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THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
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第三十七話 収穫まで


「抜くなよ」


トーマが言った。


「分かってる」


「踏むなよ」


「分かってるって」


「作物は触るなよ」


エイルが顔を上げる。


「じゃあ俺、何しに来たの?」


トーマは畑を見渡した。


「虫探し」


「虫取るなら触るじゃん」


「作物を引っ張るなって意味だ」


「最初からそう言ってよ」


エイルは腰を屈め、葉の裏を一枚ずつ確認していった。


一枚目。


いない。


二枚目もいない。


三枚目をめくると、小さな虫がついている。


「あ」


指で摘まんで取る。


「一匹」


「まだいるぞ」


少し離れたところからトーマが言った。


「見えてるの?」


「見なくても、この時期ならいる」


「便利だな、大人」


「お前もそのうち分かる」


「魔術より難しそう」


「畑なめるなよ」


---


夏の畑は忙しかった。


草を抜き、虫を取り、水の具合を見る。


倒れたものがあれば起こし、葉の色が変われば原因を探す。


やっていることだけなら、毎日よく似ている。


けれど、昨日何もなかった場所が、今日も同じとは限らない。


その日もエイルは、葉の端が少し茶色くなっているのを見つけた。


「父さん、これ」


トーマがしゃがみ、葉を触る。


裏を見る。


隣の株も確かめる。


「水が足りんか」


「昨日やったよ」


「今日も暑いからな」


「毎日やるの?」


「必要なら」


「畑って面倒だね」


「食わなくていいなら放っておけるぞ」


「やります」


「そうしろ」


エイルは桶を取りに戻った。


---


ところが、数日すると、その水の方に問題が出た。


昼頃、井戸へ行くと、いつもより人が多かった。


エイルは桶を持って列の後ろへ並ぶ。


前の方で、大人たちが話している。


「また下がってるな」


「雨がないからなあ」


「このまま続くと面倒だぞ」


順番が来て、エイルも井戸を覗いた。


水はある。


ただ、普段より少し遠くに見える気がした。


家へ戻り、汲んできた水をミラへ渡す。


「母さん」


「なに?」


「井戸の水、減ってるって」


「そうみたいね」


「なくなる?」


「すぐにはなくならないよ」


「すぐには?」


ミラが手を止めた。


「飲む水を優先すれば大丈夫。だから、しばらく無駄に使わないようにするの」


それなら分かる。


けれど畑にも水はいる。


「畑は?」


「その話を今、ベルンたちがしてるところ」


やっぱり少し心配になった。


---


夕方には、ベルンが家々を回った。


しばらく畑へ使う井戸水を減らすことになったらしい。


飲み水と、家畜に使う分が先だ。


「畑、大丈夫?」


エイルが聞く。


トーマは空を見上げた。


「雨が降ればな」


エイルも見る。


青い。


雲はほとんどなかった。


翌日も晴れた。


その次の日も晴れた。


さらに次の日も、朝から強い日差しが照りつけた。


---


「暑い」


リナが床に寝転がっている。


「知ってる」


「雨降らせて」


「俺に言うなよ」


「魔力で」


「できない」


「形作れるじゃん」


「あれは形作ってるだけ。雨なんか降らないよ」


リナが少し考える。


「じゃあ意味ないね」


エイルは止まった。


「……面白いからいいんだよ」


「雨の方がいい」


「それは俺もそう思う」


今日はリナの方が正しかった。


---


畑の土は日に日に乾いていった。


ある朝、エイルは指を土へ差し込んでみた。


表面だけではない。


少し掘っても乾いている。


「父さん」


トーマが来る。


「これ」


トーマも土を触った。


顔つきが少し変わる。


「まずい?」


「まだ大丈夫だ」


また「まだ」だった。


「いつからまずいの?」


「もっと葉が萎れてきたらな」


「その前に何とかしないの?」


「してる」


「でも水減らしてるじゃん」


「井戸を空にするわけにはいかんだろ」


「……それは駄目」


「だろ?」


エイルは畑を見る。


何とかする。


でも、何とかするために使えるものにも限りがあるらしい。


---


その日の夕方、村の男たちが集まって話していた。


エイルは近くを通りかかっただけだったが、声が耳に入った。


「川から運ぶしかないか」


「遠いぞ」


「井戸を使い続けるよりはいい」


「畑全部には無理だ」


「分かってる」


「なら、どこを優先する?」


エイルの足が少し止まった。


畑全部には無理。


冬にも、似たような話を聞いた。


食べ物。


薪。


種。


全部を好きなだけ使うことはできなかった。


今度は水だった。


---


翌朝。


エイルも川からの水運びに連れていかれた。


村から少し離れた川で桶を二つ満たす。


持ち上げた瞬間、腕に重さがかかった。


「重い」


「こぼすなよ」


トーマが言う。


「これ毎日?」


「しばらくはな」


「何往復?」


「できるだけ」


「嫌だ」


「俺もだ」


エイルは父を見る。


「父さんでも嫌なんだ」


「俺を何だと思ってる」


「畑好きな人」


「畑が好きでも水運びは嫌だ」


少し安心した。


---


川から村までの道を歩く。


桶の中で水が揺れ、歩くたびに縁からこぼれそうになる。


エイルは腕と脚へ魔力を回した。


少し楽になる。


坂へ差しかかる。


もう少し増やす。


上りきったところで減らす。


平らな道では、必要以上に使わない。


途中で一度立ち止まると、魔力も緩めた。


「……こっちの方が楽だ」


トーマが横を見る。


「何が?」


「魔力。ずっと同じにするより、坂だけ増やした方が――」


「ああ、よかったな」


「まだ説明途中なんだけど」


「長くなるだろ」


「なんで分かるの?」


「お前の父親だからな」


エイルは少し不満だったが、また桶を持ち直した。


一往復。


二往復。


三往復。


腕も脚も痛くなってくる。


魔力を使っていても、疲れなくなるわけではない。


四往復目には、さすがに口数も減った。


---


何日か水を運んだ。


それでも、すべての畑には足りなかった。


育ちのいい場所。


収穫まで残せそうな場所。


そちらへ水を優先する。


反対に、育ちの悪い場所は後回しになった。


エイルは、水をやらずに通り過ぎた畝を振り返った。


「父さん」


「なんだ」


「こっちは?」


「今日はやらん」


「枯れたら?」


「仕方ない」


「でも、まだ生きてるよ」


「分かってる」


トーマは足を止めた。


「全部に少しずつやって、全部駄目になるよりはいい」


エイルは畑を見る。


こっちにも水をやれば、助かるかもしれない。


でも、その分だけ向こうが足りなくなる。


「……嫌だね、これ」


「ああ」


珍しく、トーマもすぐに同意した。


「でもやるぞ」


「うん」


二人は、水をやる方の畑へ向かった。


---


夕方。


エイルは家へ戻る途中、後回しにされた畑の前で足を止めた。


葉が少し下を向いている。


何かできないかとは思う。


けれど、魔力で身体を強くしても、川が近くなるわけではない。


形を作っても水は出ない。


今の自分にできるのは、明日また桶を持って歩くことくらいだった。


「兄ちゃん」


後ろからリナの声がした。


「いたの?」


「いたよ」


リナも畑を見る。


「これ、水あげないの?」


「足りないから」


「川いっぱいあるよ」


「ここまで持ってくるのが大変なんだよ」


「兄ちゃんがいっぱい運べば?」


「今日四回行った」


「じゃあ明日五回」


「簡単に言うなよ」


「六回でもいいよ」


「じゃあお前も来い」


「嫌」


「ほら」


リナは笑って逃げていった。


エイルも追いかけようとして、脚の疲れを思い出してやめた。


今日は無理だ。


---


その夜は、勉強も少しだけにした。


文字を読み、簡単な計算をいくつかやる。


二問目で間違えた。


もう一度やる。


今度は合った。


「今日は終わり」


トーマが言う。


「まだできる」


「目が半分閉じてるぞ」


「閉じてない」


欠伸が出た。


「寝ろ」


「……うん」


形を作るのもやめた。


布へ入ると、身体がすぐ重くなる。


隣のリナが小さな声で聞いた。


「兄ちゃん」


「なに」


「明日、雨?」


「知らない」


「降るかな」


「分かんない」


「降ったら畑、大丈夫?」


エイルは少し考えた。


「降らないよりは、ずっといい」


「じゃあ降るといいね」


「うん」


その日は、すぐに眠った。


---


翌朝も晴れていた。


また川へ行く。


水を汲む。


運ぶ。


畑へ撒く。


二往復。


三往復。


空を見る。


まだ青い。


けれど西の方に、少しだけ雲があった。


「父さん」


「なんだ」


「あれ、雨の雲?」


トーマも空を見る。


「さあな」


「こっち来るかな」


「来ればいいな」


それ以上は分からなかった。


---


夕方になると、雲は少し増えた。


夜には風も出てきた。


エイルは家の中から何度も外を見る。


「落ち着け」


トーマが言った。


「雨降るかも」


「お前が見張っても早くは来ないぞ」


「分かってる」


そう言いながら、また外を見る。


「兄ちゃん邪魔」


リナに押された。


「何が?」


「外見たい」


「お前も見てるじゃん」


「兄ちゃんがいるから見えない」


二人で入口を取り合っていると、ミラに閉められた。


「もう寝る準備しなさい」


「雨は?」


「降ったら音で分かるよ」


それもそうだった。


---


布に入ってしばらくすると、屋根から小さな音がした。


一つ。


少し間を置いて、もう一つ。


エイルが身体を起こす。


「雨?」


また音がする。


今度は続いた。


ぱら、ぱら、と屋根を叩く。


「雨だ」


「兄ちゃん、うるさい……」


リナが布の中から言う。


「雨だよ」


「眠い」


「畑」


「明日見ればいい……」


エイルは黙った。


それもそうだった。


けれど、すぐには眠れなかった。


屋根を叩く音が、少しずつ強くなっていく。


それを聞きながら、ようやく目を閉じた。


---


翌朝。


エイルは畑へ着くと、すぐにしゃがんだ。


土へ指を入れる。


冷たい。


葉にも水滴が残っている。


「父さん」


「なんだ」


「これで大丈夫?」


トーマも土を確かめた。


「一回じゃ足りん」


エイルの顔が曇る。


「でも、かなり助かった」


「本当?」


「ああ」


それなら十分だった。


エイルは立ち上がる。


「今日、水運びは?」


「なし」


「よし!」


「草取りするぞ」


「……休みじゃないの?」


「畑なめるな」


「はい」


雨上がりの畑を、エイルはトーマの後について歩いていった。


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