第二十七話 長い冬
冬になってから、日が過ぎるのが遅くなった気がした。
朝起きる。
雪を退ける。
水を汲む。
家畜を見る。
薪を運ぶ。
食事をする。
また仕事をして、暗くなれば家へ戻る。
そして寝る。
次の日も、だいたい同じだった。
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「兄ちゃん」
「なに?」
「今日何する?」
「雪」
「昨日もやった」
「今日も降ったから」
「じゃあ明日は?」
「雪降ったら雪」
リナが嫌そうな顔をする。
「冬ってずっとこれ?」
「俺に聞くなよ」
「兄ちゃん去年も冬いたでしょ」
「いたけど覚えてない」
「役に立たない」
「じゃあ父さんに聞け」
リナがトーマを見る。
「父さん、冬いつ終わる?」
「春になったら」
「それは知ってる!」
朝から怒られていた。
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食べ物はさらに減っていた。
急に食事がなくなったわけではない。
一枚だったパンが少し小さくなる。
粥の水が増える。
肉が出る日が減る。
そういう変化だった。
毎日見ていると分かりにくい。
けれど、少し前の食事を思い出すと明らかに違う。
エイルは朝食を食べ終え、空になった器を見る。
腹はまだ減っている。
最近は、それが普通になっていた。
「ごちそうさま」
器を置く。
トーマがちらりと見る。
「足りるか?」
「うん」
答えると、トーマは何も言わなかった。
たぶん、嘘だと分かっている。
トーマの器も、もう空だった。
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昼前、エイルはベルンの家へ薪を運んだ。
以前なら一度で持てた量を、今は二回に分ける。
魔力を使えば一度で済む。
それでも使わない。
身体が楽になる代わりに、あとで腹が減る。
どちらが得なのか正確には分からない。
ただ、急ぐ必要がない仕事なら、ゆっくりやればいい。
一束目を置いて戻ろうとすると、ベルンの家の中から声が聞こえた。
「あとどれくらいだ?」
「このままなら、まだ持つ」
「このままなら、か」
「森に入れない日が続くと薪が先にきつい」
「食い物は?」
少し間が空く。
エイルは歩き出した。
聞き耳を立てるつもりはなかった。
最近、どこへ行っても似たような話をしている。
足りる。
足りない。
減らす。
残す。
春まで。
聞いたところで、自分にできることは変わらない。
もう一束、薪を運んだ。
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午後。
雪が止んだので、エイルはトーマと家畜小屋へ向かった。
牛の餌も減らしている。
もちろん、食べなくてもいいわけではない。
生かしておくために必要な分は与える。
ただ、以前のようには使えない。
「こいつらも腹減るの?」
エイルが聞いた。
「そりゃ減る」
「文句言わないね」
「言ってるかもしれんぞ」
「どうやって?」
トーマが牛を見る。
「モー」
エイルは父を見る。
「……今の父さんじゃん」
「通訳した」
「絶対違う」
牛がもう一度鳴いた。
トーマが頷く。
「腹減ったって」
「父さんが言いたいだけでしょ」
「ばれたか」
くだらない話だった。
それでも、最近はこういう話をしている時間が少し好きだった。
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その日の夕方。
村の入口が騒がしくなった。
エイルも外へ出る。
ドルクたちが森から戻ってきていた。
背負っている薪は多くない。
獲物もない。
「今日は駄目だった?」
エイルが聞く。
「ああ」
ドルクが答える。
「奥まで行けなかった」
「雪?」
「雪もある」
ドルクが靴についたものを落とす。
「途中で木が倒れてた。回ると遅くなるから戻った」
「明日は?」
「天気次第だな」
最近は、そればかりだった。
行ける日に行く。
無理なら戻る。
取れる日に取る。
何も取れない日もある。
冬になる前、薪をもっと集めればいいと思っていた。
今になって分かる。
集めたいからといって、いつでも集められるわけではない。
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夜。
火のそばに家族四人で座る。
以前より火は小さい。
リナが手をかざした。
「もっと薪入れようよ」
「駄目」
ミラが答える。
「寒い」
「布かぶってなさい」
「火の方が暖かい」
「薪がなくなったらもっと寒いよ」
リナは薪の山を見る。
「まだあるよ」
「春まで使うんだよ」
「春、遅い」
「そうだね」
ミラもそれ以上は言わなかった。
リナはしばらく火を見ていたが、やがて布を持ってきて身体に巻いた。
そのままエイルの隣へ座る。
「兄ちゃん」
「なに」
「入る?」
布の端を持ち上げる。
「いいの?」
「うん」
エイルも中へ入った。
二人で一枚の布にくるまる。
「狭い」
「お前が誘ったんだろ」
「兄ちゃん大きい」
「じゃあ出る」
「駄目」
「どっちだよ」
リナが少し笑った。
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数日後。
また雪が降った。
今度は前より深く積もった。
村の外へ出る仕事はほとんど止まった。
畑には行かない。
森にも入れない。
セドも来ない。
村の中にあるものだけで過ごす。
朝、ベルンが各家を回った。
エイルの家にも来る。
「トーマ」
「どうした?」
「薪、あとどれくらいある」
トーマが外の山を見る。
「今の使い方なら、しばらくは」
「食料は?」
ミラが答える。
「麦と豆はまだある。芋が少ないね」
ベルンが頷く。
「村全体でも似たようなもんだ」
「何かあった?」
トーマが聞く。
「まだ何も」
ベルンはそう言ってから、
「何もないうちに確認してる」
と続けた。
ドルクがいつもしていたのと同じだった。
何も起きていないことを確かめる。
エイルにも、もうその意味が分かった。
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その日の昼。
食事は薄い豆のスープだけだった。
リナが器を見る。
「パンは?」
「夜にしよう」
ミラが答える。
リナは何も言わなかった。
匙を持ち、食べ始める。
エイルも食べる。
すぐになくなった。
腹は減っている。
でも、夜になればパンがある。
そう思うことにした。
食後、トーマが立ち上がる。
「薪割るか」
エイルも立った。
「俺もやる」
「今日は魔力使っていいぞ」
「なんで?」
「寒いから早く終わらせたい」
エイルは少し迷った。
「でも腹減る」
トーマがエイルを見る。
「仕事できなくなるほど減らす必要はない」
「でも食べ物少ないじゃん」
「だからって動けなくなったら意味ないだろ」
エイルは黙った。
「使うところでは使え」
トーマは斧を担ぐ。
「使わなくていいところでは使わん。それでいい」
「……分かった」
外へ出る。
薪を一本置く。
斧を持つ。
身体へ魔力を流した。
振り下ろす。
乾いた音がして、薪が二つに割れた。
久しぶりに使うと、ずいぶん楽だった。
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夜。
約束どおりパンが出た。
小さい。
それでもリナは嬉しそうだった。
「パン」
「昼からずっと言ってたもんな」
エイルが言う。
「うん」
「ゆっくり食べなよ」
「兄ちゃんも」
「分かってる」
二人とも、少しずつちぎって食べた。
前ならこんな食べ方はしなかった。
すぐ食べて、足りなければもう一つ欲しいと言っていた。
今日は誰も言わない。
食べ終わったあと、リナが聞いた。
「兄ちゃん」
「なに」
「春まであと何日?」
「知らない」
「まだいっぱい?」
窓の外を見る。
雪が降っている。
「……多分」
「そっか」
リナは布へ潜った。
エイルも横になる。
冬が始まった頃は、雪を見るだけで少し楽しかった。
今はもう、明日の朝にどれだけ積もっているかの方が気になる。
外では静かに雪が降り続いていた。
春は、まだ遠かった。




