第百二十話 荷車の隣
翌朝、エイルは南門へ向かった。
昨日声をかけてきた男は、すでに荷車の横で積み荷を確認していた。
荷車は一台。
酒樽と木箱、それに布で包まれた細長い荷物が積まれている。
御者のほかに、二人の男がいた。
どちらも腰に剣を下げている。
「来たか」
「はい」
「こっちが護衛だ」
紹介された二人のうち、一人は三十代くらいの細身の男。
もう一人は、それより少し年上に見える大柄な男だった。
「こいつは荷運びの手伝いだ。剣も持ってるが、護衛には数えてない」
「分かってる」
細身の男が答えた。
エイルは荷車を見る。
「俺は何をすれば?」
「道中は荷を見てくれ。緩んだ縄があったら言え。積み下ろしは手伝ってもらう」
「分かりました」
準備を終えると、荷車は町を出た。
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護衛の一人が前を歩き、もう一人が後ろについた。
エイルは荷車の横だった。
最初の数時間は、本当に何もなかった。
人とすれ違う。
別の荷車とすれ違う。
畑の横を通る。
ときどき荷台を見る。
しばらく進んだところで、固定していた布が少しずれていることに気づいた。
「止めてもらっていいですか?」
御者が馬を止めた。
縄が一本緩んでいた。
エイルが締め直そうとすると、大柄な護衛が反対側を持った。
「引くぞ」
「はい」
二人で締める。
すぐ終わった。
「ありがとうございます」
「これくらい一人で頑張る必要ないだろ」
男はそう言って、また後ろへ戻った。
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昼前。
道沿いの木陰で休憩した。
そこでようやく、二人の護衛が名乗った。
細身の男がロッド。
大柄な男がハンスだった。
エイルも改めて名乗る。
「エイルです」
「それは聞いた」
ハンスが言った。
昼食の準備をしていると、ハンスが集めた枯れ枝に指を向けた。
小さな火がつく。
エイルは一瞬そちらを見た。
着火の術式だった。
学校で習ったものとは少し形が違う。
「それ、誰に習ったんです?」
「昔、一緒に仕事してた奴」
「へえ」
ハンスはそのまま鍋を火にかけた。
ロッドは鞄から小さな袋を取り出し、腕や首に粉を擦りつけている。
「それ何です?」
「虫除け」
「臭いですね」
「だから虫が来ない」
「俺も使った方がいいです?」
「欲しけりゃ貸す」
少し手に取る。
嗅いでみる。
「やっぱりいいです」
「じゃあ刺されろ」
ロッドが袋をしまった。
エイルは笑いながらパンを食べた。
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午後になると、街道は少し狭くなった。
林も近くなる。
ロッドとハンスの話す回数が減った。
エイルも周囲を見る。
右の林。
左の草地。
また林。
「エイル」
御者に呼ばれた。
「はい?」
「そっちじゃない。荷だ」
見ると、荷台の布がめくれかけていた。
「あ」
すぐに直す。
「護衛はいるんだから、お前は荷を見てくれ」
「はい」
エイルは荷車の横へ戻った。
自分も剣を持っている。
身体強化も使える。
魔術もいくつか使える。
それでも今日、金をもらって任されているのは荷物だった。
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しばらくして、ロッドが手を上げた。
荷車が止まる。
ロッドは道の端を見ていた。
泥の上に足跡がある。
ハンスも近づいた。
「犬か?」
「たぶんな」
エイルも少し離れたところから見る。
四本の指。
爪の跡。
学校の野外実習で見たものに似ていた。
「灰犬ですか?」
「かもしれん」
ロッドが答える。
「追います?」
「追わない」
「何匹いるか確認しなくていいんです?」
ロッドが荷車を指した。
「これ置いて?」
「ああ」
エイルも荷車を見る。
「駄目ですね」
「そういうことだ」
二人はすぐに戻った。
荷車が動き出す。
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その後は何も起きなかった。
林を抜け、また畑の多い道へ出る。
夕方前、休憩のため荷車を止めた。
エイルが水を飲んでいると、ハンスが肩を回した。
一瞬だけ身体強化の術式が形成される。
荷台からずれかけていた箱を持ち上げ、奥へ戻した。
それで終わった。
エイルも手伝おうとしていたが、間に合わなかった。
「身体強化使えるんですね」
「そりゃな」
「ずっと剣だけかと思ってました」
「剣だけで荷物は持ち上がらんだろ」
「確かに」
ハンスは水を飲み始めた。
それ以上、話は続かなかった。
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夕方、ミルダへ着いた。
商人の取引先まで荷を運ぶ。
エイルも身体強化を使いながら、木箱を一つずつ下ろした。
最後の荷を置いた頃には、外はかなり暗くなっていた。
宿へ向かう。
歩き始めて少しすると、ロッドの手元に小さな光が浮かんだ。
足元を照らす程度の灯りだった。
エイルも灯りを出そうとして、やめた。
一つあれば歩ける。
そのまま四人で宿へ向かった。
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夕食を済ませ、エイルは寝台に腰を下ろした。
今日は身体強化を何度か使った。
ハンスは火をつけた。
ロッドは帰り道に灯りを使った。
それ以外は、ほとんど歩いていただけだった。
剣は誰も抜いていない。
エイルは鞄から魔術のノートを出しかけて、手を止めた。
今日は朝から歩き続けている。
「明日でいいか」
ノートを戻す。
靴を脱いで、そのまま寝台へ横になった。
明日は同じ道を町まで戻る予定だった。




