第百二十八話 戻ったあと
翌朝。
エイルはいつもより少し早く市場へ出た。
昨日は倉庫の修理で一日働けた。
今日は何も決まっていない。
まず穀物店へ寄る。
「今日は?」
「昼からなら少しある」
「何時くらいです?」
「荷が来たらだ」
「来なかったら?」
「ない」
「分かりました。また昼に来ます」
次に運送商会へ向かった。
ここも今日は人手が足りている。
ただ、明後日に西へ出る荷車があるらしい。
「人は?」
「まだ分からん」
「必要ならお願いします」
「覚えてたらな」
いつもの答えだった。
⸻
昼まで時間がある。
エイルは市場を歩きながら、仕事を聞いて回った。
何度か働いた店では顔を覚えられている。
それでも、仕事がなければ雇ってはもらえない。
皮を扱う店の前を通ったところで、エイルは足を止めた。
店先に何枚もの皮が吊られている。
以前から何度か見ている店だったが、中へ入ったことはなかった。
「すみません」
店主が顔を上げる。
「何だ?」
「仕事あります?」
「ない」
「そうですか」
それで出ようとして、エイルはもう一度店の中を見る。
「こういう皮って、この辺で獲れるんですか?」
「物による」
店主が一枚を指した。
「これは北」
次。
「こっちは西から来る」
「誰が持ってくるんです?」
「猟師もいるし、商人もいる」
エイルは少し考えた。
「魔物の素材も扱います?」
「物によってはな」
「持ってくる人って、魔物を狩る人ですか?」
「そういう奴もいる」
「この町の人?」
「決まってない」
店主は面倒そうに答えながら、皮を畳んでいく。
エイルはそこで、ガレスのことを思い出した。
バルガから聞いた宿には、町へ来てすぐ一度行っている。
一月ほど前には泊まっていた。
その後は分からない。
「ガレスって人、知ってます?」
店主の手が止まった。
「誰だ?」
「魔物を狩ったり、護衛したりしてる人です。四十くらいで、一人で動くことが多いって」
「知らんな」
「そうですか」
やはり簡単には見つからない。
エイルは礼を言って店を出た。
⸻
昼。
穀物店へ戻ると、荷車が来ていた。
「来たぞ」
「よかった」
「二時間くらいだ」
「やります」
麦袋を倉庫へ運ぶ。
身体強化を使い、一袋ずつ。
もう何度もやっている仕事だった。
以前より、どこへ置けば邪魔にならないかも分かる。
店主に言われる前に通路を空ける。
二時間ほどで仕事は終わった。
半日にも満たないので報酬は少ない。
それでもゼロよりはよかった。
⸻
午後。
エイルは運送商会の近くで荷車を直していた男に声をかけた。
以前にも何度か顔を見たことがある。
「ちょっと聞いていいですか?」
「仕事なら今日はないぞ」
「それじゃないです」
「珍しいな」
「いろんな町に行きますよね?」
「行くな」
「魔物を狩ってる人とか、知ってます?」
男が工具を動かしながら答える。
「何人かは顔を知ってる」
「ガレスって人は?」
「ガレス……」
男は手を止めた。
少し考える。
「名前は聞いたことある気がするな」
エイルが近づく。
「どこで?」
「待て。覚えてない」
「最近です?」
「だから覚えてないって」
「あ、はい」
男は再び車輪を触り始めた。
「誰かが話してたんだよ。どこだったかな」
エイルは急かさず待った。
しばらくして男が言った。
「俺じゃないな」
「何がです?」
「北を回ってる商人が言ってたんだ」
「その人、今どこにいます?」
「知らん」
「名前は?」
それは覚えていた。
エイルはノートを出して書く。
「どこを回ってる人です?」
「北の町をいくつか。ラダにも行く」
エイルの手が止まった。
「この前、ラダ行きました」
「そうなのか」
「その人がガレスを見たんですか?」
「そこまでは知らん」
結局、分かったのはそこまでだった。
北を回る商人が、どこかでガレスの名前を口にしていた。
いつの話かも分からない。
どこで聞いたのかも分からない。
ガレス本人を見たのかすら分からない。
「その商人、次いつこの町に来ます?」
「知らん」
またそれだった。
「ありがとうございます」
「役に立ったか?」
「ちょっとだけ」
⸻
宿へ戻る途中、エイルは皮を扱う店にも寄った。
さっき聞いた商人の名前を出す。
「この人、知ってます?」
店主は少し考えてから頷いた。
「何度か売りに来てる」
「最近来ました?」
「そこまでは覚えてない」
「次いつ来ます?」
「知らん」
エイルは笑った。
「やっぱりそうですよね」
「何なんだ、お前」
事情を簡単に話す。
店主はガレスについては知らなかったが、その商人なら月に一度くらいは町へ来ると言った。
ただし、日付が決まっているわけではない。
「来たら教えてもらえません?」
「どうやって?」
「あ」
エイルはこの店に毎日いるわけではない。
店主がわざわざ宿まで知らせに来る理由もない。
「じゃあ、通った時に自分で見ます」
「好きにしろ」
⸻
宿へ戻った。
机にノートを置く。
北を回る商人。
ラダにも行く。
ガレスの名前をどこかで聞いたらしい。
それだけだった。
今すぐ北へ向かうには弱すぎる。
エイルはノートを閉じた。
明日はまた仕事を探す。
市場へ来た時には、皮の店も覗けばいい。
それで十分だった。




