第百六十話 村の猟師
ベルノには宿と呼べるほどのものはなかった。
村の女に聞くと、旅人を泊めることがある家を教えてくれた。
夕食と寝床をつけてもらい、二人はそこで猟師が戻るのを待つことにした。
「今日はもう仕事ないですね」
エイルが言った。
「たぶんな」
ガレスは荷物を壁際へ置いた。
「ハルドに戻った方が稼げたんじゃないですか?」
「そうかもな」
「三頭の羊が魔物じゃなかったら?」
「明日戻る」
エイルは頷いた。
ベルノまで来たからといって、仕事になるとは限らない。
今日の宿代と食事代は、自分たちで払う。
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日暮れが近づいた頃、村の外から犬の鳴き声が聞こえた。
少しして、一人の男が戻ってきた。
背負っているのは弓と獲物だった。
大きな兎が二羽。
腰には短い山刀を下げている。
年はガレスより少し若く見える。
ロマがその男を呼び止めた。
少し話したあと、こちらを指した。
男がガレスを見る。
ガレスも立ち上がった。
「羊を見たのはあんたか」
「ああ。ニルだ」
「ガレスだ」
それだけ名乗る。
ニルはエイルにも目を向けた。
「そっちは?」
「エイルです」
「一緒に来てる」
ガレスが言った。
ニルは頷き、背負っていた獲物を下ろした。
「ロマから聞いた。羊の件を調べたいんだって?」
「まだ受けてない。あんたが見たって聞いたから、先に話を聞きたい」
「そうか」
ニルは近くの木箱に腰を下ろした。
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「最初に見たのは?」
「三頭目がいなくなった次の日だ」
ニルが答える。
「柵の周りと、羊を出してる草地を見た」
「跡は?」
「あった」
「何の」
「狼に見えた」
エイルは黙って聞く。
「普通の狼か?」
ガレスが聞く。
ニルが少し間を置いた。
「たぶん」
「たぶん?」
「跡がきれいに残ってなかった。雨も降ったし、羊の跡だらけだ」
「大きさは?」
ニルが手で示す。
「これくらいだ」
「一頭?」
「分からん」
「血は?」
「なかった」
「毛は?」
「それらしいのを少し拾った」
「残ってるか?」
「ああ」
ニルは立ち上がった。
「家にある」
しばらくして戻ってくる。
小さな布の中に、灰色がかった毛が数本入っていた。
ガレスが受け取る。
指で触り、光にかざす。
「狼っぽいな」
「だろ」
「森牙では?」
エイルが聞いた。
ガレスが毛を見る。
「これだけなら、そうは見えん」
ニルも頷く。
「俺も森牙なら、もう少し硬い毛だと思った」
「見たことあるんですか?」
「二度だけな」
エイルはそれ以上聞かなかった。
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「それで、なんで狼だと思ってるのに捕まえてない?」
ガレスが聞いた。
ニルは少し笑った。
「俺にも仕事がある」
足元の兎を指す。
「毎日ロマの羊を探して歩けん」
「頼まれたんじゃないのか」
「一度見てくれって頼まれただけだ」
「金は?」
「肉を少しもらった」
「それで終わりか」
「ああ」
ニルは肩をすくめる。
「狼なら、また来た時に追えばいいと思ってた」
「来たか?」
「それから羊は減ってない」
ガレスが黙った。
エイルもロマの話を思い出す。
最後の一頭が消えてから、すでに何日か経っている。
「じゃあ、もういないかもしれない?」
エイルが聞く。
「かもしれん」
ニルが答えた。
「ただな」
「何です?」
「変なのが一つある」
ガレスが顔を上げる。
「何だ」
「羊がいない」
「それは聞いた」
「そうじゃない」
ニルは首を振った。
「狼に持っていかれたなら、どこかに血くらい残りそうなもんだろ」
「三頭とも?」
「ああ」
「柵の外も見たか」
「見た。近くはな」
「羊が逃げた跡は?」
「分からん。あそこは羊の足跡だらけだ」
ガレスは少し考えた。
「柵を見せてくれ」
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まだ明るさが残っていた。
四人でロマの牧場へ向かう。
ニルが最初に調べた場所を案内した。
「ここだ」
柵の一角。
壊れてはいない。
ガレスは板の間隔を見る。
そのまま地面へ目を落とした。
「羊なら抜けられるか?」
「子ならな」
ロマが答える。
「いなくなったのは?」
「全部大人だ」
「ならここからは難しいな」
エイルも柵を見る。
飛び越えた可能性もある。
門から出た可能性もある。
誰かが出した可能性もある。
まだ何も決まらない。
ガレスがニルを見る。
「跡を見つけたのは?」
「こっちだ」
柵沿いに少し歩く。
草地の端。
「この辺だった」
ニルが示した。
今はもう、何も残っていない。
「雨の前か」
「ああ」
「どっち向きだった」
「森の方だと思う」
ガレスが顔を上げた。
牧場の東には低い丘がある。
その先に林が続いていた。
「羊を普段出すのは?」
ロマが丘とは反対側を指した。
「主に南だ」
「東には?」
「たまに行く」
ガレスはしばらく丘を見た。
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「明日の朝、見る」
ガレスが言った。
ロマが顔を上げる。
「引き受けるのか?」
「調査だけだ」
「昨日言ってた金で?」
「ああ」
「魔物じゃなくても?」
「ああ」
ロマは少し迷ってから頷いた。
「分かった」
話が決まる。
ニルがガレスを見る。
「俺も来た方がいいか?」
「明日はいい」
「そうか」
「ただ、また狼の跡を見つけたら消すな」
「消してないよ」
「踏むなって意味だ」
「分かってる」
ニルが少し笑った。
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泊めてもらう家へ戻る途中、エイルが聞いた。
「明日は俺も行っていいですか?」
「ああ」
ガレスはすぐに答えた。
エイルが少し驚いて横を見る。
「いいんですか?」
「調べるだけだからな」
「森にも?」
「必要なら入る」
ガレスは続けた。
「ただし、見つけても追わない」
「はい」
「前に出ない」
「はい」
「跡を見つけたら勝手に踏むな」
「それも分かってます」
「ならいい」
エイルは少しだけ笑った。
前にも聞いたことばかりだった。
それでもガレスは確認する。
明日は、森牙の時とは違う。
何がいるのかさえ、まだ分かっていない。
二人は暗くなる前に宿へ戻った。




