第四十二話 試験のこと
セドが戻ってきたのは、それから十二日後だった。
「エイル!」
畑で鍬を振っていたエイルが顔を上げる。
村の入口に荷車が止まり、セドがこちらへ手を振っていた。
「分かったぞ!」
エイルは反射的に鍬を置きかけた。
「エイル」
隣からトーマの声がする。
「……分かってる」
鍬を握り直した。
「仕事が終わってから」
「そうしろ」
今日はいつもより、畑仕事が長く感じた。
---
ようやく仕事を終え、手を洗って村の中央へ向かう。
セドはベルンと話していた。
エイルは少し離れたところで待った。
前ならそのまま割って入っていたかもしれない。
ベルンが去る。
「で?」
すぐに聞くと、セドが笑った。
「待てるようになったと思ったら、終わった瞬間か」
「ちゃんと待ったよ」
「はいはい」
セドは荷車から一枚の紙を取り出した。
「学校のことだ」
エイルの目が紙へ向く。
「これ何?」
「向こうで聞いたことを書き写してもらった」
「誰に?」
「街で学校のことを知ってる奴を探してな。そこから確認してもらった」
「学校の人?」
「そこまでは会ってない」
「大丈夫?」
「嫌なら自分で聞きに行け」
「信じます」
「早いな」
エイルは紙を覗き込んだ。
一番上には学校の名前。
読める。
その下にも文字が続いている。
何年か前なら、セドに全部読んでもらわなければ分からなかった。
今は、自分で追える。
「試験は……春」
「ああ」
さらに読む。
「三日?」
「そう聞いた」
エイルが顔を上げる。
「三日もやるの?」
「らしいぞ」
「一日じゃないの?」
「俺に言うな」
---
紙には、三日間のおおまかな内容も書かれていた。
一日目。
読み書き、計算、それから基礎的な知識。
「これは分かる」
「今やってるやつだな」
二日目。
魔力量の確認と、魔力を扱う試験。
エイルの指が止まった。
「……これ、何するの?」
「知らん」
「聞かなかったの?」
「聞いた」
「じゃあ?」
「詳しい内容までは教えられないそうだ」
「なんで?」
セドがエイルを見る。
「試験だからじゃないか?」
「……そっか」
先に内容を全部教えてしまったら、試験にならない。
三日目は面談。
そこまで読んで、エイルはもう一度二日目へ戻った。
「魔力量って、どうやって調べるの?」
「知らん」
「魔力を扱う試験は?」
「知らん」
「何ができればいい?」
「知らん」
「セド」
「俺は学校の先生じゃねえ!」
近くで荷物を見ていた村人が笑った。
---
夜。
エイルは覚えてきた内容を家族に話した。
「三日間?」
ミラも少し驚いた顔をした。
「うん。一日目が読み書きと計算と、基礎知識」
「そこは今までやってきたことね」
「二日目が魔力量と、魔力を扱う試験」
トーマが少し考える。
「それは分からんな」
「父さんなら何すると思う?」
「魔力を使うんだろ」
「それは俺でも分かるよ」
「なら聞くな」
「父さん、本当に役に立たないな」
「飯食わせてるだろ」
「学校の話で」
「条件を後から足すな」
リナが横から口を挟む。
「三日目は?」
「面談」
「何それ」
「学校の人と話すんだと思う」
「兄ちゃん大丈夫?」
「何が?」
「知らない人と話すの」
「普通に話せるよ」
「ハインにずっと質問してたもんね」
「ほら」
「嫌がられてたけど」
「それは言わなくていい」
---
一番分からないのは、やはり二日目だった。
「魔力が少なかったら落ちるのかな」
エイルが聞く。
ミラは首を振った。
「そこまでは分からないね」
「多ければ受かる?」
「それも分からない」
「じゃあ、何のために測るんだろ」
誰も答えられない。
魔力を扱う試験も同じだった。
エイルは昔から、仕事をするときに魔力を身体へ回している。
今ではほとんど考えなくてもできる。
それとは別に、魔力で形を作る遊びも何年も続けている。
けれど、それらが学校の試験で何の意味を持つのかは分からなかった。
「分からないものは仕方ないよ」
ミラが言った。
「今できる勉強をやっておきなさい」
「……うん」
---
翌日。
エイルは畑で袋を持ち上げながら、久しぶりに自分の魔力の動きを意識した。
いつもなら考えない。
身体を動かせば、必要なところへ自然に回している。
今日はわざと少なくする。
少し増やす。
腕だけ。
次は脚。
歩きながら弱める。
坂では少し増やす。
「……できるな」
当たり前だった。
何年もやってきたのだから。
問題は、これが試験でいう「魔力を扱う」に入るのかどうかだ。
それは分からない。
---
夜には、いつもの形を作った。
丸。
小さくする。
大きくする。
細い線を伸ばす。
途中で曲げる。
文字を一つ。
その隣に別の形。
さらに二つ。
三つ。
複雑な形をいくつか同時に保つ。
「これも……魔力を扱ってることにはなるよな」
自分で言ってから、首を傾げる。
魔力を動かしているのだから、言葉だけならそうだ。
でも、学校が何を見ようとしているのかは分からない。
そもそも、他の人がこんなことをしているのかも知らない。
---
次の日、エイルはトーマに聞いてみた。
「父さん」
「なんだ」
「魔力で丸作れる?」
「丸?」
「うん」
「何の話だ」
「魔力を細くして、こうやって輪にするの」
エイルは手振りを交えながら説明した。
トーマはしばらく聞いたあと、
「何でそんなことするんだ?」
と言った。
「できるか聞いてるの」
「やったことない」
「じゃあやってみて」
「嫌だ」
「一回だけ」
「畑」
「終わってから」
「疲れてる」
「じゃあいつ?」
「やらん」
「なんで!」
「必要ないからだ」
いつもの父だった。
ミラにも聞いたが、
「やったことないから分からない」
で終わった。
「じゃあ試してみてよ」
「その前に夕飯手伝って」
「……はい」
結局、比べる相手はいなかった。
---
数日後、セドがまた村へ来た。
今度はちゃんと仕事を終えてから捕まえる。
「試験って、何人くらい受ける?」
「知らん」
「何人くらい受かる?」
「知らん」
「難しい?」
「知らん」
「何なら知ってるの?」
「塩と小麦の値段」
「今、学校の話してるんだけど」
セドが笑った。
「ただな」
「何?」
「落ちる奴は結構いるらしいぞ」
エイルの顔から笑いが消えた。
「どれくらい?」
「そこまでは知らん」
「半分?」
「知らん」
「もっと?」
「だから知らんって」
「でも結構落ちるんでしょ?」
「そう聞いた」
それだけだった。
---
その夜。
本を開いても、なかなか頭に入らなかった。
一行読む。
次へ行く。
気づくと、また同じところを読んでいる。
「エイル」
向かいにいたミラが言った。
「そこ、さっきから何回も読んでるよ」
「……うん」
「疲れた?」
「違う」
「じゃあ、どうしたの?」
エイルは本を見たまま、しばらく黙った。
「落ちたらどうしよう」
口に出したのは初めてだった。
ミラはすぐには答えなかった。
「落ちたら、帰ってくる」
「それだけ?」
「それだけ」
「お金もかかる」
「うん」
「行くのにも二週間くらいかかる」
「そうね」
「帰りもある」
「うん」
「いっぱい勉強して、それで落ちたら?」
「悔しいだろうね」
エイルは黙った。
ミラが本を指す。
「でも、まだ落ちてないよ」
「受かってもない」
「そうね」
「どっちも決まってない」
「だから今、勉強してるんでしょう?」
エイルはしばらく本を見ていた。
「……うん」
もう一度、最初から読む。
今度は一行ずつ、ちゃんと意味を追った。
---
それからも、やることは変わらなかった。
文字を読む。
書く。
計算する。
知らないことを覚える。
間違えればやり直す。
夜、余裕があれば形も作る。
ただ、試験の内容を知ってからは、少しだけ作り方を変えた。
線の太さを揃えてみる。
丸をできるだけ歪ませない。
左右を同じ形にする。
一度作ったものを崩さず、同じものをもう一つ並べる。
役に立つかどうかは分からない。
試験と関係があるかも分からない。
だから、試験のためというより、今までの遊びを少し丁寧にやる程度にした。
春までは、まだ時間がある。
けれど、もう何年も先ではない。
試験を受ける日は、本当に近づいていた。




