第百三十二話 待つ間の仕事
北へ向かう荷は、三日経っても出なかった。
その間、エイルは町にいた。
一日目は市場で半日の荷運び。
二日目は朝から雨が降り、仕事を探して歩いたものの何も見つからなかった。
三日目は運送商会から声がかかり、町の東にある農場まで肥料を運んだ。
北へ行く仕事ではない。
それでも断る理由はなかった。
⸻
農場へ着くと、荷下ろしだけでなく納屋まで運ぶことになった。
袋は重い。
エイルは身体強化を使って運んだ。
途中、農場の男が二袋まとめて持とうとする。
「持てます?」
「毎日やってるからな」
男も身体強化を使って持ち上げた。
ただし十歩ほど進んだところで、
「やっぱ一袋でいいな」
と片方を下ろした。
「持てるんじゃないですか?」
「持てるのと、これを一日やるのは別だ」
「確かに」
エイルも一袋ずつ運ぶことにした。
昼過ぎには仕事が終わった。
⸻
帰りの荷車で、御者が聞いた。
「最近、北ばっかり聞いてるらしいな」
「誰から聞いたんです?」
「商会の奴」
「人を探してるんです」
「聞いた聞いた」
御者が馬を進ませながら言う。
「北なら明後日、荷が出るかもしれんぞ」
エイルが顔を上げる。
「どこまで?」
「まだ知らん」
「ラダより先?」
「だから知らんって」
「明後日ですね?」
「荷がまとまればな」
確定ではない。
それでもエイルは覚えておいた。
⸻
翌日は朝から市場で働いた。
果物の木箱を運び、昼前に終わる。
午後は別の仕事を探したが見つからなかった。
皮の店の前も通った。
あの商人はいない。
エイルはそのまま通り過ぎた。
夕方、運送商会へ寄る。
「明後日の北の荷ってどうなりました?」
受付の男が眉を寄せた。
「誰に聞いた?」
御者の名前を言う。
「あいつ、まだ決まってない話を……」
「出そうです?」
「たぶんな」
「どこまで?」
「ラダ」
エイルは少し残念に思った。
探している村は、さらに北東だ。
「何日です?」
「四日予定」
「人は?」
「明日にならんと分からん」
「分かりました」
エイルは帰ろうとした。
「ああ、待て」
呼び止められる。
「ラダから先に回す荷がある」
「どこまで?」
受付の男が紙を見る。
「ここだな」
聞いたことのない村だった。
エイルは地図を出した。
「どの辺です?」
男が指す。
ラダから北東。
探している村と同じ方向だった。
「これ、俺たちが運ぶんですか?」
「いや。ラダで別の荷車に渡す」
「その荷車、人を募集してます?」
「知らん」
「ですよね」
「お前、最近そればっかりだな」
「すみません」
「謝るくらいなら聞くな」
「じゃあ聞きます」
男が呆れた顔をした。
⸻
翌朝。
北行きの仕事が決まった。
二台の荷車。
ラダまで二日。
一泊して荷を下ろし、帰りも二日。
予定通りなら四日。
食事と宿泊は商人持ち。
延びれば追加報酬。
「行きます」
エイルはすぐに答えた。
「ただ、ラダで一晩あるんですよね?」
「ある」
「荷下ろしが終わった後は自由です?」
「翌朝の出発に間に合うならな」
「分かりました」
⸻
翌日、北門を出た。
今回は前にも通った道だった。
知らない景色ではなくなっている。
最初の宿場。
以前、倒木があった場所。
途中で荷を下ろした村。
少しずつ場所がつながってきた。
昼過ぎ、荷車を止めて休憩する。
商人が火を起こし、御者が鍋を出す。
エイルは水を汲みに行った。
戻ってくると、護衛の男が地図を見ていた。
エイルも横から覗く。
「ラダから北東って、道どうなってます?」
「どこへ行く?」
探している村の名前を言った。
男が地図を指で追う。
「ここなら、ラダから直接じゃないな」
「違うんですか?」
「途中でこっちへ入る」
細い道を示す。
エイルが持っている地図には、ほとんど線だけで描かれている道だった。
「荷車通れます?」
「通れる。ただ雨の後は面倒だ」
「この辺に宿あります?」
「村に泊めてもらうしかないんじゃないか」
エイルは覚えておく。
「行ったことあるんですか?」
「二回くらい」
「最近?」
「去年だ」
「魔物を狩る人っています?」
「いるだろうけど、知らん」
そこで話は終わった。
⸻
翌日の夕方。
ラダへ着いた。
以前と同じように荷を下ろす。
ただし今回は、一部の荷が倉庫へ入らなかった。
北東へ回される分だった。
エイルは木箱を別の場所へ積む。
「これは?」
「明日の荷車に渡す」
商人が答えた。
「どこ行きです?」
「いくつか村を回る」
エイルが手を止める。
「昨日言ってた村も?」
商人が荷札を見る。
村の名前を二つ、三つ読む。
その中に、エイルが探している村はなかった。
ただ、一つはかなり近かった。
「この荷車、明日の朝出るんですか?」
「そうだ」
「誰が運ぶんです?」
「あそこ」
商人が顎で示した。
倉庫の反対側で、一人の男が荷を確認していた。
エイルはそちらを見る。
「ちょっと聞いてきていいです?」
「うちの荷下ろし終わってからな」
「はい」
残った箱を運ぶ。
最後の一つを置く。
「終わりました」
「行ってこい」
エイルは北東へ向かう荷車の男のところへ歩いていった。
「すみません」
男が振り返る。
「何だ?」
「明日、北東の村を回るんですよね?」
「そうだが」
エイルは探している村の名前を出した。
「ここ、通ります?」
男は首を振った。
「通らん」
「近くまでは?」
「途中の分かれ道までは同じだな」
「どのくらい近くなります?」
男が少し考える。
「そこから歩いて半日くらいじゃないか」
エイルは黙った。
かなり近い。
「人、足りてます?」
「何の?」
「荷運びです。俺、今はこっちの商人の仕事でラダまで来てて」
男がエイルの後ろを見る。
「明日帰るんじゃないのか?」
「はい」
それが問題だった。
今の仕事は、ここまでではない。
町へ戻るまでが仕事だ。
「じゃあ無理だろ」
「ですよね」
「抜けるなら商人に聞け」
エイルは自分の商人を見る。
少し考えてから、首を振った。
「いや、やめます」
「そうか」
「次にこっちへ来た時、仕事があったらお願いします」
「俺はいついるか分からんぞ」
「それもですよね」
男が少し笑った。
⸻
宿へ向かう途中、エイルは分かれ道の場所を地図に書き込んだ。
探している村まで、半日。
今までで一番近いところまで道がつながった。
けれど明日の朝には、また南へ戻る。
今回はそれでいい。
約束した仕事を終わらせて、報酬を受け取る。
次に北へ来た時には、少なくともどこで道を外れればいいのかは分かっていた。




