第百三十一話 戻る道
朝、エイルが宿を出ると、すでに一台目の荷車が通りに出されていた。
御者が車輪を確認し、護衛の一人が水袋を荷台へ放り込む。
「おはようございます」
「遅くないな」
「時間通りです」
「それを遅くないって言うんだ」
エイルは荷台へ回った。
帰りの荷は、行きより少なかった。
空いた場所には木箱がいくつか積まれている。
「これ、帰りの荷ですか?」
「途中の村で下ろす」
商人が答えた。
「割れ物だから気をつけろよ」
「何が入ってるんです?」
「瓶」
エイルは木箱から手を離した。
「先に言ってください」
「だから今言っただろ」
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町を出る。
昨日まで北へ進んでいた道を、今度は南へ戻っていく。
天気は良かった。
街道の状態も悪くない。
午前中は順調に進んだ。
途中で荷車を止め、馬に水を飲ませる。
エイルも道端に座った。
護衛の一人が干し肉を噛んでいる。
「昨日言ってた奴」
「ガレスですか?」
「そう。それ、強いのか?」
「知りません」
「知らないのかよ」
「会ったことないですから」
「じゃあ何でそいつなんだ?」
エイルは水を飲んだ。
「学校の先生が名前を教えてくれたんです。魔物の仕事を長くやってるって」
「なるほどな」
「だから一回、仕事を見せてもらえないかなと思ってます」
「弟子入り?」
「そこまでは考えてないです」
護衛は干し肉を噛みながら頷いた。
「まあ、会ってからだな」
「はい」
その通りだった。
⸻
昼過ぎ。
行きに塩を下ろした集落へ着いた。
今回は木箱を二つ下ろす。
エイルは御者と一緒に荷台へ上がった。
「これと、これだ」
「瓶ですよね」
「そう。落とすなよ」
二人で慎重に下ろす。
店から昨日の男が出てきた。
「早かったな」
「帰りだからな」
商人が伝票代わりの紙を渡す。
エイルは二箱目を店内へ運んだ。
置き終わったところで、昨日聞いた話を思い出す。
北東の村。
牙猪。
「昨日の牙猪って、その後どうなったか分かります?」
男が顔を上げた。
「何だった?」
「畑を荒らしたって言ってたやつです」
「ああ」
少し考えてから言う。
「今朝、猟師が二人そっちへ行ったぞ」
「この集落の人ですか?」
「一人はな。もう一人は知らん」
「もう仕事になってるんですね」
「農家が頼みに来たからな」
エイルは頷いた。
場所まで聞いた。
ここから北東へ半日。
今から向かえば、当然この荷車には戻れない。
商人が外から声をかける。
「エイル、行くぞ」
「はい!」
エイルは男に礼を言って店を出た。
⸻
荷車が動き出す。
しばらくして商人が言った。
「行きたそうだったな」
「ちょっと」
「契約中だぞ」
「分かってますって」
「ならいい」
「それに、もう猟師が行ってるなら俺が行く理由もないです」
「金にもならんしな」
「それもあります」
御者が笑った。
「結局そこか」
「大事ですよ」
「少しは分かってきたな」
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午後になると風が強くなった。
街道を乾いた土が流れていく。
荷台の布がばたつき始めた。
エイルは縄を確認する。
問題ない。
前の荷車も止まらない。
そのまま進んだ。
しばらくすると、道の脇に壊れた荷車が見えた。
車輪が外れている。
男が二人、その横に座っていた。
こちらの商人が荷車を止めた。
「どうした?」
「軸が割れた」
男が答える。
「町まで?」
「無理だな。部品が要る」
商人と御者が話す。
荷を全部引き取る余裕はない。
人だけなら乗せられる。
「荷は?」
「置いていけん」
「なら近くの村から人を呼ぶしかないな」
護衛が道を振り返った。
「一つ前の集落なら歩ける」
壊れた荷車の男が頷く。
「俺が行く。こいつを荷に残す」
話はすぐ決まった。
エイルたちはその男を、先ほどの集落へ戻る分かれ道まで乗せることになった。
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少し進んだところで男を下ろす。
「助かった」
「気をつけろよ」
商人が言う。
男は来た道を歩いて戻っていった。
荷車も再び南へ向かう。
エイルは壊れた荷車のことを考えた。
部品が届くまで、あの二人は動けない。
荷も運べない。
「荷車壊れたら大変ですね」
「当たり前だ」
御者が言った。
「直す金もいるし、その間は稼げん」
「馬が怪我するよりはましだけどな」
もう一人の御者が付け足す。
「それは確かに」
エイルは荷車の車輪を見る。
自分には剣がある。
縄もある。
靴も直した。
どれも壊れれば金がかかる。
荷車ほど高くはないだけだった。
⸻
夕方、宿場へ着いた。
荷を預け、部屋を取る。
夕食まで少し時間があった。
エイルは外へ出た。
昨日までなら、剣か魔術の練習をすることも考えた。
今日はやめた。
歩き疲れている。
宿の前の長椅子に座り、靴を確認する。
以前直した底は問題ない。
新しい縄もまだ傷んでいない。
「よし」
隣に座っていた御者が見る。
「何がよしなんだ?」
「壊れてないです」
「そりゃよかったな」
「はい」
二人ともそのまま黙って座った。
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翌日。
昼過ぎには町へ戻った。
荷を下ろし、報酬を受け取る。
予定通り三日分。
宿へ戻る前に、エイルは運送商会へ寄った。
受付の男がこちらを見る。
「帰ったのか」
「今です」
「どうだった?」
「普通でした」
「ならよかったな」
「北の仕事、何か増えてません?」
男が呆れた顔をする。
「帰ってきて最初にそれか」
「せっかく少し近づいたんで」
予定表を確認する。
「ラダ行きはない」
「その先も?」
「ないな」
「いつ頃ありそうです?」
「荷が来たら」
エイルは笑った。
「ですよね」
商会を出る。
すぐ北へ戻れるわけではなかった。
それでも、探している村の場所は分かった。
そこへ行く道も、少しずつ分かってきた。
あとは北へ向かう仕事が出るまで、ここで働けばよかった。




