第百四十七話 牛を襲ったもの
石切り場の仕事を終えた翌朝、エイルとガレスは昨日聞いた村へ向かった。
街道を南へ進み、途中から細い道へ入る。
「牛がやられたって、結構大きいですよね」
歩きながらエイルが言った。
「鶏よりはな」
「大きい魔物ですかね」
「まだ牛がやられたとしか聞いてない」
「そうでした」
ガレスと歩くようになってから、少しずつ分かってきたことがある。
人から聞いた話と、実際に見たものは別だった。
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村へ着くと、まず牧場の場所を聞いた。
ついでに牛の話も確認する。
「三日前じゃなかったか?」
「いや、四日前だろ」
「森の近くで食われたらしいぞ」
数人に聞いただけでも、少しずつ話が違う。
ガレスは必要なところだけ聞いて、牧場へ向かった。
牧場主は四十代くらいの大柄な男だった。
事情を話すと、すぐに牛舎の横へ案内された。
「やられたのは四日前だ」
「どこで?」
「北の放牧地だ」
「見つけた時には?」
「死んでた」
「食われてたか?」
「ああ」
牛は夕方になっても戻らず、翌朝になって探しに行った。
森に近い場所で死んでいた。
腹のあたりを食われていたが、他の牛に被害はない。
夜に鳴き声を聞いた者もいなかった。
「死骸は?」
「まだある」
「見せてくれ」
牧場主が歩き出した。
エイルもその後についていった。
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放牧地は思っていたより広かった。
何頭もの牛が草を食べ、その向こうに森が続いている。
死骸は森から少し離れた場所に残されていた。
近づくにつれて臭いが強くなる。
エイルは思わず鼻を押さえた。
「きついな」
牧場主が言う。
ガレスは構わず近づいた。
四日経っている。
虫も集まっているし、最初の状態がそのまま残っているわけではない。
ガレスは牛の周りを一周した。
「動かしたか?」
「いや」
「誰か触った?」
「俺と息子が見に来た。あとは知らん」
ガレスはしゃがんだ。
エイルも近づこうとしたが、
「そこから見ろ」
と言われて止まった。
「はい」
ガレスは牛の首や腹を見る。
傷の周囲を確認し、今度は地面へ視線を移す。
しばらくして立ち上がった。
「これ、食われる前に死んでた可能性もある」
牧場主が眉を寄せる。
「どういうことだ?」
「まだ分からん。傷だけじゃ決められない」
ガレスは牛の周囲へ視線を移した。
「足跡も見る」
エイルは何も言わず、その後ろから地面を覗いた。
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牛の周囲には、いくつもの足跡が残っていた。
牧場主と息子。
他の牛。
小さな動物。
四日も経っているため、崩れているものも多い。
それでも森に近い側には、大きな跡がいくつか残っていた。
「これですか?」
「たぶんな」
ガレスがしゃがむ。
エイルも少し離れたところから見る。
四本の指。
犬に似ているが、大きい。
以前見た灰犬のものより明らかに幅があった。
「灰犬じゃないですよね」
「ああ。大きすぎる」
ガレスは別の跡へ移った。
「何見てるんです?」
「数だ」
エイルも周囲を探す。
似た足跡がいくつかある。
「二匹います?」
「待て」
ガレスはさらに離れた。
草の倒れ方を見て、また別の足跡を確認する。
しばらくして戻ってきた。
「一匹だと思う」
「大きいのが?」
「ああ」
「何なんだ?」
牧場主が聞く。
ガレスは少し考えてから答えた。
「森牙かもしれん」
牧場主の顔が強張った。
エイルもその名前は知っている。
学校で習ったことがある。
大型の四足の魔物で、灰犬よりずっと大きい。単独で動くことが多く、家畜を襲うこともある。
「森牙ですか」
「足跡は合う」
ガレスはそう言っただけだった。
⸻
次にガレスは森の手前まで行った。
エイルも少し離れてついていく。
まだ森の中には入らない。
境目に残った跡を調べていたガレスが、途中で手を上げた。
エイルは止まった。
ガレスだけが少し先へ進む。
しゃがみ、土を触り、森の中を見る。
やがて戻ってきた。
「今日はここまでだ」
「入らないんですか?」
「ああ」
牧場主が不安そうに聞く。
「森牙なんだろ?」
「可能性は高い」
「だったら倒してくれ」
ガレスはすぐには答えなかった。
「最近、この辺で他に被害は?」
「知らん」
「牛が消えたことは?」
「うちではこれだけだ」
「村の家畜は?」
「聞いてない」
ガレスは森を見る。
「先に村で聞く」
「今から?」
「ああ」
「今夜また来るかもしれないぞ」
「今日は牛を森側へ出すな」
牧場主が困った顔をする。
「倒せないのか?」
「そうは言ってない」
「じゃあ――」
「何がいるか確認してから決める」
ガレスはそこで話を切った。
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村へ戻る途中、エイルはガレスの少し後ろを歩いていた。
「森牙って、ガレスさん一人で倒せます?」
「条件がよければ」
「俺がいたら?」
「まだお前を足して考えるな」
「はい」
即答だった。
エイルもそこは分かっている。
「じゃあ、もう一人探すんですか?」
「それもまだ決めてない」
「まず他の被害を聞く?」
「ああ」
「なんでです?」
ガレスは歩きながら答えた。
「牛を食った一匹が、たまたま通っただけなのか。この辺を餌場にしてるのか。それで話が変わる」
「餌場にしてたら?」
「また来る可能性が高い」
「一回だけなら?」
「牧場主と相談だ」
ガレスはそれ以上言わなかった。
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村へ戻ると、二人は何軒か回った。
最初の家ではガレスが聞く。
最近いなくなった家畜はいないか。
森の近くで大きな獣を見ていないか。
次の家でも同じようなことを聞いた。
三軒目では、エイルも自分から尋ねてみた。
「最近、家畜がいなくなったりしてませんか?」
「うちはないな」
次の家。
「森の近くで大きな獣を見た人っています?」
「知らないねえ」
もう一軒。
「夜に変な鳴き声とかは?」
「狐ならうるさいぞ」
家を出てから、ガレスが言った。
「聞き方が広い」
「鳴き声ですか?」
「ああ。変な鳴き声じゃ何でも入る」
「確かに」
「牛、羊、山羊、犬。いなくなったものがないか聞け」
「分かりました」
次の家ではそうした。
すると、家の女が少し考えた。
「山羊なら、向こうの家で一頭いなくなったって言ってたよ」
ガレスが足を止める。
「いつ?」
「少し前だね」
「どこの家?」
女が場所を教えてくれた。
エイルはガレスを見る。
「行きます?」
「ああ」
今度はすぐに答えた。
二人は教えられた家へ向かった。




