第十二話 襲撃
その夜。
エイルはなかなか眠れなかった。
目を閉じると、昼間に見たサナの魔術が浮かんでくる。
小さな火――ではない。
その火が灯る前。
魔力が集まるところまでは分かった。自分も毎日のようにやっている。
集める。
散らさないようにして、保つ。
けれど、サナはそのあと、すぐに杖へ流したわけではなかった。
何かをしていた。
エイルは布の中で右手を握り、少しだけ魔力を集めてみる。
集めて、保つ。
そこまではできる。
その先は分からない。
「……何してたんだろ」
「兄ちゃん」
隣から声がした。
「何?」
「うるさい」
リナが布を頭まで被っている。
「声出してないけど」
「ごそごそしてる」
「……ごめん」
「寝て」
「はい」
エイルも布を被った。
明日、もう一度サナに見せてもらおう。
そう思いながら目を閉じた。
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翌朝は、いつも通りだった。
トーマと朝飯を食べ、リナが豆を残してミラに怒られた。
そのあとエイルは柵の補修を手伝った。
昼になった。
午後になった。
ハインたちは、まだ人を増やすための話をしている。
森へ入るのは、その準備ができてから。
少なくともエイルは、そう思っていた。
夕方。
家の裏で薪を運んでいると、犬が吠えた。
一匹。
続いて、別の犬も吠える。
エイルは薪を抱えたまま顔を上げた。
遠くで誰かが叫んだ。
「東だ!」
一瞬、身体が止まる。
もう一度。
今度ははっきり聞こえた。
「灰牙だ!」
エイルの手から薪が落ちた。
直後、村の鐘が鳴り始める。
カン、カン、カン――。
いつもの鐘とは違う。
間を置かず、何度も打ち鳴らされている。
家の扉が勢いよく開いた。
「エイル!」
ミラだった。
「リナを連れて、ベルンさんの家へ!」
「父さんは?」
「いいから早く!」
その声で、エイルは走った。
家へ飛び込む。
リナが何が起きたのか分からない顔で立っていた。
「リナ、行くよ」
「どこ?」
「ベルンさんの家」
「なんで?」
「いいから!」
手を掴んで外へ出る。
村の中を人が走っていた。
畑から戻ってきた男。
子供の手を引く女。
杖をついた老人まで急いでいる。
みんな同じ方向だった。
ベルンの家。
エイルもリナの手を引いて走った。
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ベルンの家は、すぐに人でいっぱいになった。
「奥、詰めて!」
「子供はこっち!」
「まだ入るぞ!」
普段なら広く感じる家の中に、人が押し込まれていく。
壁際には老人たちが座り、子供は奥へ集められた。
誰かの肩がエイルの背中に当たる。
リナが服を強く掴んだ。
「兄ちゃん」
「いるよ」
「痛い」
「こっち来て」
少しだけ身体をずらし、リナを壁側へ入れる。
人が多い。
暑い。
それなのに窓は閉められていた。
扉の前へ机を運ぼうとする男がいる。
「まだ塞ぐな!」
別の男が止める。
「外に人が残ってる!」
扉が開くたび、人が入ってきた。
一人。
また一人。
エイルはそのたびに顔を見た。
トーマはいない。
ミラもまだ来ていない。
胸の奥がざわついた。
外へ見に行きたい。
でも、今ここを出てはいけない。
それくらいは分かっていた。
やがて、外から叫び声が聞こえた。
何を言っているのかまでは分からない。
その直後。
低い獣の声が響いた。
近い。
部屋の中が、一気に静かになった。
さっきまで泣いていた子供まで声を止める。
「……村に入ったのか?」
誰かが小さく言った。
「分からん」
「柵は?」
「知らん」
「何頭だ?」
「見えてない」
誰も答えられない。
エイルは扉を見つめた。
何が起きているのか、まるで分からなかった。
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突然、扉が開いた。
何人かが小さく悲鳴を上げる。
飛び込んできたのは、村の男だった。
片腕が血で濡れている。
「布! 何か布を!」
「怪我したの!?」
「俺じゃない!」
近くの女がすぐに布を渡した。
「誰?」
「ガンツだ! 外にいる!」
男は布を掴むと、そのまま出ていった。
扉が閉まる。
エイルはリナの手を握り直した。
「父さん?」
「違う」
「ほんと?」
「ガンツさんだって」
「父さんどこ?」
「……分かんない」
それしか言えなかった。
また、外で音がした。
木が割れるような大きな音。
続いて、何かが家のすぐ近くを走り抜ける。
床まで振動した気がした。
誰かが窓へ近づこうとする。
「やめろ!」
老人が声を抑えて怒鳴った。
「窓から離れろ!」
その男はすぐに引いた。
誰も外を見なくなった。
代わりに、みんな耳を澄ませる。
走る音。
人の叫び声。
獣の声。
金属がぶつかる音。
何の音なのか分からないものも混じっていた。
しばらくして、扉が開いた。
今度はミラだった。
「母さん!」
袖に血がついている。
エイルは立ち上がりかけたが、人が多くて動けなかった。
ミラがこちらを見つける。
「二人ともいる?」
「いる」
「よかった」
「父さんは?」
ミラの顔を見る。
すぐには答えなかった。
「外にいる」
「怪我してる?」
「分からない」
それだけ言うと、ミラはリナのそばへ来て抱き寄せた。
「大丈夫」
リナにそう言った。
けれど、その声は少し震えていた。
エイルは何も言えなかった。
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外で、今までで一番大きな音がした。
壁が震えた。
何人かが悲鳴を上げ、リナが両耳を塞ぐ。
エイルも思わず身体を縮めた。
その直前。
ほんの一瞬だけ、大きな魔力が動いた気がした。
昼間に感じたものとは比べものにならない。
「……サナ?」
小さく呟いた。
確かめる方法はない。
何が起きたのかも分からない。
ただ、そのあと。
低く、重い獣の声が響いた。
今まで聞こえていたものより、ずっと大きい。
部屋の中で誰かが呟く。
「何だ、今の……」
誰も答えなかった。
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どれくらい経ったのか分からなくなった。
外の音は続いた。
近づいたと思えば、遠ざかる。
しばらく静かになったと思えば、また叫び声が上がる。
その間にも怪我人が運び込まれてきた。
一人は脚から血を流していた。
もう一人は肩を押さえ、顔を歪めている。
「場所を開けて!」
「子供はもっと奥!」
エイルとリナは、さらに壁際へ押し込まれた。
何もできない。
何が起きているのかも分からない。
ただ、扉が開くたびに顔を見る。
父さんか。
違う。
また開く。
違う。
次も。
違う。
それを何度も繰り返した。
やがて、外の音が少しずつ減っていった。
最初は気のせいかと思った。
獣の声が聞こえなくなり、走り回る音も減っていく。
人の声だけが残った。
「追うな!」
外から声が聞こえた。
ハインだった。
「森へ行かせろ!」
そのあと、また静かになる。
けれど、部屋の中では誰も動かなかった。
終わったのか。
まだなのか。
分からない。
しばらくして、扉が開いた。
ベルンだった。
泥だらけで、服の一部が破れている。
「今は大丈夫だ」
最初にそう言った。
部屋のあちこちから、一斉に息を吐く音がした。
「灰牙は?」
誰かが聞く。
「逃げたのもいる」
「何頭いた?」
「まだ分からん」
「大きいやつは?」
ベルンが少し黙った。
「倒した」
それだけだった。
エイルはベルンの顔を見た。
何かがおかしい。
終わったはずなのに、ベルンの顔は全然緩んでいなかった。
ベルンが部屋の中を見回す。
「ミラ」
母が立ち上がった。
その瞬間、エイルの腹の奥が冷たくなった。
「トーマが怪我した」
ミラの顔が変わる。
「どこ?」
「北側だ。ドルクがついてる」
「どんな怪我?」
「脚だ」
ミラはすぐに動いた。
エイルも反射的に立ち上がろうとする。
ミラが振り返った。
「エイル」
その顔を見て、止まった。
「……リナといる」
「お願い」
「うん」
ミラは外へ出ていった。
エイルは追わなかった。
リナの隣へ座り直す。
「兄ちゃん」
「なに」
「父さん、死ぬ?」
エイルはすぐには答えられなかった。
大丈夫。
そう言いたかった。
でも、今は言えなかった。
「……分かんない」
リナの目に涙が溜まる。
エイルはその手を握った。
「でも、母さん行ったから」
リナは小さく頷いた。
エイルも扉を見る。
また、待つしかなかった。




