第百二十九話 北を回る商人
それから数日、エイルはいつも通り仕事を探して過ごした。
朝に市場へ行き、仕事があれば受ける。
なければ運送商会へ行く。
半日だけ荷を運んだ日もあれば、一日何も見つからなかった日もあった。
皮を扱う店の前を通る時には、店先の荷車を見るようにしていた。
探している商人はいない。
翌日もいない。
その次の日は、エイル自身が町にいなかった。
近くの村まで荷を届ける仕事が入り、一泊して戻ってきた。
⸻
町へ戻った翌朝。
エイルは市場で野菜の入った木箱を運んでいた。
「それ終わったらこっち!」
「はい!」
荷を置き、次の箱へ向かう。
午前中いっぱい働いた。
報酬を受け取る。
「午後もあります?」
「今日は終わりだ」
「分かりました」
店を出て、いつものように市場を歩く。
皮を扱う店の前まで来たところで、見慣れない荷車が止まっていた。
荷台には丸めた皮が積まれている。
エイルは足を止めた。
店の中を見る。
店主と、一人の男が話していた。
五十くらい。
日に焼けた顔。
外套には土埃がついている。
以前聞いた商人の顔は知らない。
エイルは店へ入った。
「こんにちは」
店主が振り返る。
「ああ」
エイルは男を見る。
「もしかして――」
名前を言う。
男もこちらを見る。
「そうだが」
見つけた。
「ちょっと聞きたいことが――」
「待て」
店主に止められた。
「今、商売してる」
「あ、すみません」
男の前には、皮が何枚か広げられていた。
エイルは店を出た。
⸻
店先で待っていると、しばらくして男が出てきた。
「俺に用か?」
「はい」
「何だ?」
「ガレスっていう人を知ってます?」
男の眉が少し動いた。
「ガレス?」
「魔物を狩ったり、護衛をしたりしてる人です。四十くらいで、一人で動くことが多いって聞いてます」
男は少し考えた。
「知り合いじゃないな」
「見たことは?」
「たぶんない」
エイルは頷いた。
やはり直接会ったわけではないらしい。
「じゃあ、名前を聞いたことありません?」
「どこで俺の話を聞いた?」
「運送商会の人からです。北を回ってる商人がガレスの名前を話してたって」
「ああ……」
男は荷車へ荷を積みながら考えている。
エイルも待った。
「ラダだったかな」
「ラダ?」
「いや、違う。ラダより先だ」
エイルは鞄からノートを取り出した。
「どこです?」
「待てって。思い出してる」
「はい」
しばらくして、男が一つの村の名前を言った。
エイルは書き留める。
知らない村だった。
「そこでガレスを見たんですか?」
「だから見てない」
「じゃあ誰から?」
「猟師だったと思う」
「その人がガレスを知ってた?」
「近くの村で仕事をしたとか言ってたな」
「何の仕事です?」
「そこまでは知らん」
「いつです?」
「さあ」
「一月前とか?」
「分からん」
エイルの手が止まった。
場所は分かった。
だが、その情報がいつのものなのか分からない。
「その村、ここからどのくらいです?」
「荷車なら三日くらいだ」
「歩いたら?」
「もっとかかる」
「ラダを通ります?」
「ああ。そこからさらに北だ」
エイルは地図を取り出した。
男に場所を教えてもらう。
「この辺?」
「もう少し東」
「こっち?」
「そうだ」
印をつける。
ようやく、これまでより具体的な場所が一つ増えた。
⸻
「お前、そいつを探してるのか?」
男が聞いた。
「はい」
「何で?」
「一緒に仕事をさせてもらえないかなと思って」
「知り合いじゃないんだろ?」
「会ったこともないです」
男がエイルを見る。
「それで三日先まで追うのか?」
「今すぐは行きません」
「行かないのか」
「だって、今そこにいるか分からないですよね」
男は少し笑った。
「まあな」
「北へ行く仕事があったら、その時に近くまで行けないかなと思ってます」
「それがいいんじゃないか」
男は荷車へ乗った。
「ありがとうございます」
「次は買い物してくれ」
「お金が余ったら」
「じゃあ当分無理そうだな」
「たぶん」
男は笑って荷車を出した。
⸻
エイルはそのまま運送商会へ向かった。
「仕事あります?」
「今日はもうないぞ」
「明日以降で北へ行くのは?」
受付の男が顔を上げる。
「北のどこだ?」
エイルはさっき聞いた村の名前を言った。
「そこまで行くのは、うちじゃあんまりないな」
「ラダは?」
「たまにある」
「その先へ行く荷車は?」
「荷次第だ」
「近いうちにあります?」
男は予定を確認した。
「今のところない」
「そうですか」
エイルはすぐに諦めた。
「じゃあ普通の仕事で何かあったらお願いします」
「そっちは明日の朝また来い」
「分かりました」
⸻
宿へ戻る。
机に地図を広げた。
町。
ラダ。
そのさらに北。
今日聞いた村。
指で道を追う。
かなり遠い。
歩いて往復するだけでも何日も使う。
しかも、着いたところでガレスがいる保証はない。
エイルは地図を畳んだ。
明日の仕事もまだ決まっていない。
まずは朝、運送商会へ行く。
北へ向かう仕事があれば聞く。
なければ別の仕事をする。
それでよかった。




