第百二十七話 行かない仕事
翌朝。
エイルは地図を広げたまま、しばらく考えていた。
昨日聞いたのは、南の街道近くで灰犬らしいものを見たという話。
四、五日前。
被害は確認されていない。
場所までは歩いて一日近くかかる。
往復だけなら二日。
何かを調べるなら、もう少しかかるかもしれない。
当然、その間の収入はない。
「……やめとくか」
地図を畳んだ。
魔物がいる可能性はある。
だが、被害が出ているわけでも、誰かに調べてほしいと頼まれたわけでもない。
今の情報だけで二日以上使うのは、さすがに割に合わなかった。
エイルは鞄を持って宿を出た。
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市場へ行く。
昨日聞いた通り、いつもの店に仕事はなかった。
それでも何軒か回る。
「今日はない」
「午後なら?」
「ないな」
「明日は?」
「荷が来れば」
最後に運送商会へ寄った。
「何かあります?」
「今日はないぞ」
「昨日も聞きました」
「なら分かってるだろ」
「ほかの仕事知らないかなと思って」
男は少し考えた。
「東門の近くで倉庫を直してる。人が足りなきゃ使ってもらえるかもしれん」
「行ってみます」
確実な話ではない。
それでも南へ二日歩くより近い。
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東門の近くまで行くと、すぐに場所は分かった。
古い倉庫の壁を直している。
木材が積まれ、何人かが作業していた。
エイルは近くにいた男へ声をかける。
「人、足りてます?」
男がエイルを見る。
「何ができる?」
「荷運びなら。身体強化も使えます」
「大工仕事は?」
「できません」
「じゃあ木材運んでくれ。今日だけだぞ」
「報酬は?」
金額を聞く。
一日分としては普通だった。
「やります」
仕事が決まった。
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作業そのものは単純だった。
積んである木材を運ぶ。
古い板をまとめる。
釘や工具を必要な場所へ持っていく。
ただ、何をどこへ運ぶかは大工たちの指示に従う必要があった。
エイルが長い木材を一人で持ち上げようとすると、
「待て」
と止められた。
「持てますよ」
「持てるかじゃない。長いから反対側ぶつけるぞ」
「ああ」
別の男と二人で運ぶ。
しばらくして、今度は屋根へ板を上げることになった。
上にいる男が縄を下ろす。
板を結ぶ。
「上げるぞ!」
「はい!」
エイルが身体強化を使って引く。
板が上がる。
途中で壁に当たりそうになった。
「止めろ!」
すぐ止める。
上の男が位置を直す。
「よし!」
また引く。
力だけで早く上げればいいわけではなかった。
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昼になると、全員で倉庫の陰に座った。
エイルは持ってきたパンを食べる。
隣に座った大工が水を飲みながら聞いた。
「お前、旅の仕事してるのか?」
「今はそんな感じです」
「大工になる気は?」
「今のところないです」
「そうか」
「いろんな場所を見たいんで」
「若いな」
男は笑った。
エイルはパンを食べながら聞き返した。
「この辺で魔物を狩る人、知ってます?」
「魔物?」
「はい」
「俺は知らんな」
少し離れたところにいた別の男が会話を聞いていた。
「猟師なら西にいるぞ」
「魔物も狩るんですか?」
「知らん。鹿は狩ってる」
「じゃあ違うかもしれないですね」
それで話は終わった。
エイルも無理に聞かなかった。
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午後。
壊れた壁の一部を外すことになった。
釘を抜き、板を外す。
その奥に、細い隙間があった。
大工の一人が手元に小さな光を浮かべ、奥を照らした。
「腐ってるな」
別の男が覗く。
「ここも替えるか」
エイルは外した板を運んだ。
作業はそのまま続いた。
夕方には、新しい板がかなり入っていた。
「今日はここまで」
親方らしい男が言った。
エイルも道具を片づける。
報酬を受け取った。
「明日も来た方がいいです?」
「明日は大工だけで足りる」
「分かりました」
また一日だけだった。
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宿へ戻る途中、エイルは食料を買った。
今日の報酬から宿代と食費を引く。
少しは残る。
南へ行っていたら、今日は一枚も増えていなかった。
もちろん、行けば何か見つかった可能性はある。
何も見つからなかった可能性もある。
宿へ戻る。
主人に鍵をもらう。
「明日も仕事か?」
「まだです」
「相変わらずだな」
「そうなんですよ」
部屋へ入った。
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夜。
エイルは魔術のノートを開いた。
昼間、大工が使っていた灯りを思い出す。
暗い隙間を少し照らしただけだった。
派手なことは何もない。
エイルも灯りを形成し、机の上に小さく浮かべた。
明るすぎる。
少し落とす。
今度は暗い。
もう一度調整する。
机の上の文字が読める程度で止めた。
「これくらいか」
その明かりで、少しだけノートを読む。
しばらくして術式を消した。
明日も仕事を探す。
南の灰犬については、ノートに残してある。
新しい被害の話でも聞けば、その時にまた考えればよかった。




