第百二十四話 北への道
翌朝、エイルが運送商会へ着くと、荷車はすでに準備を始めていた。
今回も一台だった。
積まれているのは、小麦の袋と油の樽、それに木箱がいくつか。
「これ全部ラダまで?」
「ああ」
商会の男が答えた。
「途中で下ろす荷もある。間違えるなよ」
「どれです?」
「印がついてる」
木箱の側面を見ると、赤い線が一本引かれていた。
「これ?」
「それだ」
エイルは荷物の位置を覚えておいた。
今回の同行者は御者と商人、それに護衛が一人。
護衛は四十前後の男で、名をダンと言った。
簡単に挨拶を済ませると、荷車は北へ向かった。
町を出てしばらくは平坦な道が続いた。
エイルは荷車の横を歩き、ときどき縄や布を確認する。
前の仕事で教えられたことが、そのまま役に立った。
昼前。
最初の村へ着く。
赤い印の木箱を二つ下ろした。
受け取りに来た男が箱を開け、中身を確認する。
「一つ足りないぞ」
商人が荷台を見る。
「三箱だったか?」
「三だ」
エイルも荷台を見る。
奥に赤い線の箱が一つ残っていた。
「これじゃないですか?」
「ああ、それだ」
三人で下ろす。
商人が苦笑した。
「危なかったな」
「印つけてるのに忘れるんですね」
「印を見なきゃ意味ないからな」
「確かに」
荷を渡し終えると、すぐ出発した。
午後になると、道は少しずつ山側へ入った。
林が増える。
道幅も狭くなる。
エイルは歩きながら、時々周囲を見た。
前を歩くダンは、特に何も言わない。
ただ、曲がり角へ入る前には少し速度を落とす。
見通しの悪い場所では道の端へ寄らない。
前から荷車が来れば、早めに止まれる場所を探す。
エイルはそれを見ながら歩いた。
学校の野外実習とは違う。
先生が止まれと言ってくれるわけではない。
しばらくして、前方に倒木が見えた。
完全に道を塞いでいるわけではない。
だが、荷車が通るには邪魔だった。
御者が馬を止める。
「動かせるか?」
商人が聞く。
ダンが近づき、木を見る。
「いけるだろ」
エイルも横へ回った。
かなり太い。
「身体強化使います」
「俺も使う」
ダンも身体強化を使った。
二人で木を持つ。
「せーの」
少し持ち上がる。
そのまま道の端へずらす。
一度では動かしきれない。
持ち直して、もう一度。
ようやく荷車が通れるだけの幅ができた。
「これでいい」
ダンが術式を解く。
エイルも解いた。
木を完全にどかす必要はない。
荷車が通れれば十分だった。
夕方。
予定していた宿場へ着いた。
小さな村で、宿は一軒しかなかった。
荷車を置き、馬を休ませる。
夕食まで時間があったので、エイルは宿の裏へ出た。
長時間歩いたせいで身体は少し重い。
それでも剣を抜き、軽く振る。
数回でやめた。
今度は小石を一つ置く。
少し距離を取る。
衝撃の術式を形成する。
発動。
小石が跳ねた。
もう一つ。
今度は歩きながら。
外れた。
「やっぱり動くと難しいな」
もう一度。
今度は当たる。
「何やってる?」
後ろから声がした。
ダンだった。
「練習です」
「何の?」
「魔術です」
ダンは転がっている小石を見る。
「それで石を飛ばしてるのか?」
「はい」
「何に使う?」
「まだ考えてます」
「そうか」
ダンはそれ以上聞かなかった。
井戸へ行き、水を汲み始める。
エイルも数回だけ続けた。
夕食の席で、エイルはダンに聞いた。
「護衛の仕事って、どうやって見つけてるんです?」
「商人から声がかかることが多いな」
「最初から?」
「最初は自分で聞いて回った」
「運送商会とか?」
「ああ。あとは知ってる商人」
「魔物を狩る仕事もします?」
「たまに」
エイルはパンをちぎる手を止めた。
「そういうのはどこで見つけるんです?」
「村から頼まれることもあるし、知り合いから回ってくることもある」
「知らない土地だと?」
「聞いて回るしかないな」
やはり、バルガから聞いた話と同じだった。
「面倒ですね」
「仕事探しなんてそんなもんだろ」
ダンはスープを飲んだ。
「魔物の仕事を探してるのか?」
「やってみたいんです。ただ、一人では行かないつもりです」
「それがいい」
それだけだった。
ダンが仕事を紹介してくれるわけでもなかった。
翌朝。
また北へ進んだ。
昼過ぎ、街道沿いの小さな集落で馬を休ませる。
エイルは水を補給しながら、近くにいた男に聞いてみた。
「この辺で、魔物の被害ってあります?」
男は少し考えた。
「最近は聞かんな」
「魔物を狩ってる人は?」
「知らん」
「そうですか」
それで終わった。
次に水を汲みに来た女にも聞いた。
「魔物?」
「はい」
「東の方で畑が荒らされたって聞いたけど、いつだったかな」
「どの村です?」
「さあ」
情報はそれだけだった。
エイルは礼を言って戻った。
商人が荷車の横で待っている。
「何かあったか?」
「よく分かりませんでした」
「そうか」
出発する。
夕方前。
ようやくラダの町が見えた。
学校のあった町よりずっと小さい。
石壁もなく、街道沿いに家と店が集まっている。
荷を届ける店へ向かい、エイルは積み下ろしを手伝った。
仕事を終える頃には日が傾いていた。
商人が宿を探しに行く。
エイルは荷車の横で待ちながら、町を見る。
初めて来た場所だった。
明日の朝には、また元の町へ戻る。
それまでに時間があれば、少し歩いてみようと思った。




