第百十八話 予定の外
翌朝、エイルたちは町を出る準備をしていた。
本来なら、今日中に最初の町へ戻る予定だった。
だが、行きの迂回でかなり時間を使っている。
「今日、戻れそうです?」
エイルが聞くと、御者が荷台の縄を締めながら首を振った。
「無理だろうな。途中の村まで行ければいい」
「やっぱり四日ですか」
「何もなければな」
最後の一言が少し気になった。
エイルが荷車を見ると、行きに積んでいた布や塩はなくなり、代わりに革や染料の入った樽が載っていた。
「帰りも荷物あるんですね」
「空で帰ったらもったいないだろ」
商人が答えた。
「こっちで仕入れて、向こうで売る」
「毎回そうするんですか?」
「できるならな。値段が合わなきゃ何も積まんこともある」
「今回は?」
「悪くない」
商人はそれだけ言って、荷の確認へ戻った。
エイルも反対側の縄を引いて確かめた。
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町を出てしばらくすると、昨日までの雨で道の端に水が残っていた。
橋が使えないため、帰りも迂回路を通る。
昨日より雲が多い。
御者が空を見上げた。
「降らなきゃいいけどな」
「雨だとまずいんですか?」
「この道はな」
商人が横から言う。
「荷車が通る道は、距離だけ見てりゃいいわけじゃない」
「道の広さとか?」
「それもある。雨、橋、坂、馬を休ませる場所、水を取れる場所。泊まれるところもだ」
エイルは前の道を見る。
歩くだけなら通れる場所でも、荷車では通れないことがある。
行きに壊れかけた橋を避けたのもそうだった。
「じゃあ、初めて行く場所って大変ですね」
「だから知ってる奴に聞く」
「昨日みたいに?」
「ああ」
しばらく進んだところで、向こうから一台の荷車が来た。
道が狭い。
互いに止まり、どちらが下がるか御者同士で話す。
結局、こちらが少し広い場所まで戻ることになった。
「これもか」
エイルが呟く。
「これもだ」
御者が答えた。
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昼前、小さな集落で馬を休ませた。
エイルたちも道端に腰を下ろして食事を取る。
パンを食べていると、商人は近くにいた別の荷運びの男と話し始めた。
「東の橋、どうなってる?」
「朝見た奴がいる。まだ荷車は無理だとさ」
「昨日から直してるんじゃないのか?」
「直してるよ。渡れるとは言ってない」
商人が苦笑する。
「じゃあ帰りもこっちか」
「明日なら通れるかもしれんぞ」
「明日はもういない」
話を終えて戻ってきた商人に、エイルが聞いた。
「毎回こうやって道を聞くんですか?」
「必要ならな」
「町を出る前に全部調べておかないんです?」
「調べたところで変わる」
商人は水を飲んだ。
「昨日通れた橋が今日壊れることもあるし、昨日駄目だった道が今日は通れることもある」
「じゃあ、直前に聞く?」
「聞けるならな」
「聞けなかったら?」
「自分で決める」
それだけ言って、商人は立ち上がった。
「そろそろ行くぞ」
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午後になると、本当に雨が降り始めた。
最初は小雨だった。
だが、しばらくすると道の土が柔らかくなってきた。
荷車の速度が落ちる。
「少し急いだ方がよくないですか?」
エイルが言う。
「急ぐと余計にはまる」
御者は馬の速度を変えなかった。
坂に差しかかったところで、前の荷車が止まった。
「どうした?」
「車輪が沈んだ!」
見ると、片側の車輪が泥に食い込んでいる。
エイルは荷車の後ろへ回った。
「押します?」
「その前に軽くする」
革の束と樽をいくつか下ろす。
濡らさないよう、布を敷いてその上へ置いた。
御者が板を持ってきて、車輪の下へ差し込む。
「エイル、後ろから押せ」
「はい」
身体強化を使う。
「行くぞ!」
馬が前へ出る。
エイルも荷車を押した。
車輪が少し浮き、また沈む。
「もう一回!」
位置を変える。
今度は商人も加わった。
「せーの!」
荷車が大きく揺れた。
車輪が泥から抜ける。
「出た!」
エイルは手を離した。
泥が服の裾まで飛んでいる。
「これ、洗うの俺ですよね」
「誰が洗うんだよ」
御者が笑った。
「ですよね」
下ろした荷を積み直す。
それだけでかなり時間を使った。
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村へ着いた頃には、辺りは暗くなり始めていた。
行きと同じ家に泊めてもらう。
夕食のあと、エイルは濡れた靴を火の近くで乾かしていた。
御者も隣で靴についた泥を落としている。
「明日、帰れます?」
「道次第だな」
「また延びることもあります?」
「ある」
エイルは自分の靴を見る。
昨日までなら、四日で終わると思っていた。
だが、今日の雨がもっと強ければ、ここにもう一泊することもある。
「四日でも報酬は同じでしたよね」
「ああ」
「五日になったら追加って聞きました」
「ちゃんと聞いてたんだな」
「そこは大事なので」
御者が笑った。
「なら次からは、出る前にもっと聞いとけ」
「何をです?」
「何日延びたら追加になるのか。飯はどこまで出るのか。途中で仕事がなくなったらどうなるのか」
エイルは少し考えた。
「途中でなくなることもあるんですか?」
「荷が届かなくて出発自体がなくなることもある」
「その場合、俺は?」
「契約次第だな」
「……それも聞くのか」
「聞きたきゃな」
学校で作った確認項目には、報酬や日数、食事、宿泊も書いていた。
だが、実際に働くと、その一つ一つにまだ続きがあった。
エイルは靴を火に近づけすぎないよう少し離した。
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翌朝。
雨は止んでいた。
道も、荷車が進めないほどではない。
「行けるな」
商人が決めた。
荷車を出す。
前日より慎重に進み、昼を過ぎた頃には広い街道へ戻ることができた。
そこからは速かった。
夕方前。
ようやく見慣れた町の門が見えてきた。
「戻った……」
エイルが言うと、御者が笑う。
「四日だぞ」
「三日って聞いて出たので、一日長いです」
「そのうち慣れる」
「慣れたくはないです」
商会の倉庫へ荷を運び、最後の荷物を下ろす。
商人から約束の報酬を受け取った。
エイルは硬貨を数える。
「本当に四日でも同じなんですね」
「最初にそう言っただろ」
「はい」
「嫌なら次は一日ごとに金を出す仕事を探せ」
「その方がよくないですか?」
「こっちがその条件で雇うとは限らん」
「ああ」
自分に都合のいい条件を出せば、そのまま通るわけではない。
エイルは硬貨を財布へ入れた。
「ありがとうございました」
「また人が足りなきゃ声をかける」
「お願いします」
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四日ぶりに宿へ戻る前に、市場へ寄った。
顔を覚えてくれている店を何軒か回る。
明日の仕事はなかった。
「明後日なら荷が来るかもしれん」
一軒でそう言われた。
「分かりました。また来ます」
宿へ戻る。
部屋に入ると、エイルは財布の中身を確認した。
町へ来たばかりの頃より、減り方はずっと緩くなっている。
仕事を紹介してもらえることも増えた。
遠出なら、食事や寝床を用意してもらえることもある。
それでも、明日は仕事がない。
明後日も「あるかもしれない」だけだ。
エイルは財布をしまい、泥の残った靴を脱いだ。
「先にこっちだな」
明日の仕事より先に、まず靴を洗わなければならなかった。




