第百三十七話 森の外れ
「炭焼き小屋って、どっちですか?」
宿の女に聞くと、村の西を指された。
「畑を抜けた先に道があるよ。ただ、今から行くのかい?」
「半日もかからないんですよね?」
「歩くだけならね」
エイルは窓の外を見た。
まだ日は高い。
だが、着いてから戻ってくる時間まで考えると余裕があるとは言えなかった。
「ガレスさんは、泊まる準備をして行きました?」
「いつもの荷物は全部持っていったよ。戻るとは言ってなかったね」
「じゃあ、今日はここに泊まります」
「そうしな」
部屋を取り、荷物を置き、必要なものだけを持つ。
水、縄、雨具、薬、少しの食料。
剣もそのまま持っていく。
宿を出る前に、もう一つ聞いた。
「炭焼き小屋で出たのって、何か分かります?」
「私は知らないよ。炭焼きの人が村まで来て、猟師を探してたのは見たけどね」
「村の猟師は?」
「二人行ったはずだよ」
ガレス一人ではないらしい。
エイルは礼を言って宿を出た。
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西へ向かう道は、最初は畑の間を通っていた。
やがて畑が途切れ、木が増えてくる。
道には荷車の跡が残っていた。炭を村へ運ぶために使われているのだろう。
しばらく進むと、前から男が一人歩いてきた。
背中に籠を背負っている。
「すみません」
エイルが声をかける。
「炭焼き小屋って、この先ですか?」
「ああ」
「何か出たって聞いたんですけど」
男の表情が少し変わった。
「そっちへ行くのか?」
「人を探してます。ガレスさんって人です」
「ああ」
男は知っていた。
「昨日来た男か」
「今もいます?」
「朝はいたぞ」
ようやく、同じ日の話になった。
「何が出たんです?」
「分からん」
「見た人は?」
「俺は見てない。小屋を使ってる奴が、夜に外で音を聞いた。朝になったら干してた肉がなくなってて、柵も壊れてた」
「足跡は?」
「そこまでは知らんな。俺は炭を運ぶだけだ」
「分かりました。ありがとうございます」
男と別れた。
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さらに歩く。
森の中へ入ってから、エイルは少し速度を落とした。
道そのものは分かりやすい。
ただ、村までの街道とは違う。人通りも少ない。
途中で道の脇に黒い炭の欠片が落ちていた。
その先で、煙が見えた。
炭焼き小屋だった。
一つではない。
土を盛った窯と、小さな作業小屋がいくつか離れて建っている。
人の姿もあった。
エイルが近づくと、一人がこちらを見る。
「何だ?」
「村から来ました」
「何しに?」
「ガレスさんって人を探してます」
男は森の方を指した。
「朝から向こうだ」
「まだ戻ってないんですか?」
「ああ」
エイルは周囲を見る。
「村の猟師も一緒ですか?」
「一人はな。もう一人はこっちにいる」
小屋の陰から、弓を持った男が出てきた。
四十前後だろうか。
「お前も狩りに来たのか?」
「違います。ガレスさんに会いに来ました」
「知り合い?」
「まだ会ったことないです」
男が怪訝な顔をした。
「会ったことないのに、ここまで追ってきたのか」
「先生に名前を教えてもらったんです。魔物を狩る仕事を長くやってる人だって」
「なるほどな」
猟師はそれ以上聞かなかった。
エイルは壊れた柵を見る。
木の棒が二本倒れている。
その近くには、何かを引きずったような跡もあった。
「魔物なんですか?」
「まだ分からん」
猟師は即答した。
「獣かもしれない?」
「だから調べてる」
「なるほど」
エイルは少し黙った。
「ガレスさんは何してるんです?」
「跡を追ってる」
「朝からずっと?」
「ああ」
「見つけたら倒すんですか?」
猟師がエイルを見る。
「それも、見つけてからだ」
⸻
エイルはそこで待つことにした。
勝手に森へ入って探す理由はない。
炭焼きの男が薪を運び始めたので、エイルも少し手伝った。
身体強化を使って束を運ぶ。
一度に多く持とうとすると、
「そこまで持つな。落としたら面倒だ」
と言われた。
「はい」
二束に減らした。
昼を過ぎても、ガレスたちは戻らなかった。
エイルは持ってきた保存食を食べる。
「長いですね」
炭焼きの男に言う。
「そんなもんじゃないか?」
「朝からですよ?」
「森の中を探すんだぞ」
言われてみればそうだった。
何かを見つけて、戦って、終わる。
そんな仕事ばかりではない。
今やっているのは、そもそも何がいるのかを調べるところだった。
⸻
午後。
先に音が聞こえた。
枝を踏む音。
猟師が立ち上がる。
森から二人の男が出てきた。
一人は、朝から入っていた村の猟師らしい。
もう一人。
四十ほど。
日に焼けた顔。
背負った荷物は大きいが、派手な装備は何もない。
外套の裾には泥がつき、革の留め具はいくつか補修されている。
剣も新品には見えなかった。
エイルは立ち上がった。
男はエイルを一度見たが、そのまま炭焼きの男へ向かった。
「北側の沢まで見た」
「いたか?」
「姿は見てない」
「じゃあ何だった?」
「まだ決められん」
男は荷物を下ろした。
「足跡は二種類ある。片方は猪。もう片方が分からない」
村の猟師が続ける。
「柵を壊したのは猪かもしれん。ただ、肉を持っていった跡とは向きが違う」
「二匹いるってことか?」
炭焼きの男が聞く。
「可能性はある」
ガレスは水筒を取り出した。
「明日の朝、もう一度見る」
「今日じゃ駄目なのか?」
「日が落ちる」
それだけだった。
炭焼きの男も反論しなかった。
ガレスが水を飲み終えたところで、エイルは近づいた。
「すみません」
男が見る。
「何だ?」
「ガレスさんですか?」
「ああ」
ようやく見つけた。
「俺、エイルっていいます」
「知らんな」
「はい。初めて会います」
ガレスの眉が少し動いた。
「じゃあ何だ?」
「バルガ先生に、あなたの名前を教えてもらいました」
そこで初めて、ガレスの顔が少し変わった。
「バルガ?」
「学校で教えてもらってました」
「……あいつ、まだ教師やってるのか」
「やってます」
ガレスは少し考えたあと、エイルを見る。
「それで?」
「魔物を狩る仕事を、見せてもらいたくて来ました」
ガレスはすぐには返事をしなかった。
「どこから?」
「学校のある町からです」
「遠いな」
「結構探しました」
「そうか」
それだけ言うと、ガレスは荷物を持ち上げた。
「今日はもう終わりだ」
「はい」
「俺は村へ戻る」
「俺もです」
「なら歩け」
「はい」
ガレスは先に歩き始めた。
エイルもその後ろについて、炭焼き小屋を出た。




