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THE GUILD  作者: axe
第一章 小さな村で
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第二十話 冬まで


襲撃から一月以上が過ぎた。


トーマは杖なしでも歩けるようになっていた。


ただし。


「父さん」


「なんだ」


「何してるの?」


「見れば分かるだろ」


「鍬持ってるね」


「ああ」


「なんで?」


「畑に行くから」


エイルは家の入口に立ったまま、トーマを見る。


トーマも鍬を持ったまま、エイルを見る。


「母さん!」


「呼ぶな」


「父さん、畑行くって!」


「エイル」


「何?」


「話し合おう」


「嫌」


「なんでだ」


「俺まで怒られそうだから」


奥から足音がした。


トーマはすぐに鍬を壁へ戻した。


「……今日はやめる」


「遅いよ」


ミラが顔を出す。


鍬を見る。


次にトーマを見る。


「何してるの?」


「何も」


「畑に行こうとしてた」


「エイル」


「俺を巻き込まないでよ」


ミラがため息をついた。


「まだ畑仕事は駄目って言われたでしょ」


「もう歩ける」


「歩けるのと畑仕事ができるのは別」


「少しくらいなら」


「駄目」


「……はい」


父が負けた。


最近、よく見る光景だった。


---


エイルは一人で畑へ向かった。


今でも村の外へ出るときは、何人かでまとまって動く。


ただ、以前ほど厳しくはない。


ここしばらく、村の近くで灰牙の姿は見つかっていなかった。新しい足跡も、鳴き声もない。


それでも森の奥へは入らない。


東の柵を通る。


襲撃のあとに打ち直した板も、今では泥や雨に汚れ、少しずつ周囲の古い木に馴染み始めていた。


時間だけは、確実に進んでいた。


---


畑ではベルンが待っていた。


「今日はこっちだ」


「南?」


「ああ」


「東じゃないの?」


「東は人が足りてる」


ベルンが南の畑を指す。


いつもより広い範囲が掘り返されていた。


「何するの?」


「増やす」


「今から?」


「取れそうなものを植える」


エイルは畑を見る。


「間に合う?」


「間に合わせる」


「できるの?」


「やらないよりいい」


最近、大人たちはこういう言い方をするようになった。


大丈夫とは言わない。


できるとも言わない。


やる。


それだけだった。


---


仕事が始まった。


土を起こし、運び、また掘る。


エイルもずいぶん慣れた。


鍬を振りながら魔力を腕へ流す。


もう、そのためにいちいち動きを止めることはほとんどない。


以前なら途中で何度も休んでいた仕事も、今は大人に混じってかなり続けられる。


「エイル」


ベルンに呼ばれた。


「何?」


「その袋、向こうまで頼む」


「これ?」


「ああ」


持ち上げようとして、エイルは少し顔をしかめた。


「重い」


「一人で無理なら二人で運べ」


「ちょっと待って」


魔力を腕へ流して、もう一度持つ。


持ち上がった。


「いける」


「無理するなよ」


「大丈夫」


袋を抱えて歩き出す。


最近、こういう仕事を頼まれることが増えた。


最初はトーマの代わりだった。


今は普通に、


「エイル、これ頼む」


と呼ばれる。


十二歳でも、できる仕事ならやる。


今の村では、人手はいくらあっても足りなかった。


---


昼。


木陰に集まって休んだ。


今日の昼飯はパンと、少しの干した魚。


エイルは魚を見た。


前より薄い。


気づいたけれど、何も言わずに食べた。


近くでは大人たちが話している。


「セド、次いつだ?」


「分からん」


「前に来てから結構経つぞ」


「道が悪いんだろ」


「塩が少ない」


「ベルンが残りを見てる」


「冬前にもう一回来てくれればいいが」


「来ても高いぞ」


「来ないよりましだ」


エイルは黙って聞いていた。


最近は、何かが足りない話ばかりだった。


塩。


薪。


食べ物。


人。


金。


最初は聞くたびに不安になった。


最近は、少し聞き慣れてきた。


そのことの方が、なんとなく嫌だった。


---


午後。


村へ戻る途中で、森の方からドルクが出てきた。


弓を背負い、片手には兎を持っている。


「獲れたの?」


「ああ」


「森に入った?」


「少しな」


エイルは足を止めた。


「もう入っていいの?」


「お前は駄目だ」


「なんで?」


「俺だからだ」


「理由になってないよ」


「なる」


ドルクはそのまま歩き出す。


エイルも横についていった。


「灰牙いた?」


「いない」


「跡は?」


「新しいのはない」


「じゃあ、もう大丈夫?」


「さあな」


「またそれ」


ドルクがエイルを見る。


「大丈夫って言ってほしいのか?」


エイルは少し考えた。


「……分かんない」


「なら俺にも分からん」


「ドルクさんでも?」


「ああ」


「毎日見てるのに?」


「見てるから、分からんと言ってる」


「どういうこと?」


「何もいないのと、何も見つけてないのは違う」


エイルはしばらく考えた。


「……難しい」


「そうか?」


ドルクには普通のことらしい。


少し歩いてから、エイルはまた聞いた。


「怖くない?」


「何が」


「森」


「ああ。怖いぞ」


エイルはドルクを見る。


「怖いんだ」


「当たり前だろ」


「でも一人で入るじゃん」


「怖いのと、入らないのは別だ」


「俺だったら入りたくない」


「だからお前は入るな」


「そういう話じゃなくて」


ドルクが少し笑った。


「怖いから気をつけるんだよ」


それだけ言って、また前を向いた。


エイルは少し遅れてついていった。


---


家へ戻ると、リナが飛び出してきた。


「兄ちゃん!」


「何?」


「肉!」


「俺?」


「ドルクさん!」


どうやら兎を見ていたらしい。


「今日、肉?」


「うちのじゃないだろ」


「もらえる?」


「知らない」


「聞いてきて」


「自分で聞けよ」


「兄ちゃんが聞いて」


「嫌だよ」


「けち」


「俺、何も持ってないじゃん」


リナはもう聞いていなかった。


そのままミラのところへ走っていく。


「母さん! ドルクさん兎!」


「聞こえてるよ」


「肉!」


「うちのじゃないよ」


エイルは少し笑った。


食べ物が減っても、リナは相変わらずだった。


---


夕方。


ベルンが家へやってきた。


「トーマ」


「なんだ」


「明日、ちょっと来てくれ」


トーマの顔が明るくなる。


「畑か?」


「違う」


すぐに戻った。


「何だ」


「冬の分を見直す」


「俺もいるのか?」


「お前んとこの畑もあるからな」


「歩いていいんだな?」


「俺の家までならな」


トーマがエイルを見る。


「聞いたか」


「畑じゃないよ」


「歩けることが大事なんだ」


「子供みたい」


「うるさい」


ベルンが笑った。


それからエイルを見る。


「お前も来い」


「俺?」


「ああ」


「なんで?」


「今年、お前もかなり畑をやっただろ」


エイルは少し驚いた。


「俺が?」


「自分でやってて気づいてないのか」


「でも、父さんの代わりだよ」


「だからだ」


ベルンはそれだけ言った。


---


翌日の夕方。


ベルンの家には何人かの大人が集まっていた。


襲撃の日、村中の人間が押し込められていた家。


あの日は、立っているだけでも誰かの身体に触れた。


泣いている子供がいて、外から音がするたび、部屋の中が静かになった。


今日は違う。


人は少ない。


中央には机が置かれ、その上に袋や木札が並べられている。


エイルはトーマの隣へ座った。


「何するの?」


「黙って聞いてろ」


「分かった」


ベルンが話し始める。


今年取れそうな麦。


豆。


保存してある芋。


干した肉。


塩。


薪。


一つずつ確認していく。


エイルには分からない話も多かった。


どの家にどれだけ残っているか。


これからどれくらい取れそうか。


何を先に使って、何を残すのか。


それでも、一つだけは分かった。


足りない。


---


「去年よりかなり少ないな」


一人が言った。


「東が痛い」


「南でどこまで埋められる?」


「分からん」


「家畜は?」


「冬前に何頭か潰すしかない」


「来年はどうする」


「残す分は残す」


「薪は?」


ドルクが答えた。


「森へ入る範囲を少しずつ広げる」


「大丈夫か?」


「先に俺が見る」


「一人で?」


「二人欲しい」


話が続く。


何かを増やそうとすると、別の何かが必要になる。


今食べれば、あとで減る。


残せば、今が苦しくなる。


エイルは途中から、机の上の袋を見ていた。


話を聞けば聞くほど、余っているものが何もないように思えてくる。


やがてベルンが言った。


「最悪、冬を越せないほどではない」


部屋が静かになる。


エイルは顔を上げた。


「ただ、今まで通りには食えん。春まで考えて使う。余計なものは買わない。森から取れるものも、安全を確かめながら増やす」


トーマが聞く。


「来年の種は?」


「触らん」


「そこ削ったら終わりだな」


「ああ」


エイルは二人を見る。


冬を越せば終わりではない。


春になれば、また畑に植える。


そのための種も残さなければならない。


今までなら、春になれば当たり前に種を植えるものだと思っていた。


その種も、誰かが残していたのだ。


---


話が終わり、外へ出た。


トーマは念のため杖を持っている。


エイルはその横を歩いた。


「父さん」


「なんだ」


「大丈夫なの?」


「何が」


「冬」


トーマは少し考えた。


「ベルンが言っただろ」


「越せるって?」


「ああ」


「でも、少ないんでしょ」


「少ないな」


「大丈夫?」


トーマがエイルを見る。


「何とかする」


「できる?」


「するんだよ」


エイルは黙った。


ベルンも似たようなことを言っていた。


間に合わせる。


やらないよりいい。


できるかどうかを聞いても、誰もはっきりとは答えない。


それでも仕事はする。


「……大人って大変だね」


「今さら気づいたか」


「父さん、いつも適当だから」


「誰が適当だ」


「父さん」


「明日から仕事増やすぞ」


「怪我人は休んでて」


「最近お前、強くなったな」


「魔力?」


「口が」


「そっち?」


二人で家へ帰った。


---


その夜。


エイルは寝床に入ってからも、なかなか眠れなかった。


ベルンの家で聞いた話が残っている。


麦。


豆。


芋。


肉。


塩。


薪。


来年の種。


灰牙が来る前は、そんなものを気にしたことがなかった。


食事は出てくる。


冬になれば薪を燃やす。


春になれば畑に種を植える。


ずっと、そういうものだと思っていた。


でも、そのどれも誰かが作り、集め、残していた。


次の日だけではなく、その次の季節の分まで。


そして、一度崩れると簡単には戻らない。


襲撃は一日だった。


けれど、村は今もその続きをやっている。


エイルは布の中で右手を開いた。


魔力を少し集める。


腕へ流す。


もう簡単にできる。


前より速い。


水桶も運べる。


重い袋も持てる。


畑仕事にも役立つ。


それでも、あの日はベルンの家で待っていた。


何が起きているのかも分からず、父が外にいることだけを知っていた。


二人が死んだ。


父が怪我をした。


畑が荒れた。


森へ入れなくなった。


そして今、食べ物や薪が足りない。


エイルは魔力を散らした。


目を閉じると、またサナの魔術を思い出す。


小さな火が灯る前。


怪我人を診ていたとき。


魔力を集めるところまでは、自分と同じだった。


そのあとが違う。


ただ流すのではなく、何かをしていた。


何度思い返しても、それ以上は分からない。


聞けばよかった。


そう思う。


でも、あのときは、こんなに知りたくなるとは思っていなかった。


サナはもう村にいない。


だから今できるのは、見たものを忘れないことくらいだった。


エイルは目を閉じたまま、あの日の魔力の動きをもう一度思い返した。


分からないところは、分からないままでいい。


いつか聞けるときまで覚えておこう。


そうしているうちに、いつの間にか眠っていた。


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