第百三十三話 近くまで
翌朝。
エイルたちはラダを出た。
昨日、北東へ向かう荷車に人手が必要か聞いてみたが、今の仕事は町へ戻るまで続いている。
まずは引き受けた仕事を終える。
「縄、大丈夫か?」
御者に聞かれた。
「見ました。大丈夫です」
「じゃあ出るぞ」
荷車が南へ動き始めた。
エイルも歩き出した。
⸻
昼前。
後ろから荷車が近づいてきた。
道の端へ寄る。
二頭立てで、こちらより少し速い。
横を通り過ぎる時、荷台に見覚えのある印が見えた。
昨日、ラダの倉庫で分けていた荷だった。
北東へ行くはずの荷車だ。
「あれ?」
エイルが振り返る。
荷車は南へ向かっている。
「昨日のやつじゃないか?」
商人も気づいたらしい。
「北東へ行くって言ってませんでした?」
「何かあったんだろ」
それだけだった。
しばらく進むと、さっきの荷車が街道脇で止まっていた。
御者が馬の脚を見ている。
こちらの商人も荷車を止めた。
「どうした?」
「馬が駄目だ」
昨日話した男だった。
エイルも少し離れたところから馬を見る。
「怪我ですか?」
「朝から少し変だった。これ以上は歩かせたくない」
「そうですか」
荷台には荷が残っている。
男は困った顔でそれを見た。
商人同士で話し始める。
一部の荷をラダへ戻すのか。
近くの集落まで運ぶのか。
こちらの荷車にも余裕はほとんどない。
やがて商人が言った。
「一箱だけなら預かれる」
「助かる」
行き先を確認する。
帰路の途中にある村へ渡す荷だった。
北東へ行く荷ではない。
エイルも積み替えを手伝う。
木箱を荷台へ載せると、昨日の男が縄を締め直した。
「せっかく積んだのにな」
男がぼやく。
「馬、大丈夫そうですか?」
エイルが聞く。
「休ませてみる。駄目ならラダから別の馬を呼ぶしかない」
「それも大変ですね」
「仕事にならんのが一番痛い」
男は馬の首を軽く叩いた。
エイルたちはそこで別れた。
⸻
その日の夕方。
宿場に着いた。
商人から明日の予定を聞いたあと、エイルは食堂へ入った。
混んでいる。
空いている席を探していると、奥から声をかけられた。
「兄ちゃん、一人ならここ座れ」
年配の男が一人で食事をしていた。
「いいんですか?」
「四人席を一人で使う方が邪魔だ」
「じゃあ失礼します」
向かいに座る。
エイルは煮込みとパンを頼んだ。
男の足元には弓が立てかけてある。
腰には使い込まれたナイフ。
「猟師ですか?」
「そうだ」
「この辺で?」
「この辺も行くし、北も行く」
エイルが顔を上げた。
「北ってラダより先も?」
「行くぞ」
料理が運ばれてくる。
エイルはまず一口食べた。
それから、探している村の名前を出した。
「そこ、知ってます?」
「知ってる」
「よく行きます?」
「たまにな」
初めて、その村を実際に知っている人に会った。
「そこに猟師がいるって聞いたんですけど」
「何人かいる」
「ガレスって人、知りません?」
男はパンをちぎる手を止めた。
「ガレス?」
「はい」
少し考える。
「直接は知らん」
エイルは頷いた。
だが男は続けた。
「名前なら聞いたことはある」
「どこで?」
「その村じゃない」
「じゃあどこです?」
「北の森の方だ。何だったかな」
男は煮込みを食べながら考える。
「二月くらい前だと思うが、でかい灰熊が出てな」
「灰熊?」
「ああ。家畜を何頭かやられた」
「ガレスが狩ったんですか?」
「知らん」
「村で名前を聞いたってことですか?」
「そうだ。俺が行った時にはもう終わってた。ガレスって男も来てたとか、そんな話だった」
「その村、どこです?」
名前を聞く。
探していた村とは、また別だった。
ただ、同じ北東の地域にある。
「いつ頃の話です?」
「だから二月くらい前だ」
「今どこにいるかは分からないですよね」
「そこまでは知らんよ」
「ですよね」
エイルは煮込みを食べる。
少なくとも、北東でガレスの名前を聞いたという話がまた一つ増えた。
⸻
食事を終えたあと、エイルは宿の部屋でノートを開いた。
今日聞いた村の名前を書く。
二月ほど前。
灰熊。
家畜被害。
ガレスという男も来ていたらしい。
最初に聞いた村とは少し離れている。
地図に二つの印をつけた。
ガレスが今そこにいるとは限らない。
むしろ、二月も前ならいない可能性の方が高そうだった。
それでも、北東の一帯で仕事をしていたことは少しずつ確かになってきた。
エイルはノートを閉じた。
⸻
翌日。
帰路の途中で、昨日預かった木箱を村へ届けた。
荷を受け取った女が中身を確認する。
農具の部品だった。
「北から来たんですか?」
エイルが聞かれる。
「ラダからです」
「遠いねえ」
「この辺から北東へ行く荷車ってあります?」
「たまに来るよ」
「乗せてもらえます?」
「知らないよ。御者に聞きな」
「そうですよね」
エイルは荷車へ戻った。
⸻
夕方。
町へ帰り着く。
荷を下ろし、四日分の報酬を受け取った。
エイルはその足で運送商会へ向かった。
「また北か?」
受付の男が先に言った。
「はい」
「ないぞ」
「まだ聞いてないです」
「顔見たら分かる」
エイルは地図を広げた。
「じゃあ、この辺へ行く仕事が出たら教えてください」
北東の地域を指す。
受付の男が見る。
「随分奥だな」
「近くまででもいいです」
「毎日ここに来るなら、あれば言う」
「ありがとうございます」
「ただし」
「はい」
「北だからって、安い仕事まで受けるなよ」
エイルが受付の男を見る。
「何でです?」
「お前、最近そこしか見てないだろ」
男は机の紙へ視線を戻した。
「行きたい場所がある奴は、足元見られるぞ」
エイルは少し考えた。
「……それは嫌ですね」
「だったら報酬はちゃんと聞け」
「分かりました」
商会を出る。
北へ行くことと、働くこと。
どちらか一つだけを考えるわけにはいかなかった。




