第百五十八話 南へ
翌朝、エイルが宿の食堂へ下りると、ガレスはすでに朝食を食べていた。
「今日は南ですよね」
「ああ」
エイルもパンとスープを受け取って座る。
「どこまで行くんです?」
「決めてない」
「仕事も?」
「ない」
「本当に何も決まってないんですね」
「昨日言っただろ」
ガレスはパンを食べる。
エイルも食べ始めた。
「じゃあ、途中で聞きながら?」
「ああ」
それなら、これまでエイルが一人でやってきたことと大きくは変わらない。
違うのは、隣にガレスがいることくらいだった。
---
宿を出る前に、エイルは荷物を確認した。
水。
食料。
着替え。
雨具。
縄。
剣。
必要なものを背負う。
ガレスも自分の荷物を背負った。
装備はいつもと変わらない。
村を出て、南へ続く道を歩く。
少し進んだところで、エイルが聞いた。
「次も魔物の仕事を探すんですか?」
「別に」
「別に?」
「金になるなら護衛でも荷運びでもいい」
「やっぱりそうなんですね」
「何がだ」
「森牙の仕事が終わったから、次の魔物を探すのかと思ってました」
ガレスがエイルを見る。
「魔物だけ探して歩いてたら、食えん時もある」
それは前にも聞いた。
実際、石を運ぶ仕事も一緒にした。
「じゃあ今日は、何かあればやる?」
「条件次第だ」
「なければ?」
「歩く」
簡単だった。
---
昼前、小さな集落に着いた。
道沿いに家が十数軒。
畑と、小さな水車がある。
二人は井戸の近くで休みながら、通りかかった男に声をかけた。
「この辺で人手を探してるところはあるか」
ガレスが聞く。
男は少し考える。
「水車のところで袋を運ぶって言ってたな」
「他は?」
「他?」
「獣か魔物の被害」
「ああ」
男は畑の向こうを見る。
「最近は聞かんな」
「そうか」
それで話は終わった。
エイルは少し意外だった。
「もっと聞かないんですか?」
集落を歩きながら聞く。
「何を」
「他の人にも。魔物のこと」
「後で聞く」
ガレスは水車の方を指した。
「先にあっちだ」
「仕事?」
「ああ」
---
水車では、粉を入れた袋を倉へ移す人手が足りていなかった。
量を確認する。
運ぶ場所を確認する。
報酬を聞く。
ガレスが少し交渉し、二人で引き受けた。
エイルは荷物を下ろし、袖をまくる。
「結局、荷運びですね」
「嫌ならやめてもいいぞ」
「やります」
袋を持ち上げる。
重い。
身体強化を使えば運べる。
ただし、最初から力を使いすぎない。
石切場で言われたことを思い出し、一袋ずつ運んだ。
ガレスも隣で同じように運ぶ。
途中、水車の主人が二袋をまとめて持とうとしたエイルを見た。
「若いなあ」
「やめとけ」
ガレスが言った。
エイルは二袋目から手を離した。
「まだ持ってないですよ」
「ならいい」
「持とうとはしましたけど」
主人が笑った。
---
仕事が終わると、二人は賃金を受け取った。
その場でガレスが主人に聞く。
「南へ行くなら、次に泊まれるのは?」
「この道なら半日も歩けば村がある。宿も一軒あるぞ」
「仕事はありそうか」
「そこまでは知らんな」
「魔物の話は?」
主人は首を振る。
「最近はこの辺じゃ聞かん」
それから少し考えて、
「猪なら畑に出るけどな」
と言った。
「普通の?」
「ああ。たぶん」
「誰がやる」
「村の連中で追い払うよ。ひどけりゃ猟師に頼む」
ガレスは頷いた。
それ以上は聞かなかった。
集落を出る。
エイルが隣を歩きながら言う。
「魔物じゃなかったですね」
「毎日出たら困るだろ」
「それはそうですけど」
エイルは少し笑った。
村の周りに魔物がいること自体は珍しくない。
それでも、毎日誰かが襲われているわけではない。
普通の日には、畑を耕して、水車を回して、荷物を運ぶ。
その中に、ときどき魔物の仕事が混ざる。
---
南へ歩き続けた。
道は森から離れ、畑の間を通るようになった。
途中で荷車を一台追い越す。
車輪の横を歩いていた男がガレスを見た。
「南か?」
「ああ」
「どこまで?」
「まだ決めてない」
男が笑った。
「相変わらずだな」
エイルが男を見る。
ガレスの知り合いらしい。
「そっちは?」
ガレスが聞く。
「ハルドまで。塩と布だ」
「向こうはどうだ」
「変わらんよ」
「仕事は?」
「荷ならあるだろうけどな」
男は少し考えた。
「そういや、東の方で羊が減ったって話は聞いた」
ガレスが足を止める。
「どこだ」
「ハルドの東。名前は……なんだったかな」
男は眉を寄せる。
「丘の向こうの村だ。二つくらいあるだろ」
「いつの話だ」
「さあ。俺が聞いたのは三日くらい前だ」
「何にやられた」
「知らん」
ガレスはそれ以上追及しなかった。
「誰から聞いた?」
「ハルドの酒場だよ。羊毛を運んできた奴が話してた」
「そうか」
男は荷車へ戻った。
「行くならハルドで聞け。俺に聞いてもこれ以上知らんぞ」
「ああ」
荷車が先へ進んでいく。
---
エイルはしばらく黙って歩いた。
「行くんですか?」
「どこに」
「羊が減った村」
「場所も分からん」
「ハルドで聞く?」
「泊まるならな」
エイルは頷いた。
今の話で分かっているのは、東のどこかで羊が減ったということだけだ。
魔物なのかも分からない。
いつ起きたのかも曖昧だ。
依頼があるのかさえ分からない。
「こういう話、多いですね」
エイルが言った。
「何が」
「場所が曖昧だったり、いつの話か分からなかったり」
「噂なんてそんなもんだ」
ガレスは歩き続ける。
「だから確かめる」
「違ったら?」
「別の仕事を探す」
それだけだった。
---
日暮れ前、二人はハルドに着いた。
先ほどの集落よりずっと大きい。
道沿いには店が並び、荷車も多い。
宿を探す前に、ガレスは立ち止まった。
「エイル」
「はい」
「お前、宿を探せ」
「ガレスさんは?」
「羊の話を聞く」
「分かりました」
エイルは少し考えてから聞いた。
「安ければどこでも?」
「荷物を置けて、飯が食えて、寝床がひどくなければな」
「分かりました」
二人はそこで別れた。
エイルは宿を探しに歩き出す。
ガレスと一緒にいるからといって、ずっと後ろをついて歩くだけではなかった。




