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THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
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第二十一話 戻る


トーマが畑に戻ったのは、それから六日後だった。


朝、エイルが鍬を担いで歩いていると、その少し前をトーマがゆっくり進んでいた。


「父さん」


「なんだ」


「遅い」


「うるさい」


以前なら逆だった。


エイルが後ろからついていき、トーマに「さっさと歩け」と言われていた。


今日は、エイルが普通に歩くだけで追いついてしまう。


「荷物持とうか?」


「いらん」


「無理しない方がいいよ」


「してない」


「足、引きずってる」


「これは癖だ」


「昨日までなかったじゃん」


トーマが振り返った。


「お前、最近うるさくなったな」


「母さんに頼まれたから」


「何を」


「父さんが無理しないか見ててって」


「……余計なことを」


「帰る?」


「帰らん」


「じゃあゆっくりね」


「お前は俺の親か」


エイルは少し笑った。


歩くのは遅い。


それでも、父と一緒に畑へ向かうのは久しぶりだった。


---


畑に着くと、トーマはすぐには鍬を持たなかった。


しばらく立ったまま土を眺め、それからしゃがみ込んで手で触れる。


「何してるの?」


「見てる」


「何を?」


「畑」


「それは分かるよ」


トーマは答えず、今度は畑全体を見渡した。


東の畑で駄目になった分を少しでも補うため、ここしばらくは使える土地を広げ、残った作物の世話も大勢で分担してきた。


「結構やったな」


「俺が?」


「お前だけじゃないだろ」


「分かってるよ」


「でも、まあ」


トーマは立ち上がり、鍬を手に取った。


「よくやった」


エイルは一瞬、動きを止めた。


「……父さんが?」


「何だ」


「今、褒めた?」


「仕事するぞ」


「待って。もう一回言って」


「言わん」


「なんで?」


「一回聞いたなら十分だろ」


「もう一回くらいいいじゃん」


トーマは無視して鍬を振った。


エイルも自分の鍬を持つ。


さっきまでと同じ鍬なのに、少しだけ軽く感じた。


---


父が戻ったからといって、全部が元通りになったわけではない。


少し働くと、トーマは畑の端に座った。


しばらく休んでから立ち上がり、また鍬を振る。


そして、また休む。


「父さん」


「なんだ」


「休みすぎじゃない?」


「お前が無理するなって言ったんだろ」


「言ったけど」


「ならいいだろ」


「便利だな」


「怪我人だからな」


「もう治ってきてるじゃん」


「元怪我人だ」


「もっと便利になった」


トーマが笑う。


それでも、父がいるだけで仕事はずいぶん違った。


どこから手をつけるか。


どの株を残すか。


今日はどこまで進めるか。


エイルが迷っていると、トーマがすぐに言う。


「そこは後だ。先にこっち」


「なんで?」


「こっちの方が先にやらんと駄目になる」


「そうなの?」


「見れば分かる」


「分からないから聞いてるんだけど」


「じゃあ覚えろ」


エイルは言われた場所へ移動した。


ここしばらくは、自分で考えたり、周りの大人に聞いたりしながら仕事をしていた。


父がいると、言われたことをやればいい。


それが思った以上に楽だった。


---


昼になると、二人で畑の端に座った。


トーマが袋からパンを出し、半分に割る。


片方をエイルへ渡した。


エイルは受け取って眺める。


「小さくなったよね」


「何が」


「パン」


「今さらか」


「父さんも気づいてた?」


「そりゃな」


「いつから?」


「最初から」


エイルはパンを見る。


「なんで言わなかったの?」


「言ったら大きくなるのか?」


「ならない」


「じゃあ食え」


一口かじる。


少し硬い。


「父さん」


「なんだ」


「冬、大丈夫かな」


「またそれか」


「気になるから」


トーマはパンを食べながら、畑の向こうを見た。


「去年より腹は減るだろうな」


「それ、大丈夫って言う?」


「春までは持たせる」


「本当に?」


「そのために今やってる」


エイルも畑を見る。


増やした畑。


傷んだ作物。


森から少しずつ集め始めた薪。


何日も前から、大人たちはずっと冬の準備をしている。


「春になったら腹いっぱい食える?」


「収穫は春じゃないぞ」


「じゃあ駄目じゃん」


「何かうまいもん考えとく」


「肉?」


「捕れたらな」


「頼りないなあ」


「お前も働け」


「働いてるよ」


二人で残りのパンを食べた。


---


午後、エイルは父より先に村へ戻った。


「兄ちゃん!」


家の近くまで来たところで、リナが走ってくる。


「何?」


「父さんは?」


「まだ畑」


「兄ちゃんだけ帰ってきたの?」


「薪やるから」


「じゃあ遊ぼ」


「今の話聞いてた?」


「聞いてた」


「薪やるって言ったよね」


「終わったら」


「そのあと水」


「そのあと」


「鶏」


「そのあと」


「夕飯」


「そのあと!」


「寝る」


リナが止まった。


「遊べないじゃん」


「そうだよ」


「なんで?」


「仕事あるから」


「前は遊んでた」


エイルは少し止まった。


確かに、前はもっと時間があった。


トーマが畑へ戻り始めても、まだ以前と同じだけ働けるわけではない。


「……父さんがちゃんと治ったら」


「もう治ったよ」


「まだ」


「歩いてた」


「見たの?」


「見た」


「どこで?」


「畑」


エイルは妹を見る。


「お前、東の畑まで来たの?」


「ちょっとだけ」


「誰と?」


「……」


「一人?」


リナが後ずさる。


「近くだけ」


「母さん知ってる?」


リナが走り出した。


「あ、おい!」


エイルも追いかける。


「待て!」


「やだ!」


「まだ一人で外出るなって言われてるだろ!」


「外じゃない!」


「畑は村の外!」


「ちょっとだけ!」


「それで通るなら俺も使うわ!」


久しぶりに、仕事以外で走った気がした。


---


結局、リナはミラにしっかり怒られた。


そしてなぜか、エイルまで言われた。


「エイルもちゃんと見てて」


「なんで俺まで?」


「兄でしょ」


「俺、畑にいたんだけど」


「帰ってきたら見てて」


「無理だよ。勝手に走るもん」


「兄ちゃん遅いから」


横からリナが言う。


「お前は黙ってろ」


「兄ちゃん怖い」


「誰のせいだよ」


ミラが二人まとめて睨む。


「喧嘩しない」


「俺悪くないじゃん」


「エイル」


「はい」


納得はいかなかった。


---


夕食まで少し時間があったので、エイルは家の裏へ回った。


地面に腰を下ろす。


手近な石を一つ持つ。


魔力を集め、腕へ流して持ち上げる。


置く。


もう一度。


同じように持ち上がる。


最近は、これを練習する必要もあまり感じなくなっていた。


水桶を持つときも。


薪を運ぶときも。


畑で鍬を振るときも。


考えなくても、必要なところへ魔力を流せるようになっている。


少し前までは、それだけで嬉しかった。


今も役に立っている。


ただ、知りたいことはその先へ移っていた。


エイルは石を置いた。


サナが使っていた魔術を思い出す。


火を灯したとき。


怪我人を診たとき。


自分のように、ただ身体の一部へ魔力を流していたわけではない。


集めたあとに何かをしていた。


そこまでは覚えている。


でも、その「何か」が分からない。


エイルは少量の魔力を集め、その場に留めた。


ここから先。


何をすればいい?


しばらく考えてから、魔力を散らす。


適当に動かしてみても、サナがしていたことにはならない。


それに、何度も思い返しているうちに、本当に見たものと自分の想像が混ざりそうで嫌だった。


分からないなら、分からないところで止めておく。


次に聞けるときまで。


「兄ちゃん」


目を開ける。


リナが立っていた。


「何?」


「母さんがご飯って」


「分かった」


立ち上がると、リナがさっきの石を見る。


「また魔力?」


「うん」


「魔術できた?」


「できない」


「ずっとできないね」


「うるさいな」


「いつできる?」


「知らない」


「明日?」


「無理」


「じゃあ明後日」


「多分無理」


「冬?」


「それも知らない」


リナが首を傾げた。


「じゃあ、いつまでやるの?」


エイルは少し考えた。


いつまで。


そんなことは考えていなかった。


「分かるまで」


「いつ分かるの?」


「だから、それが分からないんだよ」


「変なの」


リナはさっさと家へ戻っていった。


エイルはその背中を見てから、少し笑った。


分かるまで。


自分で言ってみると、それでいい気がした。


---


それから数日。


トーマが畑へ出る日は少しずつ増えた。


村の男たちも、ドルクが先に様子を見た場所から森へ入るようになった。


薪を拾う。


罠を確認する。


木の実を集める。


以前ほど自由には動けない。


それでも、できることは少しずつ増えていった。


---


ある日の夕方。


エイルは家の前で薪を積んでいた。


隣でトーマが数を見ている。


「これなら、しばらく持つな」


「冬全部?」


「無理」


「まだ集めるの?」


「当たり前だ」


「結構あるよ」


「冬をなめるな」


エイルは積み上がった薪を見る。


「冬ってそんなに強いの?」


「灰牙より強いぞ」


「嘘だ」


「毎年来る」


エイルは少し考えた。


「……それは強いな」


「だろ」


トーマが笑った。


そのとき、村の入口の方から荷車の音がした。


エイルは顔を上げる。


一瞬だけ、期待した。


けれど、道の向こうから聞こえてきたのは、よく知った声だった。


「よう! まだ潰れてなかったか!」


セドだ。


「来ていきなり縁起悪いこと言うな!」


近くにいた男が言い返し、何人かが笑った。


エイルも笑う。


それから荷車の後ろへ目をやった。


誰もいない。


サナではなかった。


---


「セド!」


リナが勢いよく走っていく。


「待て!」


エイルも追う。


「今日は菓子買わないぞ!」


「まだ何も言ってない!」


「顔に書いてある!」


「一個!」


「駄目!」


「半分あげる!」


「だから俺の金で買うんだろ!」


「じゃあ半分だけ買って!」


「そんな売り方しないよ!」


荷車のところから、セドの笑い声が聞こえた。


少し前にも、同じようなやり取りをした。


あのときより食べ物は少ない。


薪もまだ十分ではない。


父の脚も完全には戻っていない。


いなくなった二人が戻ってくることもない。


それでも今日は、村のあちこちから笑い声がした。


エイルはリナに袖を引っ張られながら、荷車に並べられていく品を覗き込んだ。


冬はまだ来ていない。


やることも、足りないものも、たくさん残っている。


だから明日もまた、畑へ行く。


薪を運ぶ。


水を汲む。


そして、分からないことは分からないまま、覚えておく。


今のエイルにできるのは、それくらいだった。


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