第百十六話 西の村
翌日は朝から市場で働いた。
仕事は小麦袋の積み替えだった。
倉庫から荷車へ運び、荷車が戻ってくると今度は別の荷を下ろす。
単純な仕事だったが、昼を過ぎる頃には腕も背中も重くなっていた。
「兄ちゃん、力あるな」
一緒に働いていた男が言った。
「身体強化使ってるので」
「ずっとか?」
「重いの持つときだけです」
「そりゃそうか。ずっと使ってたら先に魔力が切れるな」
エイルは袋を荷台へ置いた。
学校にいた頃なら、身体強化を使って荷物を運ぶこと自体は珍しくなかった。
だが、仕事では速ければいいというものでもない。
周りと歩調を合わせないと荷が詰まる。
急いで積めば崩れる。
何度か注意されながら、夕方まで働いた。
賃金を受け取る。
昨日は一日歩いて収入なし。
今日は一日働いて収入あり。
分かりやすい違いだった。
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その翌朝。
エイルは西の村へ向かった。
二日前に聞いた、畑が荒らされているという話を確かめるためだ。
ただし、今回は北の牧場へ行ったときより少し準備を変えた。
宿を出る前に主人へ聞く。
「西のラウル村って、泊まれるところあります?」
「宿はなかったと思うぞ」
「じゃあ、日帰りできなかったら?」
「村の誰かに頼むしかないんじゃないか」
「飯を出してくれる店は?」
「知らん」
「ですよね」
昼食だけでなく、夕方まで足りる程度の食べ物を買った。
少し金がかかった。
それでも、村へ着いて何もないよりはいい。
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西へ向かう街道を歩き、途中から細い道へ入る。
村へ着いたのは昼前だった。
北の牧場へ行ったときと同じように、まず人を探した。
畑で作業していた女性へ声をかける。
「すみません。畑が魔物に荒らされてるって聞いたんですけど」
女性が手を止めた。
「ああ。それならドランさんのところじゃない?」
「ドランさん?」
「村の西の端。大きい納屋がある家」
「ありがとうございます」
教えられた通りに歩く。
大きな納屋はすぐに見つかった。
家の前では、年配の男が木の柵を直していた。
「ドランさんですか?」
「ああ」
「町で、畑が荒らされてるって聞いて来ました」
「町で?」
男が不思議そうな顔をする。
「誰から聞いた」
「この近くで荷車を引いてた人です。その人も、別の人から聞いたみたいです」
「なんだそりゃ」
「俺も詳しくは分からないです」
男は少し笑った。
「で、何しに来た?」
「魔物なら、退治する仕事がないかと思って」
「お前がやるのか?」
また同じところを聞かれた。
「一人で危ない相手ならやりません」
「正直だな」
「死にたくないので」
「そりゃそうだ」
男は柵から手を離した。
「畑は向こうだ」
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荒らされたという畑は、家から少し離れたところにあった。
土が何か所も掘り返されている。
葉を食われた作物もある。
エイルはしゃがんで地面を見る。
小さな足跡がいくつも残っていた。
「いつからです?」
「最初に気づいたのは五日前だ」
「毎日?」
「いや。最初の日と、その二日後。それから昨日」
「見た人は?」
「俺の息子が一度だけ。暗かったからよく分からんらしい」
「大きさは?」
「膝より低かったって言ってたな」
エイルは足跡を見る。
一匹ではなさそうだ。
ただ、同じ個体が何度も通った跡も混じっている。
「何か頼んだりしました?」
「誰に?」
「猟師とか、魔物を狩る人とか」
「まだだ」
エイルが顔を上げる。
「じゃあ、仕事あります?」
「いくらだ?」
今度はエイルが止まった。
「……いくら?」
「退治してくれるんだろ。いくらでやる?」
考えていなかった。
北の牧場では、すでに猟師が金額を提示していた。
今回は違う。
自分が金額を決める側だった。
「ちょっと待ってください」
「おう」
エイルは畑を見る。
何がいるのか。
何匹いるのか。
どこにいるのか。
どのくらい時間がかかるのか。
まだ何も分からない。
「今は決められないです」
「なんだそりゃ」
「何がいるのか分からないので」
「じゃあ調べてくれ」
「それは……」
エイルはまた止まった。
調べる。
どのくらい時間がかかる?
今日中に分かる?
森まで追う?
何も見つからなかったら?
「調べるだけなら、いくらもらえます?」
今度はドランが止まった。
「見るだけで金取るのか?」
「……駄目ですか?」
「いや、駄目とは言わんが」
二人で顔を見合わせる。
どちらも相場が分からなかった。
「こういうの頼んだことないんですか?」
「ない」
「俺も初めてです」
「知ってる」
「ですよね」
ドランが笑った。
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結局、その場では金額を決めなかった。
エイルは畑の周囲だけ見せてもらうことにした。
森へは入らない。
近くに残っている痕跡だけを見る。
畑を一周すると、北側の柵の下に穴があった。
「ここですね」
「穴?」
「たぶん、ここから入ってます」
柵の下の土が掘られている。
毛も少し引っかかっていた。
茶色。
エイルは触らずに観察する。
「分かるか?」
「たぶん小型です。でも種類までは」
少し離れたところにも穴があった。
こちらは古い。
畑の外側には草地があり、その先に林がある。
足跡は途中まで続いていたが、乾いた地面に入ると分からなくなった。
「追えるか?」
「俺には無理です」
「そうか」
「経験ある人なら分かるかもしれないですけど」
ドランは頭を掻いた。
「じゃあどうするかな」
エイルも考える。
「柵の下、塞いでみたらどうです?」
「また掘るんじゃないか?」
「掘るかもしれません」
「退治した方が早くないか?」
「何がいるか分かれば」
結局そこへ戻る。
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帰る前、ドランが野菜をいくつか持ってきた。
「持ってけ」
「え?」
「何もなしで帰すのも悪い」
「でも、俺、退治してないですよ」
「穴は見つけただろ」
エイルは野菜を見る。
「もらっていいんですか?」
「いらんなら置いてけ」
「いります」
受け取った。
金ではない。
だが、夕食にはなる。
「また荒らされたらどうします?」
「誰か探す」
「俺じゃなくて?」
「お前、退治できるのか?」
「相手によります」
「なら相手が分かってから呼ぶ」
「どうやって俺を呼ぶんです?」
ドランが黙った。
エイルも黙った。
町の宿は教えられる。
だが、エイル自身がいつまでそこにいるか分からない。
「……しばらくは町の宿にいます」
宿の名前を伝えた。
「分かった」
「でも、ずっとはいないかもしれません」
「その時は別の奴を探す」
「ですよね」
エイルは野菜を鞄へ入れた。
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帰り道。
今日も現金の収入はなかった。
ただ、食べ物は少し手に入った。
畑の穴も見つけた。
仕事になったのかと聞かれると、よく分からない。
エイルは歩きながら考えた。
北の牧場では、猟師の金額が高くて仕事にならなかった。
今回は依頼する側も、受ける側も金額が分からなかった。
学校では、仕事の条件を確認しろと習った。
報酬。
期間。
場所。
危険。
必要な道具。
それは今でも正しいと思う。
ただ、その条件自体が最初から決まっているとは限らなかった。
町へ戻った頃には、日が傾いていた。
宿へ帰る前に市場へ寄る。
「明日、仕事あります?」
顔を覚えてくれた店主が首を振った。
「明日はない」
「明後日は?」
「分からん」
「分かりました。また来ます」
今日は野菜。
明日はまだ何もない。
エイルは宿へ向かった。




