第百五十九話 東の羊
ハルドで取った宿は、通りから一本入ったところにあった。
エイルが見つけた中では安い方だったが、荷物を置く場所には鍵がかかり、食事も出る。
部屋を見たガレスは、それだけ確認して荷物を下ろした。
「ここでいい」
「もう一軒、少し安いところもありましたよ」
「荷物は?」
「部屋の隅に置くだけでした」
「ならこっちだ」
エイルも荷物を置いた。
安い宿を探せと言われたが、値段だけで決めるわけではないらしい。
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二人は宿を出ると、昨日荷車の男から聞いた酒場へ向かった。
まだ客は少ない。
ガレスは店の主人に声をかけた。
「東の方で羊が減ったって話を聞いた」
「ああ」
主人はすぐに思い出した。
「ベルノだな」
「どこだ」
「ここから東だ。丘を二つ越えた先にある」
「いつの話だ」
「何日か前だな」
「何頭やられた」
「やられたかは知らんぞ」
主人は首を振った。
「羊がいなくなったって話だ」
「死骸は?」
「そこまでは聞いてない」
「誰から聞いた?」
「羊毛を運んできた商人だ。ベルノを通ってきたって言ってた」
ガレスが頷く。
昨日よりは話が具体的になった。
それでも、まだ分からないことの方が多い。
「その商人は?」
「もう西へ行ったよ」
「そうか」
ガレスは水を一杯頼んだ。
エイルも隣に座る。
「ベルノに行きます?」
「まだだ」
「まだ?」
「他でも聞く」
ガレスは水を飲み干した。
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次に入ったのは、羊毛や革を扱っている店だった。
店先には毛を束ねた大きな袋が積まれている。
ガレスがベルノの名前を出すと、店主は知っていた。
「羊がいなくなった話なら聞いたぞ」
「何頭だ」
「三頭だったかな」
「いつ頃だ」
「最初の一頭は何日か前だと言ってたな」
「誰から聞いた?」
「ベルノの羊飼いだ」
ガレスが顔を上げる。
「本人が来たのか」
「ああ。羊毛を持ってきた」
「人を探してるとは?」
「そこまでは聞いてないな」
「魔物の話は?」
「それも知らん」
店主は積んである羊毛を指した。
「俺が聞いたのは、羊が三頭いなくなったってところまでだ」
「分かった」
二人は店を出た。
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「三頭」
歩きながらエイルが言った。
「ああ」
「さっきよりはっきりしましたね」
「話した本人に近づいただけだ」
「本人に聞けば、もっと分かる?」
「普通はな」
「じゃあベルノへ?」
ガレスは少し考えた。
「行く」
エイルが頷く。
「今から?」
「いや」
ガレスは通りの向こうを見る。
日が傾き始めている。
「今日はここで仕事を探す。行くなら明日の朝だ」
「分かりました」
せっかくハルドまで来たのだから、何もせず一日を終える必要はない。
二人は市場の方へ向かった。
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その日は、商店の荷を倉へ移す仕事が見つかった。
二人で木箱を運ぶ。
それほど重いものではないが、数が多い。
身体強化を使うほどでもない箱はそのまま運び、重いものだけ二人で持つ。
途中、店の主人が急かした。
「そっち、二つまとめていけないか?」
エイルが箱を見る。
持てなくはない。
だが、上に積めば前が見えにくくなる。
「一つずつ運びます」
「時間かかるぞ」
「落としたらもっとかかりますよ」
主人は一瞬黙り、
「それもそうだな」
と引いた。
少し離れたところでガレスが箱を運んでいる。
こちらを見てはいなかった。
エイルもそのまま次の箱を取りに戻った。
仕事が終わると、二人は約束した分の賃金を受け取った。
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翌朝、二人はハルドを出た。
東へ向かう。
道は次第に細くなり、畑の代わりに草地が増えていった。
途中、羊を連れた男とすれ違う。
ガレスが道を聞いた。
「ベルノならこのままだ」
男が答える。
「丘を越えたら見える」
「最近、向こうで羊がいなくなったと聞いた」
「ああ、それか」
男も知っていた。
「魔物ですか?」
エイルが聞く。
「知らん」
男は羊の群れを見る。
「狼じゃないかって話もあるけどな」
「普通の狼?」
「だから知らんって」
「すみません」
エイルが笑う。
ガレスが続けた。
「何頭だ」
「二頭じゃなかったか?」
エイルがガレスを見る。
ガレスは特に反応しなかった。
「いつ聞いた」
「昨日だな」
「誰から?」
「この先ですれ違った奴だよ」
それ以上は分からなかった。
礼を言って別れる。
少し歩いてから、エイルが口を開く。
「三頭から二頭になりましたね」
「噂だからな」
「次は四頭になるかも」
「なるかもな」
エイルは少し笑った。
だから本人に聞くのだろう。
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ベルノに着いたのは、日が高くなってからだった。
村の周囲には広い草地があり、あちこちで羊が草を食べている。
家の数はそれほど多くない。
ガレスが村を見回す。
「聞いてこい」
「俺が?」
「ああ」
「誰に?」
「それも自分で決めろ」
エイルは周囲を見る。
村の入口近くで、女が桶を洗っている。
少し離れたところには荷車を直している男もいる。
エイルは女の方へ歩いた。
「すみません」
女が顔を上げる。
「最近、羊がいなくなった家があるって聞いたんですけど、どこか分かりますか?」
「ああ、ロマのところだよ」
女はすぐに丘の方を指した。
「向こうの大きな柵がある家」
「ありがとうございます」
エイルはガレスのところへ戻った。
「ロマさんって人みたいです」
「ああ」
二人で丘へ向かった。
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大きな柵の中に、何十頭もの羊がいた。
男が一人、柵の板を直している。
ガレスが声をかけた。
「ロマか?」
男が振り返る。
「そうだが」
「羊がいなくなったと聞いた」
男の手が止まった。
「どこで聞いた?」
「ハルドだ」
「それで来たのか?」
「ああ」
ガレスは柵の中を見る。
「まだ困ってるなら話を聞く」
ロマはガレスとエイルを交互に見た。
「何の人だ?」
「獣や魔物の仕事もする」
ガレスが答える。
「ただ、今のところ魔物かどうかは知らん」
ロマは道具を置いた。
「三頭だ」
エイルは黙って聞く。
ようやく数が確かめられた。
「いつからだ」
「最初が六日前。その二日後に一頭。それからもう一頭」
「死骸は?」
「ない」
「血は?」
「見つけてない」
「柵は壊れてたか」
「いや」
「羊が自分で出た可能性は?」
ロマは少し考えた。
「ある。だが三頭とも見つからん」
「誰か見たか」
「村の猟師に頼んだ」
「何て言ってた」
「狼かもしれんと」
「足跡は?」
「俺には分からん」
「猟師は?」
「今朝から山だ。日暮れ前には戻ると思う」
ガレスが羊の群れを見る。
すぐには何も言わなかった。
ロマが聞く。
「見てくれるのか?」
「調べるなら金をもらう」
「見つからなくても?」
「ああ」
「いくらだ」
ガレスが金額を伝える。
ロマは顔をしかめた。
「それなら、まず猟師が戻るのを待つ」
「それでいい」
ガレスはあっさり答えた。
「そいつが分からなかったら、また話せ」
二人は柵から離れた。
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村へ戻りながら、エイルが聞いた。
「見ないんですね」
「頼まれてないからな」
「少しくらい見れば、何か分かるかもしれないですよ」
「分かるかもしれんな」
「でも見ない?」
「ああ」
ガレスは歩き続ける。
「調べるのも仕事だ」
エイルは後ろを振り返った。
ロマはもう柵の修理に戻っている。
「じゃあ、猟師が戻るまでどうします?」
「飯を食う」
「その後は?」
「仕事があれば仕事」
「なければ?」
「待つ」
エイルは少し笑った。
また待つらしい。
二人は村の中心へ向かった。




