第百三十九話 仕事の値段
森喰い犬の死骸は、宿ではなく村の猟師の家へ運ばれた。
エイルもついていったが、ガレスたちの邪魔にならないよう少し離れて見ていた。
庭先に死骸を下ろすと、炭焼きの男が腕を組んだ。
「これで終わりか?」
ガレスは首を振った。
「猪が残ってる」
「猪も?」
「柵を壊した方はな。普通の猪だと思う」
「じゃあ、それも頼む」
「それは別だ」
炭焼きの男が眉を寄せた。
「別?」
「頼まれたのは、肉を持っていった奴が何か調べて、危ないなら片づけるところまでだ」
ガレスは死骸を示した。
「こいつは終わった」
「でも猪も柵を壊してるんだぞ」
「なら猪をどうするか決めろ。柵を直して追い払うのか、狩るのか」
村の猟師も口を挟んだ。
「一頭なら俺たちでもやれると思う。ただ、場所はもう少し見た方がいい」
炭焼きの男は少し考えた。
「金は?」
「それを今から決めるんだ」
ガレスが言った。
エイルは黙って聞いていた。
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話は思ったより長かった。
森喰い犬については、最初に決めていた金額がある。
調べる分。
危険な魔物だった場合に狩る分。
さらに村の猟師二人にも、それぞれ取り分がある。
炭焼きの男が支払う金だけでは足りず、被害を受けた小屋を使っている三人で出し合うことになっていた。
「皮は?」
猟師が聞く。
「傷があるが、使えるところはある」
ガレスが死骸を見る。
「売れた分は?」
「三人で分けるか」
「俺はいらん」
「いいのか?」
「その分、俺の取り分は最初に決めた金額で払ってくれ」
炭焼きの男が少し嫌そうな顔をした。
「皮が高く売れたら、お前が損するぞ」
「安かったらそっちが損する」
「まあ、そうだけどな」
ガレスはそこで話を切った。
結局、最初に決めた額がそのままガレスへ支払われた。
猟師たちは皮や肉の処理まで手伝う代わりに、売れた分も含めて受け取る。
猪については明日の朝、村の猟師が様子を見ることになった。
ガレスは参加しない。
「やらないんですか?」
話が終わってから、エイルが聞いた。
「村の奴らでできる」
「仕事にはなるんですよね?」
「なる」
「じゃあ、どうして?」
ガレスは受け取った硬貨を袋へ入れた。
「俺を雇う金まで払う必要がない」
それだけ言って宿へ戻っていった。
⸻
夕食を終えたあと。
ガレスは約束どおり、エイルの向かいに座った。
「何を聞きたい」
「いっぱいあります」
「一つずつにしろ」
「じゃあ……」
エイルは少し考えた。
「今回、何日働いたんですか?」
「二日」
「いくらもらったんです?」
ガレスは金額を言った。
エイルは少し驚いた。
これまでやってきた荷運びよりかなり高い。
「結構もらえるんですね」
「死ぬかもしれんからな」
「でも二日でそれなら――」
「二日じゃない」
エイルが止まる。
「二日って言いましたよね?」
「この仕事をしてたのは二日だ」
ガレスは水を飲んだ。
「その前は四日、仕事がなかった」
「ああ」
「ここへ来るのに一日。次の仕事がどこにあるかは知らん」
エイルは自分がここまで来た日数を思い出した。
「移動の日は?」
「金にならんことの方が多い」
「今回の最初の日も、ほとんど跡を探してましたよね」
「ああ」
「見つからなかったら?」
「調査分だけもらって終わることもある」
「それで相手が納得します?」
「先に決める」
ガレスは短く答えた。
「見つけられなくても歩いた時間は戻らん。だから調べるだけでも金は取る」
「払ってくれない人もいます?」
「いる」
「その時は?」
「受けない」
「でも他に仕事がなかったら?」
ガレスがエイルを見る。
「条件による」
即答ではなかった。
「安くても受けることはある。食う金がなければな」
エイルは少し黙った。
町で、北へ行きたいからと安い仕事を受けるなと言われたことを思い出した。
魔物を狩る仕事でも、同じらしい。
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「森喰い犬って、強いんですか?」
「一匹なら大したことはない」
「じゃあ、俺でも――」
「知らん」
エイルの言葉を途中で切った。
「まだ何も言ってないです」
「お前でも倒せるか聞くつもりだったろ」
「……はい」
「知らん」
ガレスはもう一度言った。
「剣も魔術も見てない」
「学校では三年やりました」
「それは聞いた」
「身体強化も使えます」
「使える奴は多い」
「はい」
そこはエイルも知っている。
ガレスは続けた。
「森喰い犬一匹だけが正面から来て、足場がよくて、先に気づけて、逃げ道もあるなら、話は簡単だ」
「今回は違ったんですか?」
「最初は何匹いるかも分からなかった」
エイルは昨日の話を思い出す。
猪の跡。
別の足跡。
消えた肉。
「だから昨日は戦わなかった?」
「戦う相手を見つけてもいない」
「あ、そっか」
ガレスがわずかに息を吐いた。
「まず何がいるか調べる。数を見る。どこを通ってるか見る。人が住んでる場所との距離を見る。そのあとで、どうするか決める」
「今日、どうやって倒したんです?」
「沢の近くで見つけた。俺が回って、猟師の方へ出した」
「ガレスさんは斬らなかったんですよね」
「あいつの弓で足りた」
「もし外したら?」
「次を考えてた」
「何を?」
「そこまで聞くのか」
「聞きたいです」
ガレスは少し考えた。
「逃げる方向を一つ空けてた。こっちへ来たら俺が止める。逆なら追わない」
「追わない?」
「炭焼き小屋から離れるなら、その場ではな」
エイルは頷いた。
倒すこと自体が目的ではない。
被害を止めるための仕事だった。
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「もう一ついいですか?」
「一つずつと言っただけで、一つだけとは言ってない」
「じゃあ聞きます」
エイルは少し身を乗り出した。
「ガレスさん、次はどこへ行くんです?」
「決めてない」
「仕事は?」
「ない」
「探すんですか?」
「ああ」
「俺も一緒に――」
「まだ駄目だ」
今度も早かった。
エイルは口を閉じる。
ガレスは続けた。
「明日は村を出る。街道を南へ行く」
「俺も帰るなら南です」
「好きに歩け」
「一緒に歩いてもいいですか?」
「勝手にしろ」
エイルは少し笑った。
「じゃあ、勝手についていきます」
「飯は自分で払え」
「そこは最初からそのつもりです」
ガレスは立ち上がった。
「朝は早いぞ」
「夜明けくらいですか?」
「その前だ」
「分かりました」
エイルも立ち上がった。
明日は魔物を狩る仕事ではない。
次の仕事がどこにあるのかも、まだ誰も知らなかった。




