第百十七話 続く仕事
翌朝、エイルはいつも通り市場へ向かった。
西の村で聞いた話は気になっていたが、昨日の時点では相手が何なのかも、仕事になるのかも分からなかった。
まずは今日の仕事を探す。
最初の店では断られた。
二軒目も人手は足りていた。
三軒目へ向かおうとしたところで、後ろから声が飛んできた。
「おい、エイル」
振り返る。
以前、小麦袋の積み替えをした店の主人だった。
名前まで覚えられていたことに、少し驚く。
「仕事ですか?」
「そうだ。昼から荷が来る。一人足りん」
「やります」
「まだ金額も言ってないぞ」
「あ」
主人が笑う。
「そこは先に聞け」
「はい。いくらです?」
条件を聞き、昼から働くことになった。
仕事は夕方前に終わった。
賃金を受け取って帰ろうとすると、主人が呼び止めた。
「明日、暇か?」
「今のところは」
「知り合いの商人が南へ荷を運ぶ。人が足りんらしい」
「どこまでです?」
「町を二つ越えた先だ」
エイルは少し考えた。
これまでの仕事より遠い。
「何日です?」
「行って戻って三日。向こうで遅れなければな」
「泊まるところと食事は?」
「商人持ちだと聞いてる。詳しいことは本人に聞け」
「報酬は?」
主人から聞いた金額は、一日の荷運びを三回するより少し多かった。
しかも食事と宿代がかからない。
「行きます」
「じゃあ紹介する」
主人について市場の反対側まで歩く。
そこには荷車を確認している小柄な男がいた。
「こいつだ」
主人がエイルを指す。
「最近ここで何度か使ってる。力はあるし、言ったことは聞く」
エイルは少し嬉しくなった。
商人はエイルを見る。
「剣も使えるのか?」
「基本は習いました」
「実戦は?」
「学校の実習くらいです」
「護衛としては数えないぞ」
「はい」
「荷の積み下ろしと、道中の雑用だ。それでいいか?」
「大丈夫です」
「朝、東門に来い」
条件をもう一度確認する。
食事は商人側。
宿も商人側。
途中で予定が延びても、その分の食事と宿は出る。
ただし報酬は三日分で決まっている。
「四日になっても同じですか?」
「一日程度ならな」
「五日になったら?」
商人がエイルを見る。
「細かいな」
「お金がなくなると困るので」
「五日なら追加する」
「分かりました」
話が決まった。
翌朝。
東門には二台の荷車が待っていた。
商人が一人。
御者が二人。
それにエイル。
荷は布、塩、金物、それからいくつかの木箱だった。
「これ、何が入ってるんです?」
エイルが木箱を指す。
「食器だ。落とすなよ」
「昨日まで陶器運んでました」
「なら分かるな」
荷を固定し終えると、町を出た。
最初のうちは道もよかった。
昼頃になると、荷車の片方から変な音がし始めた。
御者が止める。
「車輪だな」
全員で確認する。
軸のあたりが少し緩んでいた。
エイルには直し方が分からない。
御者が道具を出して作業を始めた。
「何かします?」
「荷を少し下ろしてくれ。軽くしたい」
「はい」
エイルは指示された木箱を下ろす。
身体強化を使えば一人で持てる。
ただ、置く場所は選ばなければならない。
道端の土が柔らかいところを避け、平らな場所へ運んだ。
修理には思ったより時間がかかった。
「今日、着けます?」
エイルが聞く。
商人が空を見る。
「予定してた宿場までは無理だな」
「じゃあ?」
「手前の村で泊まる」
予定は初日から変わった。
夕方、街道沿いの小さな村へ入った。
宿というほど大きな建物はなく、商人が以前にも使ったことのある家に泊めてもらうことになった。
金は商人が払った。
夕食も出た。
エイルは食べながら、少し得をした気分になった。
「嬉しそうだな」
向かいに座っていた御者が言う。
「今日、食事代払ってないので」
「お前の報酬から直接引かれてないだけだぞ」
「え?」
商人が笑った。
「こっちはその分も考えて、お前に払う額を決めてる」
エイルは少し考えた。
「じゃあ俺がいっぱい食べたら?」
「限度を超えたら次から呼ばない」
「なるほど」
エイルは二杯目を頼もうとしていた手を止めた。
「食え。冗談だ」
御者が笑った。
翌朝。
村を出る前に、商人が何人かと話していた。
エイルは荷車の縄を確認する。
昨日緩んだ車輪も問題なさそうだった。
準備が終わった頃、商人が戻ってくる。
「今日は少し道を変えるぞ」
「なんでです?」
「先の橋が壊れかけてるらしい」
「昨日は通れたんですか?」
「知らん。今朝聞いた」
御者が嫌そうな顔をする。
「迂回するとどのくらい増える?」
「半日まではいかん」
「また遅れるな」
商人は肩をすくめた。
「荷車ごと川に落ちるよりいい」
道を変えることになった。
迂回路は狭かった。
荷車同士がすれ違える場所も少ない。
途中、向こうから来た別の荷車と鉢合わせになり、かなり手前まで戻ることになった。
昼を過ぎても、目的地はまだ見えない。
「三日で戻れます?」
エイルが聞く。
「厳しくなってきたな」
商人が答えた。
「四日?」
「たぶん」
昨日確認した条件を思い出す。
四日なら報酬は同じ。
食事と宿は出る。
一日多く働くのに、もらえる金は増えない。
「こういうの、よくあるんですか?」
「ある」
「嫌じゃないんです?」
御者が笑った。
「嫌でも道は短くならん」
商人も続ける。
「だから最初から余裕を見て値段を決める。毎回予定通りに終わると思ってたら商売にならん」
エイルは荷車の横を歩きながら頷いた。
予定通りなら三日。
でも、実際には車輪が緩む。
橋が傷む。
道が混む。
紙に書かれた予定通りに進まないことくらい、学校でも分かっていた。
けれど、一日延びれば、その一日を別の仕事に使えなくなる。
自分で働き始めると、その重さは前より分かりやすかった。
その日の夕方。
ようやく二つ目の町へ着いた。
荷車は市場の一角にある店の前で止まった。
店の主人が出てきて、商人と荷の数を確認する。
「遅かったな」
「橋が危ないって聞いて、南から回った」
「ああ、あそこか。昨日から修理に人が入ってるらしいぞ」
「もう始まったのか」
「まだ荷車は無理だって話だけどな」
商人が御者を見る。
「帰りも迂回か」
「明日の朝、もう一度聞いてからでいいだろ」
そんな話をしながら、荷下ろしが始まった。
エイルも木箱を抱えて店の中へ運ぶ。
行きの村で聞いた話と、この町で聞く話では少し違う。
橋が危ないというところまでは同じでも、こちらではすでに修理が始まっているらしい。
「エイル、次の箱頼む」
「はい」
呼ばれて、荷車へ戻る。
最後の箱を運び終える頃には、日がかなり傾いていた。
今日の仕事は、まだ終わっていない。
今夜の寝床を決めて、馬を休ませ、明日の帰り道を考える。
エイルは空になった荷車を見てから、商人たちの後についていった。




