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THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
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34/402

第三十四話 形


「……違う」


エイルは木の板と本を交互に見た。


板には、さっきから何度も書き直している文字がある。


読めないわけではない。


たぶん。


けれど、本に書かれているものと並べると、どうにも違って見える。


「兄ちゃん」


隣からリナが覗き込んだ。


「なに?」


「また同じの書いてる」


「同じじゃない」


「同じだよ」


「ほら、ここ」


エイルは本を指した。


「こっちはここで曲がってるだろ」


「うん」


「俺のは曲がりすぎてる」


「そう?」


「あと、この線。もう少し短い」


「ふーん」


そこまで聞くと、リナはもう興味をなくしたらしい。


机の上に頬を乗せる。


「読めたらいいんじゃない?」


エイルの手が止まった。


父なら言いそうだった。


「……読めるけど」


「じゃあいいじゃん」


「よくない」


「なんで?」


「なんか違うから」


自分でも、それ以上うまく説明できなかった。


エイルはもう一度、炭を持つ。


線を引く。


途中で曲げる。


次の線を繋げ、最後を少し短くする。


本と見比べた。


「……今度は近い」


「さっきのと同じ」


「違うって」


リナは欠伸をした。


---


本を読むようになってから、エイルは文字そのものをよく見るようになった。


最初は読めればそれでよかった。


けれど覚える文字が増えると、似たような形なのに違う文字があることに気づく。


線が一本多い。


曲がる場所が違う。


片方だけ短い。


反対に、自分が少しくらい歪んで書いても、同じ文字として読めるものもある。


面倒だった。


今でも面倒ではある。


ただ、少し面白くもなっていた。


---


その夜。


勉強を終えたエイルは家の裏へ出た。


昼間より空気が冷たい。


とはいえ、冬の寒さとは比べものにならない。


エイルは軽く身体を動かしてから、魔力を腕へ回した。


次に脚。


少し歩く。


止まる。


このくらいなら、もう迷わずできる。


そこで、昼間に何度も書いた文字を思い出した。


「……」


頭の中には形が浮かぶ。


線が伸びて、曲がる。


別の線と繋がる。


エイルは自分の手を見る。


いつもなら魔力を身体へ流す。


今日は流さず、その場に留めた。


「これ……」


少し考える。


炭で書けるなら。


「魔力でもできるかな」


細く伸ばしてみる。


「……あ」


すぐに散った。


何も残らない。


エイルは手を見る。


「難しいな」


もう一度やる。


今度はさっきよりゆっくり。


細く。


伸ばす。


曲げる。


そこまでは残った。


次の部分を作ろうとすると、最初に作ったところが崩れた。


「そっちも見とかないと駄目か」


もう一度。


今度は最初の部分も意識したまま、次を作る。


線。


曲げる。


繋げる。


「……できた」


少し歪んでいる。


それでも、昼間に覚えた文字の形には見えた。


何も起きない。


火が出るわけでもない。


風が吹くわけでもない。


ただ、魔力を文字の形にしただけだ。


「おお」


それでもエイルは少し嬉しかった。


---


次は、もう少し複雑な文字を試した。


一本。


二本。


三本目を作ろうとしたところで、最初の線が消える。


「なんで?」


もう一度。


今度は二本目までいった。


三本目。


また崩れる。


炭ならすぐ書けるのに、魔力ではうまくいかない。


「……もう一回」


三度目。


今度は全部を意識しながら作る。


少し歪んだ。


それでも残った。


「できた」


エイルはしばらく保ってみる。


やっぱり何も起きない。


でも、それでよかった。


さっきできなかったものが、今はできた。


それが面白かった。


---


次の日の夜もやった。


昨日の文字。


一度目は途中で崩れた。


二度目。


「よし」


今度はできる。


別の文字。


失敗。


もう一度。


また失敗。


三度目でようやく形になった。


「これ、結構面白いな」


誰に言うでもなく呟く。


それから、昼間に覚えた文字を一つずつ試していった。


簡単なものはすぐできる。


線が増えると難しくなる。


一か所を作っている間に、別の場所が崩れるからだ。


だから、作ったところを残したまま次へ進む。


それだけのことなのに、思ったより難しい。


---


数日後。


「父さん」


「なんだ?」


夕食後、トーマが道具を片づけているところを捕まえた。


「文字、一個言って」


「なんで?」


「いいから」


「嫌だ」


「なんで!」


「理由が分からん」


「練習」


「何の?」


「形」


トーマはよく分からない顔をしたが、一文字だけ言った。


エイルは目を閉じる。


その文字を思い出す。


魔力を集める。


線。


曲げる。


次を繋ぐ。


前に作ったところも崩さない。


「……できた」


目を開ける。


トーマが待っている。


「できたよ」


「何が?」


「今の文字」


「どこに?」


「魔力で作った」


トーマがエイルの手の辺りを見る。


「見えん」


「俺には分かる」


「なら俺に見せても仕方ないだろ」


「……確かに」


「もういいか?」


「うん」


トーマはそのまま行ってしまった。


エイルは少し不満だった。


せっかく一回でできたのに。


---


文字だけを作るのにも、やがて慣れてきた。


すると今度は、別のものを試したくなる。


「丸は?」


やってみる。


一周させるだけなので簡単だった。


「じゃあ三角」


これもできる。


四角。


角を四つ作る分、少し難しい。


次に、丸の中へ文字を入れてみる。


「……」


外の丸を保ったまま、中を作る。


できた。


「おお」


今度は丸の外へ線を四本伸ばし、その先に小さな丸を作ってみる。


途中で崩れた。


「駄目か」


もう一度。


先に小さな丸を作る。


そこから線を伸ばす。


最後に真ん中の大きな丸へ繋げる。


「……できた」


完成したものを意識の中で確かめる。


何の形なのか、自分でも分からない。


文字でもない。


ただの模様だった。


でも、文字一つより難しい。


だから面白い。


---


「兄ちゃん」


後ろからリナの声がした。


「なに?」


「何してるの?」


「形作ってる」


「どこ?」


「ここ」


エイルは自分の前を指す。


リナが目を細める。


「ないよ」


「魔力だから」


「見えない」


「俺は分かる」


「何の形?」


エイルは少し考えた。


「……分かんない」


「なんで作ってるの?」


「できるか試してる」


「できたら?」


「もっと難しいの作る」


「それ、何になるの?」


エイルは止まった。


火は出ない。


水も出ない。


傷も治らない。


重い荷物が軽くなるわけでもない。


「……何にもならない」


「じゃあ、なんでやってるの?」


「面白いから」


「ふーん」


リナはそれだけ聞くと、家へ戻っていった。


エイルはその背中を見る。


「聞いといて興味なくすの早いな」


返事はなかった。


---


それからも、暇がある夜には続けた。


毎晩ではない。


畑仕事で疲れている日は寝るし、文字の勉強が長引けばやらない。


それでも、やり始めると少しずつ難しくしてしまう。


丸を二重にする。


中に線を入れる。


一本を途中で二つに分ける。


片方を曲げる。


もう片方を小さな輪へ繋げる。


左右を同じ形にする。


今度は、わざと違う形にする。


複雑になるほど、一つを作っている間に別の場所が崩れやすい。


最初は何度も散った。


そのたびに最初から作り直した。


---


ある夜。


エイルは今までで一番面倒な形を考えた。


外側に大きな輪。


その中に三つの小さな輪。


それぞれを線で繋ぐ。


真ん中には、最近覚えた文字を一つ。


空いたところにも何本か線を足す。


一つずつ作っていく。


途中で外側の輪が揺らいだ。


「……待って」


そこを保つ。


今度は中の線が崩れかける。


そちらにも意識を向ける。


全部を残したまま、最後の一本を繋いだ。


「……よし」


できた。


しばらくそのまま保ってみる。


何も起きない。


当然だ。


自分で適当に考えた形なのだから。


「結構すごくない?」


誰もいない。


「……父さん呼んでも見えないしな」


少し残念だった。


---


次の日、同じ形をもう一度作った。


昨日より早くできた。


なら、もう一本増やしてみる。


できる。


さらに枝分かれさせる。


そこもできた。


もう一本。


今度は崩れた。


「あー」


散った魔力を感じながら、エイルは笑った。


「そこまでか」


今日はここまでにする。


明日は、もう一度。


昼間は畑で働く。


夜には字と計算を覚える。


本も読む。


そして余裕がある日は、こうして意味のない形を作る。


役に立つからではない。


魔術になるとも思っていない。


ただ、昨日できなかった形が、今日はできる。


それだけで楽しかった。


エイルは立ち上がり、家へ戻った。


「……違う」


エイルは木の板と本を交互に見た。


板には、さっきから何度も書き直している文字がある。


読めないわけではない。


たぶん。


けれど、本に書かれているものと並べると、どうにも違って見える。


「兄ちゃん」


隣からリナが覗き込んだ。


「なに?」


「また同じの書いてる」


「同じじゃない」


「同じだよ」


「ほら、ここ」


エイルは本を指した。


「こっちはここで曲がってるだろ」


「うん」


「俺のは曲がりすぎてる」


「そう?」


「あと、この線。もう少し短い」


「ふーん」


そこまで聞くと、リナはもう興味をなくしたらしい。


机の上に頬を乗せる。


「読めたらいいんじゃない?」


エイルの手が止まった。


父なら言いそうだった。


「……読めるけど」


「じゃあいいじゃん」


「よくない」


「なんで?」


「なんか違うから」


自分でも、それ以上うまく説明できなかった。


エイルはもう一度、炭を持つ。


線を引く。


途中で曲げる。


次の線を繋げ、最後を少し短くする。


本と見比べた。


「……今度は近い」


「さっきのと同じ」


「違うって」


リナは欠伸をした。


---


本を読むようになってから、エイルは文字そのものをよく見るようになった。


最初は読めればそれでよかった。


けれど覚える文字が増えると、似たような形なのに違う文字があることに気づく。


線が一本多い。


曲がる場所が違う。


片方だけ短い。


反対に、自分が少しくらい歪んで書いても、同じ文字として読めるものもある。


面倒だった。


今でも面倒ではある。


ただ、少し面白くもなっていた。


---


その夜。


勉強を終えたエイルは家の裏へ出た。


昼間より空気が冷たい。


とはいえ、冬の寒さとは比べものにならない。


エイルは軽く身体を動かしてから、魔力を腕へ回した。


次に脚。


少し歩く。


止まる。


このくらいなら、もう迷わずできる。


そこで、昼間に何度も書いた文字を思い出した。


「……」


頭の中には形が浮かぶ。


線が伸びて、曲がる。


別の線と繋がる。


エイルは自分の手を見る。


いつもなら魔力を身体へ流す。


今日は流さず、その場に留めた。


「これ……」


少し考える。


炭で書けるなら。


「魔力でもできるかな」


細く伸ばしてみる。


「……あ」


すぐに散った。


何も残らない。


エイルは手を見る。


「難しいな」


もう一度やる。


今度はさっきよりゆっくり。


細く。


伸ばす。


曲げる。


そこまでは残った。


次の部分を作ろうとすると、最初に作ったところが崩れた。


「そっちも見とかないと駄目か」


もう一度。


今度は最初の部分も意識したまま、次を作る。


線。


曲げる。


繋げる。


「……できた」


少し歪んでいる。


それでも、昼間に覚えた文字の形には見えた。


何も起きない。


火が出るわけでもない。


風が吹くわけでもない。


ただ、魔力を文字の形にしただけだ。


「おお」


それでもエイルは少し嬉しかった。


---


次は、もう少し複雑な文字を試した。


一本。


二本。


三本目を作ろうとしたところで、最初の線が消える。


「なんで?」


もう一度。


今度は二本目までいった。


三本目。


また崩れる。


炭ならすぐ書けるのに、魔力ではうまくいかない。


「……もう一回」


三度目。


今度は全部を意識しながら作る。


少し歪んだ。


それでも残った。


「できた」


エイルはしばらく保ってみる。


やっぱり何も起きない。


でも、それでよかった。


さっきできなかったものが、今はできた。


それが面白かった。


---


次の日の夜もやった。


昨日の文字。


一度目は途中で崩れた。


二度目。


「よし」


今度はできる。


別の文字。


失敗。


もう一度。


また失敗。


三度目でようやく形になった。


「これ、結構面白いな」


誰に言うでもなく呟く。


それから、昼間に覚えた文字を一つずつ試していった。


簡単なものはすぐできる。


線が増えると難しくなる。


一か所を作っている間に、別の場所が崩れるからだ。


だから、作ったところを残したまま次へ進む。


それだけのことなのに、思ったより難しい。


---


数日後。


「父さん」


「なんだ?」


夕食後、トーマが道具を片づけているところを捕まえた。


「文字、一個言って」


「なんで?」


「いいから」


「嫌だ」


「なんで!」


「理由が分からん」


「練習」


「何の?」


「形」


トーマはよく分からない顔をしたが、一文字だけ言った。


エイルは目を閉じる。


その文字を思い出す。


魔力を集める。


線。


曲げる。


次を繋ぐ。


前に作ったところも崩さない。


「……できた」


目を開ける。


トーマが待っている。


「できたよ」


「何が?」


「今の文字」


「どこに?」


「魔力で作った」


トーマがエイルの手の辺りを見る。


「見えん」


「俺には分かる」


「なら俺に見せても仕方ないだろ」


「……確かに」


「もういいか?」


「うん」


トーマはそのまま行ってしまった。


エイルは少し不満だった。


せっかく一回でできたのに。


---


文字だけを作るのにも、やがて慣れてきた。


すると今度は、別のものを試したくなる。


「丸は?」


やってみる。


一周させるだけなので簡単だった。


「じゃあ三角」


これもできる。


四角。


角を四つ作る分、少し難しい。


次に、丸の中へ文字を入れてみる。


「……」


外の丸を保ったまま、中を作る。


できた。


「おお」


今度は丸の外へ線を四本伸ばし、その先に小さな丸を作ってみる。


途中で崩れた。


「駄目か」


もう一度。


先に小さな丸を作る。


そこから線を伸ばす。


最後に真ん中の大きな丸へ繋げる。


「……できた」


完成したものを意識の中で確かめる。


何の形なのか、自分でも分からない。


文字でもない。


ただの模様だった。


でも、文字一つより難しい。


だから面白い。


---


「兄ちゃん」


後ろからリナの声がした。


「なに?」


「何してるの?」


「形作ってる」


「どこ?」


「ここ」


エイルは自分の前を指す。


リナが目を細める。


「ないよ」


「魔力だから」


「見えない」


「俺は分かる」


「何の形?」


エイルは少し考えた。


「……分かんない」


「なんで作ってるの?」


「できるか試してる」


「できたら?」


「もっと難しいの作る」


「それ、何になるの?」


エイルは止まった。


火は出ない。


水も出ない。


傷も治らない。


重い荷物が軽くなるわけでもない。


「……何にもならない」


「じゃあ、なんでやってるの?」


「面白いから」


「ふーん」


リナはそれだけ聞くと、家へ戻っていった。


エイルはその背中を見る。


「聞いといて興味なくすの早いな」


返事はなかった。


---


それからも、暇がある夜には続けた。


毎晩ではない。


畑仕事で疲れている日は寝るし、文字の勉強が長引けばやらない。


それでも、やり始めると少しずつ難しくしてしまう。


丸を二重にする。


中に線を入れる。


一本を途中で二つに分ける。


片方を曲げる。


もう片方を小さな輪へ繋げる。


左右を同じ形にする。


今度は、わざと違う形にする。


複雑になるほど、一つを作っている間に別の場所が崩れやすい。


最初は何度も散った。


そのたびに最初から作り直した。


---


ある夜。


エイルは今までで一番面倒な形を考えた。


外側に大きな輪。


その中に三つの小さな輪。


それぞれを線で繋ぐ。


真ん中には、最近覚えた文字を一つ。


空いたところにも何本か線を足す。


一つずつ作っていく。


途中で外側の輪が揺らいだ。


「……待って」


そこを保つ。


今度は中の線が崩れかける。


そちらにも意識を向ける。


全部を残したまま、最後の一本を繋いだ。


「……よし」


できた。


しばらくそのまま保ってみる。


何も起きない。


当然だ。


自分で適当に考えた形なのだから。


「結構すごくない?」


誰もいない。


「……父さん呼んでも見えないしな」


少し残念だった。


---


次の日、同じ形をもう一度作った。


昨日より早くできた。


なら、もう一本増やしてみる。


できる。


さらに枝分かれさせる。


そこもできた。


もう一本。


今度は崩れた。


「あー」


散った魔力を感じながら、エイルは笑った。


「そこまでか」


今日はここまでにする。


明日は、もう一度。


昼間は畑で働く。


夜には字と計算を覚える。


本も読む。


そして余裕がある日は、こうして意味のない形を作る。


役に立つからではない。


魔術になるとも思っていない。


ただ、昨日できなかった形が、今日はできる。


それだけで楽しかった。


エイルは立ち上がり、家へ戻った。


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