第百三十四話 別の行き方
北東へ向かう仕事は、その後もなかなか出なかった。
ラダ行きすら毎日あるわけではない。まして、その先の小さな村となれば、町から直接向かう荷はかなり少ない。
エイルは待つ間も普段の仕事を続けた。
市場で荷を運び、商店の倉庫を片づけ、近郊の農場へ荷物を届ける。三日目には町の南へ一泊する仕事も入った。
方向は完全に逆だったが、報酬は悪くない。
エイルは受けた。
⸻
南から戻った翌日、運送商会へ顔を出した。
受付の男はエイルを見るなり言った。
「北はないぞ」
「ラダも?」
「ない」
「分かりました」
エイルが出ようとすると、男が呼び止めた。
「お前、別にうちの荷車じゃなくてもいいんだろ?」
エイルが振り返る。
「どういうことです?」
「北へ行きたいんだろ」
「はい」
「だったら市場でも聞け。商人だけじゃなくて、農家とか職人とかな」
「農家?」
「小さい村なら、商会を通さず自分たちで町まで買い出しに来る奴もいる。帰りの荷積みを手伝う代わりに乗せてもらえることだってある」
「なるほど」
「仕事になるかは知らんぞ。向こうだって余計な人間を乗せる理由はないからな」
「そこは聞いてみます」
⸻
市場へ戻った。
今までも北へ向かう商人には何度か尋ねていた。
今日は少し相手を変えた。
農具を売る店。
塩を扱う店。
布屋。
酒屋。
小さな村から買い出しに来る客がいそうなところを回る。
最初の二軒では何もなかった。
三軒目の布屋で、店主が言った。
「北東なら、昨日来てたぞ」
「昨日?」
「村の男が布を買いに来た」
エイルは思わず顔をしかめた。
「一日遅かったか……」
「何だ?」
「その人、もう帰りました?」
「とっくにな」
「どこの村です?」
名前を聞いて、地図を見せてもらう。
探している村ではない。
ただ、ラダから北東へ延びる道の先にある村だった。
「荷車で来たんですか?」
「ああ」
「また来る時期は決まってます?」
「そんなもの決めてないだろ。必要になったら来るんじゃないか」
「ですよね」
店主に礼を言って店を出た。
⸻
次に酒屋へ入った。
「北東の村から買いに来る人っています?」
店主が樽の栓を確認しながら答える。
「いるぞ」
「どの辺です?」
いくつか村の名前が挙がった。
その中に、探している村の名前もあった。
「そこからも来るんですか?」
「たまにな」
「酒を買いに?」
「酒もあるし、空樽を持ってきたり、こっちから届けたりもする」
「届けることもあるんですか?」
「ああ。まとまった注文ならな」
「近いうちにあります?」
「今はない」
「そうですか」
店主がエイルを見る。
「何なんだ、お前」
エイルは簡単に事情を話した。
ガレスという魔物狩りを探していること。その村の猟師が、ガレスの名前を知っているらしいこと。
「だったら注文が入った時にでも聞いてみろ」
「いつ入ります?」
「知らん」
「やっぱりそうですよね」
「そんな都合よく決まってるか」
店主が笑った。
⸻
その日は午後から仕事が見つかった。
町の西側にある倉庫から、食堂へ酒樽を運ぶ仕事だった。
さっきの酒屋とは別の店だ。
樽を荷車へ載せ、町の中を移動し、食堂で下ろす。それを二往復した。
仕事が終わる頃には夕方になっていた。
報酬を受け取り、その日は宿へ戻った。
⸻
翌朝。
市場で半日の仕事を終えたあと、昨日の布屋へ寄った。
「今日は北東から誰か来てます?」
「来てない」
「分かりました」
次に酒屋。
「注文入りました?」
「一日で入るか」
「ですよね」
最後に運送商会。
「北は?」
「ない」
「分かりました」
受付の男が笑った。
「随分早く帰るようになったな」
「毎回長く聞いても、荷車は増えないんで」
「やっと分かったか」
⸻
さらに二日経った。
朝から仕事が見つからず、エイルは市場を歩いていた。
布屋には何もない。
そのまま酒屋へ寄る。
店主がエイルを見ると、
「ああ、お前。ちょうどいい」
と声をかけてきた。
「仕事ですか?」
「人手を一人探してた。明日、北へ酒を運ぶ」
「どこまで?」
村の名前を聞く。
エイルは地図を出した。
探している村より西側だった。
目的地そのものには近づかないが、ラダへ向かう街道をかなり北まで進む。
「何日です?」
「往復三日。途中で何か所か下ろす」
「報酬は?」
金額を聞く。
普段受けている荷運びと比べても悪くない。食事と宿泊も出る。
「荷の積み下ろしだけですか?」
「それと道中の雑用だな。護衛は別に一人いる」
「帰りもここまで?」
「ああ」
エイルは少し考えた。
探している場所へ直接行ける仕事ではない。
それでも仕事として条件は悪くなかった。
「お願いします」
「北だから安くても受けるんじゃなかったのか?」
以前、運送商会の男に言われた話をどこかで聞いたらしい。
「ちゃんと金額聞いたじゃないですか」
「ならいい」
⸻
翌朝。
酒樽を積んだ荷車が北門を出た。
御者は酒屋の従業員で、護衛が一人。
エイルは荷台の横を歩いた。
今回は大きな商会の荷ではない。
酒屋が自分の客へ直接届ける荷だった。
街道沿いの村で二樽。
次の集落で一樽。
そこで空になった樽を回収する。
さらに北へ進み、別の村で三樽。
荷台は少しずつ軽くなっていった。
昼過ぎ。
次の村で荷車が止まった。
「ここは二樽だ」
「はい」
エイルが荷を下ろす。
村の男が受け取りに出てきた。
酒屋の従業員が注文の確認をしている間に、エイルは空樽を荷台へ積んだ。
その時、村の奥から三人の男が歩いてくるのが見えた。
弓。
槍。
背負い袋。
泥のついた服。
一人が小さな獣を肩から下げている。
エイルは受け取りに来た男へ聞いた。
「あの人たち、猟師ですか?」
「ああ。この村の連中だ」
エイルは荷台を確認する。
積み下ろしは終わっている。
御者に声をかけた。
「少し話を聞いてきてもいいですか?」
「出るまでにな」
「はい」
エイルは三人の方へ向かった。
⸻
「すみません」
三人が足を止める。
一番年上らしい男がエイルを見た。
「何だ?」
「人を探してるんです」
「誰だ?」
「ガレスっていう人です。魔物を狩ってる人で」
男が少し考えた。
「ガレス?」
「知ってます?」
「俺は会ったことないな」
横の二人も首を振る。
エイルは頷いた。
「この辺で、魔物狩りの人がよく集まる村とかあります?」
「集まるってほどじゃないが、北へ行けば猟師は増えるぞ」
「どの辺です?」
男は少し考えてから、二つほど村の名前を挙げた。
エイルが地図を出す。
「この辺?」
「もう少し東だ」
指で位置を教えてもらう。
その一つは、以前聞いたガレスの手掛かりがある地域に近かった。
「そこへ行く道は?」
「ここからなら北の街道を進んで、途中で東へ入る」
「荷車も通れます?」
「通れる。ただ、雨の後はひどいぞ」
「ありがとうございます」
それ以上、ガレスについて分かることはなかった。
エイルは礼を言って荷車へ戻った。
⸻
「いたか?」
御者が聞いた。
「ガレスは知らなかったです」
「そう簡単には見つからんな」
「はい。でも道は一つ分かりました」
「道?」
エイルが地図を見せる。
御者が覗き込んだ。
「ああ。この道か」
「知ってます?」
「途中まではな」
エイルが顔を上げた。
「この荷車、通ります?」
「明日は通らん。だが今日の目的地からなら、そう遠くない」
「どのくらいです?」
「歩けば一日か、もう少しかな」
エイルは地図を見る。
ここまで何日もかけて追ってきた北東の地域が、ようやく街道の向こうに見える距離まで来ていた。
「明日そっちへ行くとか言うなよ」
御者が言った。
「言いませんよ。帰りも仕事なんで」
「なら積み残し見てくれ」
「はい」
エイルは地図をしまい、荷台へ回った。
今日の仕事は、まだ終わっていなかった。




