第百三十六話 待たない
エイルは御者に、もう一度村の名前を確認した。
間違いない。
昨日、猟師から教えてもらった北東の村だった。
「ガレスを見たの、本当に五日くらい前ですか?」
「たぶんな。俺が村を出たのが三日前で、その二日前に宿の前で見た」
「どんな人でした?」
「四十くらい。日に焼けてて、荷物背負ってた。剣も持ってたな」
「一人?」
「俺が見た時は一人だ」
特徴も、これまで聞いてきた話と合っている。
「その宿、どこです?」
「村に一軒しかない。行けば分かる」
エイルはそれもノートに書いた。
「ありがとうございます」
「会いに行くのか?」
「行きます」
今回は迷わなかった。
⸻
ただ、その場からすぐ出発するわけにはいかなかった。
まず、町から村までどう行くか。
エイルは運送商会へ向かった。
受付の男に村の名前を伝える。
「そこまで行く荷は?」
「今日はない」
「明日は?」
男が予定を確認する。
「ラダまでなら一台ある」
「その先は?」
「うちからはない」
「片道だけ手伝うのは無理ですか?」
男がエイルを見る。
「帰りは?」
「自分で戻ります」
「なら荷主次第だな。聞いてみるか?」
「お願いします」
少し待つ。
奥から出てきた商人と話すことになった。
仕事内容は荷の積み下ろしと道中の雑用。
ラダまで二日。
「帰りはいらないのか?」
商人が聞いた。
「はい。ラダから北東へ行きたいので」
「なら報酬は片道分だけだぞ」
「食事と宿は?」
「ラダまでなら出す」
金額も確認する。
特別安くはない。
以前なら、そこから先の予定が曖昧なまま北へ行く仕事を選ぶか迷ったかもしれない。
今回は違う。
行き先も分かっている。
道もある。
五日ほど前の目撃情報もある。
「お願いします」
話が決まった。
出発は明朝だった。
⸻
宿へ戻り、荷物を整理した。
全部は持っていかない。
着替え。
水。
保存食。
火を起こす道具。
薬。
新しく買った縄。
雨具。
魔術のノートは一冊だけにした。
剣の手入れも済ませる。
それから財布を確認した。
ラダまでの二日間は仕事になる。
問題はその先だ。
ラダから北東へ向かう荷車に乗れなければ、歩くことになる。
村へ着いても、ガレスがもういない可能性はある。
そこからさらに追うなら、その分だけ金も日数も必要になる。
エイルは財布をしまった。
今回は、行く。
ただし、どこまでも追うつもりはなかった。
手持ちの金と食料で無理が出る前には戻る。
⸻
翌朝。
まだ市場の店が開き始める前に、荷車は北門を出た。
エイルは荷台の横を歩いた。
途中の集落で荷を下ろし、代わりに空箱を積む。
昼には街道脇で休憩した。
翌日は朝から雨が降った。
強くはないが、道は少しずつぬかるんでいく。
午後にはラダへ着いた。
以前にも来た町だ。
荷を下ろし終える。
「ここまでだな」
商人が言った。
「はい。ありがとうございました」
「本当に一人で行くのか?」
「街道から村までは一人ですけど、できれば途中まで荷車を探します」
「見つからなかったら?」
「歩きます」
「そうか」
片道分の報酬を受け取った。
ここからは仕事ではない。
⸻
エイルはまず、以前見た倉庫へ向かった。
北東へ向かう荷を積み替えていた場所だ。
何台かの荷車が並んでいる。
作業中の男に村の名前を伝えた。
「そっちへ行く荷車、あります?」
「今日はないな」
「明日は?」
「朝に一台出る」
エイルの顔が上がった。
「どこまで行きます?」
男がいくつか村の名前を挙げる。
目的の村そのものではない。
だが、以前聞いた分かれ道を通る。
「人を一人乗せられます?」
「俺に聞かれても知らん。あいつに聞け」
指された先に御者がいた。
エイルは直接話をした。
荷物を見せ、行きたい場所を説明する。
「荷台には乗せられんぞ」
「歩きでもいいです。一緒に道を行ければ」
「何かできるのか?」
「荷の積み下ろしなら」
「金はいらんのか?」
エイルは少し考えた。
「分かれ道まで連れていってもらえるなら、それでいいです」
御者はエイルを見る。
「朝、荷積みから手伝え」
「はい」
「遅れたら置いてくぞ」
「何時です?」
時間を聞いた。
これで、明日の足も決まった。
⸻
翌朝。
エイルは約束より少し早く倉庫へ着いた。
荷積みを手伝う。
袋。
木箱。
農具。
小さな樽。
すべて積み終えると、荷車はラダを出た。
エイルは御者の横ではなく、荷車の後ろを歩いた。
昼を過ぎる。
道は少しずつ細くなっていく。
見覚えのある分かれ道が近づいた。
以前、ラダへ来た時に聞いた場所だ。
御者が荷車を止める。
「あそこだ」
森沿いに一本の道が延びている。
「ここから?」
「ああ。そのまま行けば村へ着く」
エイルは水筒を確認した。
「ありがとうございました」
「帰りは知らんぞ」
「分かってます」
荷車が北東の街道を進んでいく。
エイルは一人、分かれ道に残った。
地図を開く必要はなかった。
森沿いの道へ入る。
⸻
道は思ったより歩きやすかった。
昨日の雨で柔らかくなっている場所はあるが、人も荷車も使っている。
途中で一度休み、保存食を食べる。
午後になると、畑が見え始めた。
その向こうに家がある。
村だった。
エイルは歩く速度を少し上げた。
村へ入る。
まず目に入った農作業中の男に聞いた。
「すみません。宿ってどこですか?」
「あっちだ」
指された方向へ進む。
すぐに見つかった。
確かに一軒しかない。
扉を開ける。
中では年配の女が床を掃いていた。
「泊まり?」
「たぶん。先に一つ聞きたいんですけど」
「何だい?」
「ガレスって人、ここに泊まってませんか?」
女の手が止まった。
「ああ、ガレスさんね」
エイルは息を止める。
「いました?」
「いたよ」
「今は?」
「もう出た」
やはりだった。
「いつです?」
「昨日の朝」
エイルは一瞬、何も言わなかった。
五日前だった情報が、ここまで来て一日前になった。
「どこへ行ったか分かります?」
女は箒を壁に立てかけた。
「西の森の方だよ」
「仕事ですか?」
「そう聞いたけどね」
「どこの村です?」
女は首を振った。
「村じゃないよ」
「え?」
「森の外れに炭焼き小屋がいくつかあるだろ。あの辺で何か出たらしい」
エイルは知らない。
「そこ、ここから遠いですか?」
「歩いて半日もかからないよ」
エイルは窓の外を見た。
日はまだ高かった。




