第百三十五話 一日先へ
酒屋の荷車は、その日の夕方に目的の村へ着いた。
大きな村ではない。街道沿いに家が並び、その向こうには畑が広がっている。村の端には馬を繋ぐ場所と、小さな宿が一軒あった。
「今日はここまでだ。先に荷を下ろすぞ」
「はい」
残っていた酒樽を下ろしていく。
身体強化を使えば重さには耐えられるが、樽は抱えにくい。受け取る側と声を掛け合いながら倉まで運び、最後の一樽を置いたところで仕事は終わった。
「明日は?」
「朝出る。帰りに二か所寄る」
「分かりました」
夕食までには少し時間がある。
エイルは昼間に話した猟師たちを探してみることにした。
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三人は村の端にいた。
獲ってきた小さな獣を処理している。
「また来たのか」
年上の猟師が顔を上げた。
「もう少しだけ聞いていいですか?」
「何をだ?」
エイルは地図を広げた。
「さっき教えてもらった北東の村なんですけど、ここで合ってます?」
男が覗き込む。
「いや、そこじゃない。もう少し北だ」
指で示された場所に、エイルは印をつけ直した。
「この道ですか?」
「途中まではな。そこから森沿いに入る」
「歩いて行けます?」
「今なら問題ない。雨が続いた後はぬかるむが」
「ここからだと?」
「朝出れば、明るいうちには着くだろ」
エイルは地図を見る。
思っていたより近かった。
ここまで何日もかけて北へ来たが、今いる村からなら一日で届く。
「そこにも猟師はいるんですよね?」
「ああ。何人かいる」
「ガレスのことを知ってる可能性はあります?」
「それは知らん」
「ですよね」
男は手を動かしながらエイルを見る。
「明日行くのか?」
「行きたいですけど、仕事があるんで」
「酒屋の?」
「町まで戻るところまでです」
「なら無理だな」
「はい」
横にいた若い猟師が笑った。
「ずいぶん遠回りしてるな」
「仕事しながら探してるんで」
「そんなに会いたいのか?」
エイルは少し考えた。
「どんな仕事してるのか見てみたいんです」
「弟子入りか?」
「そこまでは決めてません。そもそも会ってもらえるかも分からないですし」
「そりゃそうだ」
年上の猟師が笑った。
エイルは地図をしまった。
今のところ、分かったのは道だけだ。
それでも、一日先まで来ている。
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宿へ戻ると、酒屋が食堂にいた。
エイルも向かいに座る。
「何か分かったか?」
「北東の村まで、ここから歩いて一日くらいみたいです」
「近いじゃないか」
「はい」
「行きたい顔してるな」
「行きたいですよ」
「じゃあ行けばいい」
エイルが酒屋を見る。
「明日の帰りは?」
「冗談だ」
「びっくりした」
酒屋は笑いながら酒を飲んだ。
「次にここへ来るまで待つのか?」
「それも考えてます」
「次がいつか分からんぞ」
「そこなんですよね」
酒屋からの次の配達を待てば、またここまで働きながら来られる。
だが、それが来週なのか来月なのかは分からない。
一方、自分で来れば、その間は収入がない。
エイルはパンをちぎった。
「帰ったら、ここまで自分で来る場合にいくらかかるか見てみます」
「歩いてくる気か?」
「全部は嫌です。途中まで荷車に乗れたら、その方がいいです」
「そりゃそうだ」
「片道だけの仕事って、あんまりないですけど」
「人を運ぶために荷を出してるわけじゃないからな」
「ですよね」
それでも、以前より考えやすくはなっていた。
どこへ行けばいいか分からなかった頃とは違う。
今は道が分かる。
途中の村も分かる。
必要なのは、そこまで行く方法だった。
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翌朝。
予定通り村を出た。
帰り道では二つの集落へ寄った。
一つ目では空の樽を回収する。
二つ目では次回の注文を受け取った。
「四樽か」
酒屋が紙を見る。
「次はいつ届けるんです?」
エイルが聞く。
「これだけじゃ行かん。他の注文がまとまってからだ」
「なるほど」
「お前のために一樽積んで北へ行ったりはしないぞ」
「分かってますよ」
御者が笑った。
しばらく進むと、道が二つに分かれた。
片方は町へ戻る南の街道。
もう片方は、昨日猟師に教えてもらった道へ繋がっている。
エイルは地図を出さなかった。
もう位置は分かっていた。
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町へ戻ったのは翌日の午後だった。
空樽を下ろし、荷台を片づける。
酒屋から報酬を受け取った。
「また人が要る時は声かけるぞ」
「お願いします」
「北じゃなくても?」
「仕事なら行きます」
「ならいい」
エイルは宿へ戻った。
部屋を取り、荷物を置く。
机の上に財布を出した。
これまでの仕事で、最初に町へ来た頃よりは金が残るようになっている。
宿代。
食費。
道中の食料。
荷車に乗るなら、その代金。
帰りの分も必要だ。
何日か仕事が見つからなくても困らない金も残しておきたい。
しばらく計算してから、エイルは財布をしまった。
自分の金だけで北東まで行けないわけではない。
ただ、今すぐ急いで三週間前や二月前の話を追いかけるより、もう少し新しい情報が欲しかった。
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翌朝。
エイルは市場へ向かった。
仕事を探しながら、北から来た荷車があれば御者にも話を聞く。
昼前、一台の荷車から袋を下ろす仕事を手伝った。
北から来たというので、作業が終わってから御者に聞いてみる。
ガレスの名前には覚えがなかった。
次の荷車も知らない。
その次も同じだった。
午後。
乾燥させた薬草を積んできた小さな荷車が市場へ入ってきた。
エイルは積み下ろしを手伝う人間に混じった。
作業が終わったところで、御者に尋ねた。
「どこから来たんです?」
村の名前を聞く。
エイルは一瞬止まった。
昨日、猟師から教えてもらった北東の村だった。
「そこから?」
「ああ」
「ガレスって人、知ってます?」
御者が眉を寄せた。
「ガレス?」
少し考える。
「ああ、魔物を狩る奴か」
エイルが顔を上げた。
「知ってるんですか?」
「村の人間じゃないぞ」
「それは知ってます。最近来ました?」
「来たな」
「いつです?」
「俺が出る二日前にはいた」
エイルは聞き返した。
「二日前?」
「ああ」
これまで聞いた話とは違った。
二月前でも、一月前でもない。
御者が村を出たのが三日前。
その二日前なら、五日前だ。
「何の仕事してたか分かります?」
「知らん。俺は薬草運んでるだけだからな。ただ宿の前で見た」
「今もいると思います?」
「さあな」
御者は肩をすくめた。
「昨日までいたかもしれんし、とっくに出たかもしれん」
「そうですよね」
それでも十分だった。
エイルはすぐにノートを開いた。
村の名前。
御者が出発した日。
その二日前に、ガレスを見た。
今まで地図に書いてきた印の中で、一番新しいものだった。




