第二十二話 冬支度
朝。
エイルは布の中で丸くなっていた。
寒い。
少し前まで、朝から暑かったはずなのに。
「エイル」
「起きてる」
「なら起きろ」
「起きてるって」
「目、閉じてるぞ」
「起きながら閉じてる」
次の瞬間、布を剥がされた。
「寒っ!」
トーマが立っている。
「薪」
「昨日いっぱい積んだじゃん」
「積んだ薪は勝手に家の中まで歩いてこない」
「歩いてくればいいのに」
「魔術でやれ」
エイルは目を開けた。
「できたらやる」
「じゃあ今は手で運べ」
「……はい」
身体を起こす。
隣ではリナが布にくるまっていた。
「リナは?」
「寝かせとけ」
「ずるい」
「起こすか?」
エイルは少し考えた。
「いい」
「優しいな」
「起きたらうるさいから」
布の中から声がした。
「聞こえてる」
「起きてるじゃん」
「寝てる」
「俺と同じこと言ってる」
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外へ出ると、空気が冷たかった。
エイルは思わず肩をすくめる。
何気なく息を吐くと、白くなった。
「おお」
もう一度吐く。
やっぱり白い。
「何してる」
後ろからトーマが出てきた。
「見て。白い」
「そうだな」
「もう冬?」
「まだだ」
「でも寒い」
「だから冬支度するんだろ」
トーマは薪を二本持ち上げた。
エイルはすぐにその手を見る。
「父さん、それ持っていいの?」
「薪くらいならな」
「母さんに聞いた?」
トーマが黙る。
「聞いてないね」
「エイル」
「何?」
「これは黙っとけ」
「いくら?」
「何が」
「黙る値段」
トーマが呆れた顔をした。
「最近、誰に似てきたんだお前」
「父さんじゃない?」
「それは困るな」
「なんでだよ」
二人で薪を家へ運んだ。
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朝食のあと、村の中央に人が集まった。
ベルンが、その日の仕事を割り振っていく。
「森は六人」
「俺を入れて七だ」
ドルクが言う。
「東から入る。川より奥には行かない」
「南の畑は?」
「五人いれば足りる」
「家畜小屋は今日やろう。冷える前に塞いどきたい」
話が次々に進む。
エイルは端で聞いていた。
最近はこうして、その日に必要な仕事を村全体で分けることが増えている。
「エイル」
ベルンに呼ばれた。
「何?」
「お前はトーマと薪だ」
「森?」
「ああ。ただし手前だけだ」
エイルは思わず森の方を見た。
襲撃以来、森の中には一度も入っていない。
ドルクが横から言う。
「俺たちが先に見てから入る」
「どこまで?」
「川より手前」
「それより先は?」
「行かない」
エイルはもう一度森を見る。
「行くか?」
トーマが聞いた。
「行く」
返事はすぐに出た。
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森の入口まで来ると、エイルは少し足を止めた。
以前は何度も来た場所だった。
薪を拾った。
木の実も採った。
トーマと一緒に木を運んだこともある。
それなのに今日は、木々の間が前より暗く見える。
奥まで見通せないのは、前から同じだったはずなのに。
「エイル」
トーマに呼ばれた。
「何?」
「置いてくぞ」
「ああ」
エイルは歩き出した。
先頭はドルク。
その少し後ろを男たちが歩き、エイルとトーマはさらに後ろにつく。
自然と、みんなの声が小さくなっていた。
「父さん」
エイルも小声で呼ぶ。
「なんだ」
「前から森ってこんな静かだった?」
「こんなもんだろ」
「そうだっけ」
「お前が喋ってただけじゃないか」
「そんな喋ってないよ」
「喋ってた」
「何を?」
「知らん」
「じゃあ適当じゃん」
前を歩いていたドルクが振り返った。
エイルは口を閉じる。
ドルクは何も言わず、また前を向いた。
トーマが小さく笑った。
「怒られたな」
「何も言われてない」
「顔でな」
「父さんも喋ってるじゃん」
今度はトーマも黙った。
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少し進んだところで、ドルクが手を上げた。
全員が止まる。
エイルもすぐに足を止めた。
ドルクがしゃがみ、地面を見ている。
落ち葉の間に、何かの足跡があった。
エイルは聞きたくなったが、黙って待った。
しばらくしてドルクが立ち上がる。
「鹿だ」
誰かが小さく息を吐いた。
「新しいか?」
「昨日か、今朝くらいだな」
「他は?」
「今のところない」
また歩き始める。
エイルもついていった。
ただの鹿。
それだけなのに、さっきまで少し速かった胸がゆっくり戻っていく。
以前なら、鹿の足跡を見つけてもこんな気分にはならなかった。
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川より手前で作業を始めた。
落ちた枝や枯れ木を集める。
立っている木を切るのは必要な分だけだ。
トーマが斧を使い、エイルは切ったものをまとめて運ぶ。
「父さん」
「なんだ」
「脚、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「ほんと?」
「痛かったら言う」
「母さんに?」
「お前に」
「俺?」
「止めるだろ」
「止めるよ」
「だから言わん」
「意味ないじゃん」
トーマが笑った。
そのあと斧を振る回数が少し減ったので、たぶん本当に無理はしていない。
エイルもそれ以上は言わなかった。
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集めた薪を縄でまとめる。
持ち上げようとして、エイルは一度手を止めた。
かなり重い。
魔力を身体へ流す。
腕だけではなく、脚にも。
腰にも。
そのまま腰を落として持ち上げる。
「っ……」
重い。
でも、上がった。
「持てるのか?」
トーマが見る。
「うん」
「無理するなよ」
「父さんに言われたくない」
「それもそうだな」
ゆっくり歩き出す。
以前なら、腕へ魔力を集めることばかり考えていた。
今は違う。
重いものを持つなら、腕だけでは足りない。
脚で立つ。
腰で支える。
背中も使う。
そこへ必要な分だけ魔力を回す。
畑仕事を続けているうちに、自然とそうなっていた。
最初の頃のように、
集める。
腕へ流す。
保つ。
そんなことを一つずつ考えなくてもいい。
持ち上げようとすれば、身体が先に動く。
「……父さん」
「なんだ」
「前に言ってた普通にって、こういう感じ?」
「何が?」
「魔力」
「まだそれ気にしてたのか」
「気になるから」
トーマは少し考えた。
「たぶんそんなもんだろ」
「たぶん?」
「俺は考えて使ってないからな」
「やっぱり聞いても分かんないな」
「じゃあ聞くな」
「それは嫌」
トーマが笑った。
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昼は川の近くで休んだ。
パンを食べながら、エイルは少し離れた場所にいるドルクを見る。
ドルクは食事をしながらも、ときどき森の奥へ目を向けていた。
「ドルクさん」
「なんだ」
「灰牙、いないね」
「ああ」
「もういなくなった?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「絶対って言った方がいいか?」
エイルは少し考えた。
「言えるなら」
「言えん」
「じゃあいい」
ドルクがエイルを見る。
「物分かりよくなったな」
「前からだよ」
横からトーマが言う。
「嘘つけ」
「父さんは黙ってて」
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午後も同じ場所で薪を集めた。
何度か動物の跡は見つかった。
鹿。
兎。
小さな獣。
灰牙らしいものはなかった。
日が傾く前に、全員で森を出る。
入口が近づいたところで、エイルは一度だけ振り返った。
木々の向こうは暗い。
何も見えない。
今日は何も起きなかった。
それだけ確認して、前を向いた。
「エイル」
「今行く」
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村へ戻ると、リナが走ってきた。
「兄ちゃん!」
「待って! 近づくな!」
エイルは薪を背負ったままだ。
リナが慌てて止まる。
「いっぱい」
「だろ」
「ちょうだい」
「何に使うんだよ」
「燃やす」
「家にあるだろ」
「寒い」
「動けば?」
「嫌」
「じゃあ寒がってろ」
「けち」
「薪でけちって言われると思わなかった」
リナは頬を膨らませて家へ戻っていった。
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夕方。
持ち帰った薪を積んでいく。
少しずつ大きくなっていた薪の山が、今日は目に見えて高くなった。
エイルは少し離れて眺める。
「これなら冬いける?」
「まだだな」
トーマが即答した。
「まだ?」
「まだ」
「結構あるよ」
「冬は長いぞ」
「まだ始まってもないのに、もう嫌になってきた」
「早すぎる」
トーマが薪を一本積む。
エイルも隣へ一本置いた。
「冬ってそんなに大変?」
「寒い。畑は止まる。食い物は増えない。薪は減る」
「嫌なことしかないじゃん」
「雪が降るぞ」
「それはちょっと楽しみ」
「最初だけな」
「父さん、冬嫌い?」
「仕事しにくいからな」
「父さんらしい」
「農家だからな」
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その日の夕食には、ほんの少しだけ肉があった。
リナが真っ先に気づく。
「肉!」
「大声出さないの」
ミラが言った。
エイルも皿を見る。
「これ、兎?」
「ドルクが分けてくれたんだよ」
リナは嬉しそうに肉を食べた。
「おいしい」
「よかったね」
「兄ちゃんも食べていいよ」
「俺にもあるよ」
「じゃあ私のいらない?」
「いらない」
「よかった」
すぐに残りを口へ入れた。
「最初からくれる気なかっただろ」
リナは口いっぱいのまま笑った。
量は少ない。
前よりずっと少ない。
それでも今日は肉がある。
エイルも自分の分をゆっくり食べた。
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夜。
外へ出ると、昼よりずっと冷えていた。
エイルは息を吐く。
白い。
薪は今日かなり増えた。
森にも入れた。
父も働けるようになった。
少しずつ、前に戻っている。
ただ、完全に元通りではない。
食べ物は少ない。
森へ入るにもドルクたちが先に確認する。
父もまだ脚をかばっている。
エイルは家の横に積まれた薪を見た。
冬までに、もっと必要になる。
明日もまた取りに行くのだろう。
「エイル!」
家の中からトーマの声がした。
「何?」
「寒いから入れ!」
「今行く!」
「風邪引くぞ!」
「分かってる!」
エイルはもう一度だけ白い息を吐いた。
それから家へ戻った。
中ではリナが火の近くを一人で占領していた。
「そこ俺も座る」
「狭い」
「詰めてよ」
「嫌」
「薪運んだの俺なんだけど」
「父さんも運んだ」
「じゃあ父さんも座れないじゃん」
「私は運んでないから座る」
「意味分かんないよ」
結局、エイルはリナを少し押して隣へ座った。
すぐに押し返される。
その横でトーマが笑い、ミラに「二人とも火に近づきすぎ」と怒られた。
冬はまだ来ていなかった。




