第百六十二話 残りの二頭
ベルノへ戻ると、ロマは柵の前にいた。
エイルが羊を連れているのを見るなり、こちらへ歩いてくる。
「それ、うちのだ」
「やっぱり?」
「ああ」
ロマは羊の首元を確認した。
「間違いない」
縄を受け取ると、羊の身体を一通り見る。
大きな怪我がないことを確認してから、柵の中へ戻した。
「どこにいた?」
「東の村です」
エイルが答えた。
「道を歩いてたところを、向こうの人が預かってくれてました」
「そんなところまで行ってたのか」
ロマは羊を見る。
「こいつは昔から柵を抜けるようなやつじゃなかったんだがな」
ガレスが聞いた。
「最初に消えたのはこいつか?」
ロマは少し考える。
「分からん」
「三頭を見分けられるか」
「もちろんだ」
「どの順番で消えたかは?」
「そこまでは覚えてない。最初の二頭は同じような白いやつだったからな」
ガレスは羊へ目を向けた。
「そうか」
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ガレスはそのまま柵をもう一度見始めた。
昨日確認した場所ではなく、今度は外側をゆっくり歩いていく。
エイルも少し離れてついていった。
「まだ調べるんですか?」
「ああ」
「一頭は逃げただけでしたよ」
「一頭はな」
残りは二頭。
エイルも地面を見る。
昨日まで何度も羊が歩いているため、蹄の跡はいくらでもある。
その中から何かを見つけろと言われても難しい。
しばらく歩いたところで、ガレスが門の前に戻った。
「ロマ」
「なんだ」
「羊を出す時、誰が門を開ける」
「俺か息子だ」
「戻す時は?」
「同じだ」
「一度に全部入れる?」
「ああ」
「数えるのは?」
「中に入れてからだ」
ガレスは門を見る。
「逃げた一頭が、いつ外へ出たか分からんな」
「そうだな」
ロマもようやく気づいたようだった。
「昼の間に群れから離れて、そのまま戻らなかった可能性もあるってことか?」
「ああ」
「でも残り二頭も?」
「それを今から見る」
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ニルの家へ行くと、今日はいた。
左手に弓を持ち、矢筒を背負っている。
「また山ですか?」
エイルが聞く。
「罠を見に行く」
ニルは二人を見る。
「羊は?」
「一頭見つかった」
「生きてたか?」
「ああ」
「そりゃよかった」
ガレスが聞いた。
「罠はどっちだ」
「北の林だ」
「東には行かない?」
「今日はな」
「なら一つ聞きたい」
ニルが足を止める。
「最初に狼の跡を見た時、羊の跡も一緒にあったか?」
「羊の?」
「ああ」
ニルはしばらく考えた。
「そこまでは見てない」
「狼の跡だけ見つけた?」
「そうだ」
「どっち向きだった」
「林から出てきた方だと思ったが……」
ニルが眉を寄せる。
「いや、逆かもしれん」
ガレスは頷いた。
「分からんならいい」
「悪いな」
「何日も前の跡だ。そんなもんだ」
ニルはそのまま北へ向かった。
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「また分からなくなりましたね」
エイルが言った。
「最初から分かってない」
「狼が怪しいと思ってました」
「ニルもそう思っただけだ」
二人は村の東側へ向かう。
昨日見つけた羊毛の場所まで歩いた。
ガレスはそこで足を止めず、さらに周囲を見て回る。
エイルも草の間を見る。
少し離れた場所で、白い毛が目に入った。
「こっちにもあります」
ガレスが来る。
昨日より少ない。
数本だけだった。
その先にもある。
「同じ羊ですかね」
「分からん」
「ですよね」
エイルはもう慣れてきた。
ガレスが少しだけ口元を動かした。
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二人は毛を追った。
昨日とは違う方向だった。
林の北側へ回り込み、低い斜面を上がる。
途中から羊毛は見つからなくなった。
代わりに、柔らかい土の上に蹄の跡が残っている。
ガレスがしゃがむ。
「羊ですね」
「ああ」
一頭分なのか、何頭分なのか。
エイルには分からない。
ガレスもすぐには答えなかった。
足跡は斜面を上っている。
二人は追った。
上まで出ると、向こう側に小さな谷があった。
草が伸び、その先には木が集まっている。
エイルが辺りを見回す。
「ここ、羊が来るんですか?」
「ロマに聞かないと分からん」
斜面を下りる。
途中でガレスが止まった。
エイルもすぐ止まる。
「何です?」
ガレスは答えず、少し先を指した。
草が倒れている。
その間に白いものが見えた。
エイルは目を凝らす。
羊だった。
横倒しになっている。
動いていない。
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ガレスが先に近づいた。
エイルは少し後ろで待つ。
ガレスが周囲を確認してから手で呼んだ。
エイルも近づいた。
羊は死んでいた。
身体の一部が食われている。
「狼ですか?」
「傷を見る」
ガレスが羊の首元を調べる。
毛を分けると、血の固まった跡があった。
「噛まれてる」
エイルも見える位置から覗く。
首に深い傷がある。
「じゃあ、一頭目とは違う」
「ああ」
ガレスは地面を見る。
羊の周囲には土が露出した場所がある。
そこに足跡が残っていた。
四本の指。
犬に似ている。
エイルにも分かった。
「昨日の毛のやつ?」
「可能性はある」
「普通の狼?」
ガレスは足跡の横に手を置いた。
大きさを見ている。
「少なくとも森牙ほどじゃない」
足跡は一つではない。
羊の周り。
谷の奥。
斜面。
いくつも重なっている。
エイルが数えようとした。
「一、二……」
「数えるな」
「え?」
「同じやつが何度も歩いてる」
「ああ」
エイルはやめた。
ガレスは少し離れた跡も確認する。
「でも一頭じゃない」
「分かるんですか?」
「大きさが違う」
エイルも見比べる。
言われてみれば、少し小さな跡が混じっていた。
「何頭?」
「まだ分からん」
ガレスは立ち上がった。
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死骸には、それほど古くない食べ跡があった。
ガレスは周囲を調べたが、谷の奥へは進まなかった。
「戻るぞ」
「追わないんですか?」
「ああ」
「足跡は続いてますよ」
「だからだ」
エイルは谷の奥を見る。
木々の間は暗い。
「複数いるから?」
「それもある」
ガレスは羊の死骸を指した。
「ここに戻ってくるかもしれん」
「狼が?」
「ああ」
「待てば見られる?」
「見られるかもしれん」
「じゃあ――」
「今日は二人だ」
ガレスは歩き出した。
「数も分からん。地形も知らん。ここで待つ理由がない」
エイルもついていく。
森牙の時と同じだった。
見つけたから、そのまま戦うわけではない。
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ロマは死んだ羊の特徴を聞くと、すぐにどの個体か分かった。
「二頭目に消えたやつだ」
「残り一頭だな」
ガレスが言う。
ロマの顔は重かった。
「狼だったのか?」
「犬に近い足跡はあった」
「狼じゃない?」
「まだ見てない」
「でも羊は食われてたんだろ」
「ああ」
「なら狩ってくれ」
ガレスはすぐには答えなかった。
「何頭いるか分からん」
「一頭じゃないのか?」
「足跡は複数ある」
ロマが黙る。
「調べるなら、もう一日いる」
ガレスが続けた。
「その上で、俺たちでやれるなら別に金の話をする」
「また別か」
「ああ」
ロマは嫌そうな顔をした。
だが、今度はすぐに断らなかった。
柵の中の羊を見る。
その中には、昨日戻ってきた一頭もいる。
「……分かった」
ガレスが頷いた。
「今日は羊を東へ出すな」
「ああ」
「夜もできるだけ家の近くに置け」
「分かった」
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泊まっている家へ戻る途中、エイルが聞いた。
「明日も俺は一緒ですか?」
「調べるところまではな」
「その後は?」
「見てからだ」
エイルは頷いた。
森牙の時とは違う。
今度は最初から、ガレスと一緒に跡を追っている。
だが、だからといって戦う側に入ったわけではない。
その線はまだ残っていた。
村の向こうで、羊の鳴き声が聞こえた。




