第百二十一話 護衛の仕事
翌朝、エイルが宿の食堂へ下りると、ロッドとハンスはすでに朝食を食べていた。
「遅いぞ」
ハンスが言った。
エイルは窓の外を見る。
「まだ出発まで時間ありますよね?」
「ある」
「じゃあ遅くないじゃないですか」
「そうとも言う」
ロッドが笑った。
エイルも席につき、パンとスープを受け取った。
食事を終えると、四人で荷車のところへ向かった。
帰りの荷は、行きより少なかった。
空になった酒樽。
いくつかの木箱。
それから商人がミルダで仕入れた革製品。
荷を固定していると、ハンスが一本の縄を外した。
「これ駄目だな」
エイルが見る。
一部が擦れて細くなっている。
「まだ切れてないですよ」
「切れてから替えるのか?」
「……替えます」
予備の縄を出す。
エイルも自分の鞄に入れている縄を思い出した。
あとで見ておこう。
準備を終え、ミルダを出た。
午前中は何も起きなかった。
ロッドが前。
ハンスが後ろ。
エイルは荷車の横を歩く。
昨日注意されたので、今日は周囲より荷台を見る時間の方が長かった。
しばらくして、前を歩いていたロッドが手を上げた。
荷車が止まる。
道の端に、昨日と似た足跡が残っていた。
ハンスも前へ来た。
「新しいか?」
「昨日よりはな」
ロッドがしゃがむ。
エイルも少し離れて見る。
四本の指と爪の跡。
「灰犬ですか?」
「たぶんな」
ロッドが答えた。
「何匹?」
「分からん」
ハンスが周囲を見る。
片側は林。
反対側には低い草地が広がっている。
ロッドは足跡を少し確認しただけで立ち上がった。
「行こう」
昨日と同じだった。
探しに行かない。
荷車を守るためにここにいる。
エイルも何も言わず、荷車へ戻った。
それからしばらく進んだ時だった。
林の中から枝の折れる音がした。
ロッドが止まる。
荷車も止まった。
ハンスが腰を落とした。
エイルも反射的に剣へ手を伸ばす。
ロッドはまだ剣を抜いていない。
その代わり、左手を林へ向けた。
短い術式が形成される。
エイルが見たことのない形だった。
「待て」
小さな声が飛ぶ。
エイルは手を止めた。
林の中で、また音がする。
何かが草を揺らした。
エイルはそちらを見る。
ロッドの術式もまだ発動していない。
しばらくして、草の間から茶色い獣が出てきた。
「鹿?」
エイルが言う。
「子鹿だな」
ハンスが姿勢を戻した。
子鹿はこちらを見ると、すぐに林の中へ逃げていった。
ロッドも術式を消した。
御者が息を吐く。
「驚かせやがって」
荷車が再び動き始める。
エイルは少ししてからロッドの隣へ行った。
「さっきの何です?」
「音を出すやつ」
昨日話していた術式だった。
「使わなかったですね」
「鹿だったからな」
「灰犬だったら?」
「状況次第」
「何のために音を出すんです?」
「追い払えるなら追い払う」
「効かなかったら?」
ロッドが腰の剣を軽く叩いた。
「こっちもある」
「なるほど」
「何でも倒せばいいわけじゃない」
それだけ言って、ロッドはまた前へ出た。
エイルも荷車の横へ戻った。
昼の休憩では、昨日と同じように簡単な食事を取った。
今度はエイルが火をつけた。
集めた枝を確認してから、着火の術式を使う。
火がつく。
ハンスが鍋を置いた。
「できるじゃないか」
「これは学校で何回もやりました」
「なら昨日もやれ」
「ハンスさんが先にやったから」
「今日は俺が楽できた」
そんな話をしながら湯が沸くのを待った。
ロッドは虫除けの粉を使っている。
エイルも今日は少しだけ借りた。
「臭い」
「昨日刺されただろ」
「刺されました」
「なら我慢しろ」
午後。
林を抜けるまで、灰犬は現れなかった。
その後も何事もなく進み、夕方には町が見えてきた。
南門を通る。
倉庫へ着き、エイルは積み下ろしを手伝った。
最後の木箱を置く。
それで二日間の仕事は終わった。
商人から報酬を受け取る。
エイルは約束した金額を確認して財布へ入れた。
ロッドとハンスも報酬を受け取っている。
「護衛って、何も起きない日の方が多いんですか?」
エイルが聞いた。
「道による」
ハンスが答えた。
「今回は?」
「普通」
ロッドが続ける。
「何も起きない方がいいんだよ」
「まあ、それはそうですね」
無事に着いた。
荷も失っていない。
それで仕事は終わりだった。
ロッドとハンスが帰ろうとする。
エイルは二人に声をかけた。
「また会えます?」
ロッドが振り返る。
「なんで?」
「魔物の仕事もやるんですよね?」
「たまにな」
「俺もそういう仕事をやってみたいんです」
「経験は?」
「ないです」
「なら最初から一人で行くなよ」
「そのつもりです」
ハンスが笑った。
「今日は荷運びだったしな」
「そうなんですよ」
「明日も荷運びか?」
「まだ決まってません」
「俺たちは北だ」
「護衛?」
「そう」
「いつ戻ります?」
「知らん」
エイルは笑った。
「みんなそんな感じですね」
「お前もだろ」
言われてみればそうだった。
明後日、自分がどこで何をしているのか、エイル自身も分からない。
「じゃあ、また会ったらお願いします」
「何をお願いされたのか分からんが、まあいい」
二人は歩いていった。
エイルも宿へ向かう。
途中で市場へ寄った。
明日の仕事を聞く。
一軒目はなし。
二軒目もなし。
三軒目で、店主がエイルを見るなり言った。
「明日の朝、来られるか?」
「はい」
「荷が多い。一日かかるぞ」
「報酬は?」
条件を確認してから引き受けた。
明日の仕事も決まった。
エイルは市場を出る。
今日は剣を抜かなかった。
魔術も火をつけたくらいだった。
それでも、初めて護衛の仕事を近くで見ることはできた。
宿へ戻ったら、まず自分の縄を確認しようと思った。




