第百五十三話 戻ってきた二人
ガレスとデリクが森へ入ってから、エイルは牧場主たちと牛の世話をしていた。
森から離した分、いつもより狭い場所に牛が集まっている。
柵の位置を変え、水を運ぶ。
「そっち、もう少し引いてくれ」
「はい」
エイルは杭に結ばれた縄を引いた。
身体強化を使うほどではない。
結び目を作り直していると、牧場主の息子が森の方を見た。
「まだ戻らないな」
エイルも見る。
二人の姿はない。
「いつも、どれくらいかかるんです?」
「俺に聞くなよ」
「ですよね」
二人でまた作業に戻った。
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昼頃になっても、ガレスたちは戻らなかった。
エイルは持ってきたパンを食べた。
牧場主は何度も森の方を気にしている。
「大丈夫なのか?」
「たぶん」
「たぶんか」
「俺も中にいないんで」
牧場主が苦い顔をした。
エイルにも、それ以上のことは言えなかった。
森牙を見つけたのか。
まだ探しているのか。
戦っているのか。
外からでは何も分からない。
遠くで鳥が飛び立つたびに、ついそちらを見る。
それでも森から誰かが出てくることはなかった。
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日が傾き始めた頃だった。
牧場主の息子が先に気づいた。
「来た」
エイルが立ち上がる。
森の端から人が出てきた。
一人。
デリクだった。
弓を持っている。
歩いてはいるが、左腕の袖が裂けていた。
エイルは思わずそちらへ向かおうとして、足を止めた。
森から出てきても近づくな。
朝、ガレスに言われたことを思い出した。
デリクもこちらへ来いとは言わない。
一度後ろを振り返る。
しばらくして、もう一人が森から出てきた。
ガレスだった。
こちらは剣を抜いたままだった。
エイルはその場で待った。
二人は何度か後ろを確認しながら、ゆっくり牧場の方へ戻ってくる。
森から十分に離れたところで、ガレスが剣を収めた。
そこで初めて、エイルは二人へ近づいた。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
ガレスが答える。
デリクは裂けた袖をめくった。
腕に浅い傷がある。
血は出ているが、大きくはない。
「やられたんですか?」
「枝だ」
「枝?」
「避けた時にな」
デリクは顔をしかめながら傷を見る。
「森牙は?」
牧場主が聞いた。
ガレスが水筒を取った。
「倒してない」
「何でだ?」
牧場主の声が少し強くなる。
「見つけたんだろ?」
「見つけた」
「だったら――」
「場所が悪かった」
ガレスは水を飲んだ。
「沢の上だ。斜面で、木が密集してる」
デリクが続ける。
「弓を通せる場所が少ない。あそこで無理にやる気はない」
牧場主は納得していないようだった。
「でも金は払うんだろ?」
「今日は討伐してない」
ガレスが答えた。
「調査分だけだ」
牧場主の表情が少し変わる。
「じゃあ、明日は?」
「それを今から決める」
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まずデリクの傷を洗った。
エイルが水を持ってくる。
デリク自身が傷を確認し、布を巻いた。
「薬いります?」
「この程度ならいい」
ガレスが横から見る。
「動くか」
デリクは指を握ったり開いたりする。
「問題ない」
「弓は?」
「引ける」
「明日になって腫れたら?」
「その時は無理だな」
あっさりした答えだった。
エイルは傷を見る。
浅い。
だが、もう少し深ければ明日は働けなかったかもしれない。
「森牙は襲ってきたんですか?」
エイルが聞いた。
「一度な」
ガレスが答える。
「子供が近くにいた?」
「ああ」
「昨日と同じ?」
「場所は違う」
ガレスは地面に枝で簡単な形を描いた。
沢。
斜面。
木。
その間を通る細い獣道。
「俺たちはこっちから入った」
枝の先が沢の下側を示す。
「森牙は上にいた」
「上から来た?」
「ああ」
デリクが苦笑した。
「こっちは下りながら来られる。俺は木が邪魔で撃ちにくい」
「それで戻ったんですか?」
「それだけじゃない」
ガレスが別の場所に印をつけた。
「子がここにいた」
親と子の間に、自分たちが入りかけていた。
エイルにも、それは良くないと分かった。
「だから下がった」
「追ってきた?」
「少しだけな」
デリクが裂けた袖を見せる。
「そこで俺が枝に負けた」
「森牙じゃなくて本当に枝なんですね」
「そう言っただろ」
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牧場主も地面の図を見ていた。
「じゃあ、どうするんだ?」
ガレスは枝を置いた。
「待つ」
「何を?」
「森牙が森から出るのを」
牧場主が眉を寄せる。
「出てくるのか?」
「ここを餌場にしてるなら、また来る可能性はある」
「牛を餌にするのか?」
「牛は出さない」
ガレスは放牧地の端を見る。
「別のものを使う」
「肉か?」
「臭いの強いものがあればいい」
牧場主が少し考える。
「解体した羊の残りならある」
「見せてくれ」
二人が牛舎の方へ向かった。
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エイルはデリクと残った。
デリクは弓の弦を確認している。
「明日もやるんですか?」
「腕次第だな」
「痛いです?」
「痛くないと言ったら嘘だな」
「だったら休んだ方が」
デリクがエイルを見る。
「休んだら金は?」
「……入らない」
「そういうことだ」
「でも悪化したら、もっと仕事できなくなりますよね」
「だから明日の朝に決める」
デリクは弦から手を離した。
「動かなきゃ休む。動くなら働く」
エイルは頷いた。
それ以上言えることはなかった。
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少しして、ガレスが戻ってきた。
「使えそうだ」
「明日か?」
デリクが聞く。
「ああ。ただし、お前の腕が駄目ならやらん」
「分かってる」
「別の人を探さないんですか?」
エイルが聞いた。
「探して見つかるならな」
ガレスは村の方を見る。
「今日のうちに聞くだけ聞く」
「俺も行きます」
「好きにしろ」
三人は牧場を出た。
途中でデリクは自分の家へ戻る。
ガレスとエイルは村で何人かに声をかけた。
だが、大きな獣を相手にできて、明日すぐ動ける者は見つからなかった。
東へ護衛に出ている。
畑の仕事がある。
経験がない。
理由はそれぞれだった。
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宿へ戻る頃には、外は暗くなり始めていた。
夕食を食べながら、エイルが聞いた。
「デリクさんが駄目だったら、この仕事どうなるんです?」
「待つか、断る」
「牧場主は困りますよね」
「困るだろうな」
「ガレスさん一人では?」
「やらん」
エイルは少し考えた。
「……俺は、まだ数には入らないですよね」
「ああ」
「やっぱりか」
「森牙と戦ったことは?」
「ないです」
「俺と一緒に戦ったことは?」
「ないです」
「俺がお前の動きを見たことは?」
エイルは少し考えた。
「ほとんどないですね」
「そういうことだ」
エイルは頷いて、パンをちぎった。
「分かりました」
ガレスもそれ以上は言わなかった。
少しして、エイルが口を開く。
「明日も牧場には行っていいですか?」
「ああ」
「今日と同じです?」
「少し違う」
エイルが顔を上げた。
「何が?」
「今度は、お前がどこにいればいいか決める」
「どこに?」
「俺たちが森牙を外へ出した時にな」
ガレスはパンをちぎった。
「何も知らずに突っ立ってる奴がいる方が危ない」
「なるほど」
「戦わせるわけじゃないぞ」
「分かってます」
「逃げる場所も先に決める。俺たちが戻ってきても、合図するまで近づくな」
「はい」
ガレスはそこで食事に戻った。
エイルも残ったパンを口に入れる。
戦う人数には、まだ入っていない。
それでも明日は、今日より少しだけ現場の近くに立つことになりそうだった。




