第百二十六話 残らない日
翌朝。
エイルは市場へ向かった。
三日ぶりだったが、いつもの店主は顔を見るなり言った。
「今日はないぞ」
「まだ何も聞いてないです」
「仕事だろ?」
「そうです」
「ない」
「分かりました」
次の店へ行く。
そこもない。
運送商会にも寄ったが、今日は出発する荷車が少なかった。
「午後は?」
「たぶんないな」
「明日は?」
「一台あるが、人は足りてる」
エイルは商会を出た。
ラダへの三日間で稼いだ金はある。
すぐに困るわけではない。
それでも、仕事がない日は収入がない。
宿代と食事代だけは変わらず出ていく。
⸻
午前中は町の外で身体を動かした。
最初に剣。
基本の足運びを繰り返し、それから身体強化を使う。
終わると剣を置き、今度は魔術の練習をした。
小石を三つ、少し離して並べる。
衝撃の術式を形成する。
一つ目。
当たる。
二つ目。
外れる。
三つ目。
当たる。
今度は歩きながら。
一つ目は外れた。
二つ目は当たる。
「前よりはましか」
少し距離を伸ばしてみる。
途端に外れる回数が増えた。
エイルは何度か繰り返してから休んだ。
水を飲む。
次は風の術式を試す。
以前から、使い道がいまひとつ分からなかったものだ。
落ち葉を何枚か地面に置く。
発動すると、葉が転がっていく。
方向を変える。
今度は横へ。
もう一度。
少し強くすると、土埃まで舞い上がった。
「うわっ」
自分で起こした埃をまともに浴びる。
エイルは咳き込みながら術式を消した。
「これは場所考えないと駄目だな」
顔を拭く。
実際に使ってみると、教室では気にしなかったことが出てくる。
それがおもしろくて、もう一度だけ試した。
今度は自分から離れる方向へ風を送った。
⸻
昼前に町へ戻った。
食堂で安い昼食を取る。
食べ終わったあと、すぐ宿へ戻る気にはならなかった。
昨日ラダで魔物について聞いて回ったことを思い出す。
ほとんど役に立つ話は得られなかった。
それでも、聞く相手を変えれば何か違うかもしれない。
エイルは市場へ戻った。
今度は仕事ではなく、魔物について聞いてみる。
最初に声をかけたのは、荷を下ろしていた御者だった。
「この辺で魔物の被害って最近あります?」
「この町の周りか?」
「はい。少し離れてても」
「知らんな」
次。
何度か仕事をもらった穀物店。
「魔物? 北の農家が何か言ってた気がするぞ」
「いつです?」
「結構前だ」
「どの農家です?」
「そこまでは知らん」
別の店では、
「西の村で畑が荒らされたらしい」
と言われた。
エイルは少し考える。
「それ、どの村です?」
名前を聞く。
以前、自分が行った村だった。
「それなら見に行きました」
「そうなのか?」
「はい」
「何だった?」
「分かりませんでした」
「分からなかったのか」
「分からなかったです」
店主は笑った。
⸻
何人かに聞いたあと、エイルは運送商会にも戻った。
朝とは別の男が受付にいる。
「仕事ならないぞ」
「今日は別です」
「何だ?」
「荷車でいろんな場所行きますよね」
「行くな」
「最近、道で魔物を見たとか、村で被害が出てたとか聞きませんでした?」
男は腕を組んだ。
「そういう話なら……」
少し考える。
「南へ行った御者が、街道近くで灰犬を見たと言ってたな」
「いつです?」
「四、五日前だったか」
「どの辺です?」
場所を聞く。
エイルの知らない場所だった。
「襲われたんですか?」
「いや。遠くに見えただけらしい」
「一匹?」
「そこまでは知らん」
エイルはノートを取り出した。
場所。
四、五日前。
灰犬らしいもの。
街道から見えた。
被害は確認されていない。
それだけ書く。
男が覗き込んだ。
「そんなの書いてどうする?」
「忘れるので」
「そうか」
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宿へ戻る頃には夕方だった。
今日の収入はゼロ。
昼食。
宿代。
朝より財布は軽くなっている。
エイルは部屋の机にノートを置いた。
北の牧場。
西の村。
ラダで聞いた曖昧な話。
今日聞いた南の街道。
並べてみると、どれも情報の量が違う。
古いものもある。
場所すらはっきりしないものもある。
エイルは今日書いた頁を閉じた。
明日は仕事がないと言われている。
それなら南へ見に行くこともできる。
ただ、灰犬が見えただけで被害はない。
往復にどれだけかかるのかも、まだ調べていない。
「まず場所か」
地図を取り出す。
運送商会で聞いた場所を探した。
思っていたより遠い。
日帰りは難しそうだった。
エイルはしばらく地図を見たあと、閉じた。
行くかどうかは、もう少し調べてから決めることにした。




