第百四十五話 受けない仕事
農場の男が「今日はもういい」と言ったあと、ガレスは追加の調査をしなかった。
林の中に何かがいる。
少なくとも二匹。
だが、それ以上を確かめる仕事は頼まれていない。
ガレスは約束していた分の金を受け取り、荷物をまとめた。
「本当に帰るのか?」
農場の男が聞いた。
「ああ」
「もし今夜また来たら?」
「鶏は小屋に入れて、直した板を確認しろ。犬も夜は外に出すな」
「それでも来たら?」
「村の猟師に知らせろ。俺がまだ近くにいれば、宿にも伝えてくれ」
農場の男は林を見る。
「危ない魔物なんじゃないのか?」
「分からん」
「だったら調べた方がいいだろ」
「だから、そう言った」
男は黙った。
ガレスも責めるようなことは言わなかった。
鶏三羽の被害に、これ以上いくら払うか。
それを決めるのは依頼主だった。
二人は農場を出た。
⸻
村へ戻る道で、エイルは何度か後ろを振り返った。
「気になるか」
「気になります」
「だろうな」
「ガレスさんは気にならないんですか?」
「なる」
「じゃあ、やっぱり調べたいですよね?」
「調べたい」
エイルはガレスを見る。
「でも行かない?」
「ああ」
「……仕事じゃないから?」
「それもある」
ガレスは歩きながら答えた。
「二匹いる。正体は分からん。奥がどうなってるかも分からん。一人で入る理由がない」
「俺もいますよ」
「お前は数に入れてない」
「ですよね」
思っていた答えだった。
ガレスが少しだけ横を見る。
「不満か?」
「ちょっと」
「そうか」
「でも、分かります」
それ以上、エイルも言わなかった。
⸻
村へ戻ると、ガレスは昨日会った猟師の家へ向かった。
猟師は庭で弓の弦を張り直していた。
「どうだった?」
「猪が一頭。それとは別に犬に似た跡がある」
「灰犬か?」
「まだ分からん。二匹いる」
猟師の手が止まった。
「二匹?」
「ああ」
ガレスは農場で見たことを簡単に話した。
猟師はしばらく考える。
「俺も行った方がいいか?」
「依頼は終わった」
「終わった?」
「農場の親父が、これ以上は金を出さない」
「ああ……」
猟師は納得したように息を吐いた。
「鶏三羽じゃな」
「また被害が出たら話が変わる」
「分かった。こっちでも気にしとく」
それだけだった。
ガレスは村を出ようとする。
エイルが追いついた。
「今の人に、一緒に来てもらえばよかったんじゃないですか?」
「何の金で?」
「……あ」
「猟師にも仕事がある」
「自分の狩りとか?」
「畑もある。家もある」
エイルは振り返った。
猟師はもう弓の手入れに戻っている。
頼めば来てくれる。
そういうものでもないらしい。
⸻
その日は南へ進んだ。
途中、小さな村でガレスは何人かに声をかけた。
家畜の被害。
道で危ない場所がないか。
最近、見慣れない獣を見た者はいないか。
しかし、特に仕事につながる話はなかった。
「今日はもう仕事ないですかね」
村を出てからエイルが言った。
「たぶんな」
「ガレスさんでも、こんな感じなんですね」
「昨日も言っただろ」
「実際について歩くと、思ってたより何もないです」
「毎日魔物が出てたら、人が住めん」
「それもそうですね」
ガレスはそのまま歩く。
エイルも隣を歩いた。
やがて街道沿いに、小さな宿場が見えてきた。
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宿に入る前に、ガレスは掲げられた看板を見た。
「部屋はあるか」
「あるよ」
宿の主人が答える。
「二人?」
「別だ」
エイルも自分の宿代を払った。
夕食を頼むと、財布の中身がまた少し減る。
ガレスは食事が来るまで、剣を壁際に置いて革の留め具を見ていた。
エイルも自分の剣を確認した。
特に問題はない。
「明日はどうするんです?」
「南へ行く」
「仕事を探しながら?」
「ああ」
「何もなかったら?」
「歩く」
「ずっと?」
「金が減ってきたら別の仕事も探す」
「魔物じゃなくても?」
ガレスが顔を上げる。
「当たり前だ」
「例えば?」
「荷運び。護衛。採集。畑」
エイルは少し笑った。
「俺が今までやってたのと、あんまり変わらないですね」
「何を期待してた」
「もうちょっと魔物を狩ってるのかと」
「昨日、森喰い犬を見ただろ」
「ガレスさんが倒してないですけど」
「あれは猟師が上手かった」
「そうですけど」
ガレスは革を拭いて、剣を置いた。
「魔物を倒した奴だけが金をもらえるなら、昨日の俺はただ働きだ」
エイルは森喰い犬の時を思い出した。
跡を探した。
回り込んだ。
猟師の方へ追い込んだ。
最後の一矢を放ったのは別の人だった。
「そういう数え方じゃないんですね」
「仕事だからな」
⸻
夕食が運ばれてきた。
二人で食べていると、宿の主人が近くの卓で客と話している声が聞こえた。
「明日も人が足りんらしいぞ」
「どこだ?」
「南の石切り場。荷を動かす奴が二人休んだって」
エイルはガレスを見る。
ガレスも聞いていた。
だが、すぐには立たなかった。
客との話が終わってから、宿の主人を呼ぶ。
「石切り場ってのは?」
「ここから南へ歩けば行ける。荷車に石を積む仕事だ」
「一日?」
「たぶんな」
「いくらだ」
主人が聞いている額を言った。
ガレスが少し考える。
「飯は?」
「昼は出るはずだ」
「朝に行っても入れるか?」
「人が足りないなら喜ぶんじゃないか」
ガレスはエイルを見る。
「お前は?」
「行きます」
「魔物じゃないぞ」
「今さらそこは気にしません」
ガレスがわずかに笑った。
「じゃあ朝、聞きに行くか」
「はい」
エイルは残ったパンを口に入れた。
二匹の足跡を残した林は、まだ気になっていた。
それでも明日は、石を運ぶ仕事になりそうだった。




