第百四十六話 石を運ぶ日
翌朝、二人は宿を出て南へ向かった。
石切り場へ続く道はすぐに分かった。荷車の轍が深く残り、途中から道の脇に白っぽい石の欠片が増えていく。
しばらく歩くと、岩肌を削った大きな採掘場が見えてきた。
何人もの男が働いている。
石を割る者。
割った石を選り分ける者。
荷車へ運ぶ者。
ガレスは入口にいた男へ声をかけた。
「荷運びの人手が足りないと聞いた」
「ああ。二人休んでる」
男は二人を見る。
「二人とも働くのか?」
「条件次第だ」
ガレスは先に聞いた。
一日の賃金。
昼食。
何を運ぶのか。
日暮れ前には終わるのか。
男が一つずつ答える。
エイルも聞いていたが、特におかしな条件はなさそうだった。
「やります」
エイルが言う。
ガレスも頷いた。
「俺もだ」
⸻
仕事は単純だった。
切り出した石を運び、荷車へ積む。
ただし、単純だから楽というわけではない。
「そっち持て」
「はい」
エイルは向かい側の男と石を持ち上げた。
身体強化を使う。
重さが消えるわけではない。
足元を確かめながら荷車まで運び、ゆっくり下ろす。
次。
また次。
しばらくすると、肩と腰に疲れが溜まってきた。
少し離れた場所では、ガレスも同じ仕事をしている。
魔物を追っていた昨日までと違い、今日はただ石を運んでいた。
「兄ちゃん」
一緒に運んでいた男が声をかけてきた。
「はい?」
「あっちの連れ、知り合いか?」
「最近会いました」
「何やってる奴だ?」
エイルはガレスを見る。
「魔物の仕事とか、護衛とか……荷運びもするみたいです」
「何でも屋か」
「俺も最初そう思いました」
男が笑う。
「この辺じゃ珍しくないぞ」
「そうなんですか?」
「一つの仕事だけで一年食える奴の方が少ない」
男は次の石へ手をかけた。
「畑やって、暇なら荷を運んで、冬は木を切る。猟師だって畑持ってる奴はいる」
エイルも反対側を持つ。
「魔物を狩る人も?」
「そりゃそうだろ。魔物が毎日出てくれるわけじゃない」
昨日、ガレスにも同じようなことを言われた。
二人で石を持ち上げた。
⸻
昼になると、作業が止まった。
配られたパンと煮込みを食べる。
エイルは地面に座って腕を伸ばした。
「疲れたか」
隣に座ったガレスが聞く。
「疲れました」
「身体強化使ってるだろ」
「使ってても疲れますよ」
「なら普通だ」
ガレスは平然と食べている。
「ガレスさん、こういう仕事も結構やるんですか?」
「時々な」
「魔物の仕事より安いですよね」
「安い」
「それでも?」
「今日の宿代と飯代は出る」
エイルはパンをちぎった。
「昨日の農場、続けてたらもっと稼げたかもしれないですよね」
「かもしれんな」
「今日は石運び」
「ああ」
エイルは少し笑った。
「変な感じです」
「何が」
「危ない仕事の方が金になるのに、そっちをやめて安い仕事してるのが」
「農場の仕事は終わった」
「そうなんですけど」
ガレスは煮込みを食べ終える。
「金が高いからって、仕事がないものはできん」
それだけ言って水を飲んだ。
⸻
午後も石を運んだ。
途中、大きな石を三人で持ち上げることになった。
エイルはいつものように身体強化を使う。
「せーの」
三人で持ち上げた。
少し進んだところで、前を持っていた男の足が滑った。
石が傾く。
エイルは反射的に力を入れた。
だが、一人で支えようとはしなかった。
「待って!」
声を上げる。
三人ともその場で石を下ろした。
鈍い音が響く。
「悪い」
足を滑らせた男が言った。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
男は足首を確かめる。
問題はなさそうだった。
少し離れたところにいたガレスがこちらを見ていた。
目が合う。
それだけで、すぐ自分の作業へ戻った。
⸻
仕事が終わる頃には、エイルの服は石の粉で白くなっていた。
賃金を受け取る。
昨日ガレスが農場でもらった金よりずっと少ない。
それでも確実に手元へ入った。
「宿代と飯代を引いたら……」
エイルが硬貨を見ながら呟く。
「残るか?」
ガレスが聞く。
「少しは」
「ならいい」
二人は石切り場を出た。
「明日は?」
エイルが聞く。
「また探す」
「石切り場は?」
「人が戻るらしい」
「じゃあ一日だけか」
「ああ」
街道へ戻ろうとしたところで、後ろから声がした。
「おい、ガレス」
振り返ると、石切り場で働いていた年配の男が歩いてきた。
「やっぱりガレスだよな」
「……ロウか」
どうやら知り合いらしい。
「久しぶりだな。こんなところで何してる」
「見れば分かるだろ」
「石運びか。相変わらずだな」
男は笑った。
それから少し声を落とした。
「そういや、お前みたいなのを探してる奴がいたぞ」
ガレスの顔が少し変わった。
「誰だ」
「南の村の牧場主だ。牛が一頭、森の近くでやられたらしい」
エイルも話を聞く。
「いつだ?」
「数日前だと思う。詳しくは知らん」
「誰かもう行ったか?」
「そこまでは聞いてない」
ガレスはすぐに飛びつかなかった。
「村は?」
男から場所を聞く。
ここから南へ進んだ先にあるらしい。
「分かった」
「行くのか?」
「まず聞く」
男と別れ、二人は街道へ出た。
エイルがガレスを見る。
「明日、そこですか?」
「行ってみる」
「俺も?」
ガレスは歩きながら少し考えた。
「話を聞くところまでだ」
「はい」
エイルはそれ以上聞かなかった。
今日一日運び続けた石の重さが、まだ腕に残っていた。




