第百十九話 空いた一日
翌朝、エイルは少し遅めに宿を出た。
昨日まで四日間、荷車について歩いていたせいか、足に疲れが残っている。
それでも市場へ向かった。
仕事が決まっていない以上、休むと決めたわけでもない。
いつもの店を順番に回る。
「今日は?」
「ない」
「明日は?」
「まだ分からん」
次の店でも似たような返事だった。
運送商会にも寄ったが、今日は人手が足りているという。
「昨日戻ったばっかりだろ」
顔を覚えていた男に言われた。
「はい」
「休めばいいじゃないか」
「休んでも宿代かかるので」
「働いてても宿代はかかるだろ」
「それはそうですけど」
男が笑った。
結局、午前中いっぱい歩いても仕事は見つからなかった。
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昼食は安いパンとスープにした。
食べながら、財布の中身を数える。
町へ来たばかりの頃より、仕事は見つけやすくなった。
市場では顔を覚えてくれた人もいる。
紹介で遠出の仕事にも行けた。
それでも、毎日働けるわけではない。
エイルは頭の中で、ここ数日の金の出入りを思い返した。
遠出の四日間は食事も寝床も商人持ちだった。
その間はほとんど金を使わなかった。
一方で、北の牧場へ行った日は収入がない。
西の村へ行った日も、野菜をもらっただけだった。
今日も、このままなら収入はない。
「もう少し安いところ、あるかな」
宿代を下げられれば、その分だけ余裕ができる。
食事を終えると、エイルは宿を探してみることにした。
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最初に入った宿は、今泊まっているところより少し高かった。
二軒目は安い。
「一泊いくらです?」
金額を聞いて、エイルは部屋も見せてもらった。
狭い。
寝台と小さな棚だけ。
それ自体は構わない。
「荷物は部屋に置いていいですか?」
「ああ」
「長く空けることもあるんですけど」
「何日くらいだ?」
「仕事次第です。三日とか、五日とか」
「泊まってない日も部屋を取っとくなら金はもらうぞ」
「ですよね」
「荷物を預けるだけなら別だ」
「いくらです?」
宿の主人が金額を言う。
エイルは少し考えた。
遠出の間だけ荷物を預けて部屋を空ければ、その分はかなり安くなる。
「食事は?」
「別」
「洗濯は?」
「自分でやるなら裏で水を使っていい」
「お湯は?」
「金を取る」
細かく聞いていく。
今の宿より不便ではある。
ただ、安い。
「明日から空いてます?」
「一部屋ある」
「じゃあ、明日移ります」
決めた。
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今の宿へ戻り、主人に話す。
「宿、変えます」
「そうか」
あっさりしていた。
「もっと安いところ見つけたので」
「うちは安宿のつもりなんだがな」
「向こうはもっと狭かったです」
「なら納得だ」
主人は笑った。
エイルも部屋へ戻り、荷物を整理する。
学校の寮にいた頃は、部屋代を毎日考えたことなどなかった。
今は、寝る場所を少し変えるだけで、何日働かずにいられるかが変わる。
ただ、安ければ何でもいいわけでもない。
荷物を置けるか。
遠出の間どうするか。
食事はいくらか。
水は使えるか。
町で仕事を探しやすい場所か。
結局、宿一つ決めるにも考えることが多かった。
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荷物をまとめ終えたところで、まだ日が残っていた。
エイルは剣を持って外へ出た。
町の外まで歩き、人のいない場所を探す。
剣を抜く。
学校を卒業してから、まともに振る機会が減っていた。
荷運びでは身体強化を使う。
だが、剣は使わない。
構える。
一歩踏み込んで振る。
戻る。
もう一度。
何度か繰り返すうちに、少し動きが重いことに気づいた。
「鈍ってるな」
レオンと最後に打ち合ったときのことを思い出す。
あのときも負けた。
今やれば、もっと早く負けるかもしれない。
エイルは少し笑った。
身体強化を使って、もう一度構えた。
一人なので無理はしない。
基本の動きを繰り返す。
しばらくして剣を収めた。
帰ろうとしたところで、街道から声をかけられた。
「兄ちゃん」
振り返る。
荷車を止めた男がこちらを見ていた。
「剣使えるのか?」
「少しなら」
「護衛は?」
「まだやったことないです」
「そうか」
男はそれだけ言って、荷車を進ませようとした。
エイルが慌てて呼び止める。
「護衛、探してるんですか?」
「いや。明日、一人来られなくなっただけだ」
「どこまで行くんです?」
男が振り返る。
「西のミルダまで」
聞いたことのない名前だった。
「何日です?」
「二日。向こうで一泊して戻る」
「荷運びもします?」
「する」
「俺でもいいですか?」
男はエイルを見る。
「護衛としては数えんぞ」
また同じことを言われた。
「それでいいです。荷運びならできます」
「なら明日の朝、南門に来い。商会の名前は――」
「待ってください」
エイルは男を止めた。
「報酬と、食事と、泊まるところも聞いていいですか?」
男が少し黙った。
それから笑った。
「先にそこを聞くか」
「前の仕事で、聞いた方がいいって言われたので」
条件を一つずつ確認する。
二日。
食事あり。
寝床あり。
予定が一日延びた場合は追加あり。
荷運びが中心で、護衛は別に二人いる。
エイルは頷いた。
「行きます」
「じゃあ遅れるなよ」
「はい」
荷車が街道を進んでいく。
エイルはその背中を見送った。
朝には仕事がなかった。
一日探しても見つからなかった。
それが夕方、剣を振りに町の外へ出たところで、明日の仕事が決まった。
探したから見つかるとも限らない。
探さなくても、声をかけられることがある。
ただ、声をかけられたのは、腰に剣を下げていたからだった。
エイルは宿へ戻りながら、明日の行き先をもう一度頭の中で確認した。
西のミルダ。
今度は二日間の仕事だった。




