決まった?」


「まだ」


「じゃあ買わない」


「何か買ってきて!」


「一番困るやつじゃん」


「おいしいの」


「食べ物になっただけましか」


---


数日後、ミラが旅に持っていくものを並べ始めた。


着替え。


布。


水筒。


小さな袋。


それから、エイルが何年も使ってきた本。


「本も?」


「持っていくでしょう?」


エイルは持ち上げてみる。


「重い」


「置いていく?」


「持ってく」


即答だった。


ミラが笑う。


「全部、自分で持つんだからね」


「分かってる」


「途中で父さんに渡さない」


「これくらい持てるよ」


「魔力を使いすぎない」


「分かってる」


「知らないものを勝手に食べない」


「母さん、俺もう小さい子じゃないよ」


「夜に一人で出歩かない」


「それも分かってる」


「荷物から目を離さない」


「多いって」


ミラの手が少し止まった。


「……遠いからね」


エイルも黙った。


森へ行くのとは違う。


近くの村へ行くのとも違う。


馬車を乗り継いで二週間ほど。


そこまで行って、試験を受ける。


そして、もし受かったら。


今度はもっと長く村を離れることになる。


「帰ってくるよ」


エイルが言った。


ミラが少し笑った。


「試験が終わったらね」


「うん」


「受かっても、一度は帰ってくるからね」


「分かってる」


今回は試験を受けに行くだけだ。


受かった後のことは、それから決める。


---


その夜、エイルは家の裏へ出た。


何年も、ここでいろいろなことを試してきた。


最初は、物を持ち上げるときに魔力を身体へ回すことだった。


そのあと文字を覚え、覚えた形を魔力で作ってみた。


いつの間にか文字ではなくなり、自分で考えた複雑な模様ばかり作るようになった。


エイルは一つ、いつも作っている形を作る。


大きな輪。


内側の線。


小さな輪。


枝分かれ。


中心。


ほとんど迷わず完成した。


次は、初めての形を考える。


少し時間をかけて全体を決め、それから作り始める。


途中で一か所が崩れかけた。


直す。


残りは保ったまま、最後まで繋ぐ。


完成。


やっぱり何も起きない。


エイルはしばらく形を保ってから、静かに散らした。


家へ戻る。


いつもの夜だった。


---


翌朝。


トーマは家の前に残った雪と道の状態を確かめてから言った。


「三日後に出るぞ」


エイルの手が止まった。


「三日後?」


「ああ」


ずっと「来年」だった。


それが「春」になった。


そして今は、三日後。


「分かった」


自分でも驚くくらい普通の声が出た。


その日は畑仕事をしながら、何度も頭の中で数えた。


あと三日。


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