第百十四話 初めての稼ぎ
翌朝、エイルは昨日働いた店へ向かった。
店主は店先に商品を並べていた。
「おはようございます。今日は何かあります?」
「今日はない」
「明日は?」
「今のところないな」
「分かりました」
昨日一度働いたからといって、今日も仕事があるわけではない。
エイルは市場へ向かった。
何軒か聞いて回ったところで、穀物を扱う店から声をかけられた。
「午後なら人が欲しい」
「何するんです?」
「倉庫から麦袋を運ぶ。荷車二台分だ」
条件を聞く。
半日の仕事。
賃金も確認する。
「やります」
午後の仕事が決まった。
まだ午前中が空いている。
エイルは少し考えてから、鍛冶屋へ向かった。
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「これ、見てもらえます?」
腰の剣を外して渡す。
鍛冶屋の男が鞘から抜いた。
刃を見る。
何度か角度を変え、指で軽く確かめる。
「何に使った?」
「学校の訓練です」
「実戦は?」
「まだです」
「なら大した傷みはない」
男は剣を返した。
「研がなくていいんですか?」
「今はな」
「どのくらいで研ぐものなんです?」
「使い方による」
「欠けたら?」
「持ってこい」
「錆びたら?」
「その前に手入れしろ」
もっと明確な答えが返ってくると思っていたが、そうでもなかった。
エイルは手入れ用の油の値段も聞いた。
「これも金かかるのか……」
「当たり前だ」
「剣って持ってるだけでも金かかりますね」
「使うならもっとかかるぞ」
結局、今日は修理せずに済んだ。
店を出る。
まだ時間がある。
エイルは町の外へ向かった。
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街道から少し離れた空き地で、鞄から魔術のノートを出した。
昨日の夜にも少し確認したが、今日はもう少し動きながら試してみたかった。
まず身体強化。
形成。
発動。
軽く走る。
止まる。
方向を変える。
学校でも何度も使った術式なので、問題はない。
次に灯り。
昼なのでほとんど意味はない。
「これは今やっても分からないな」
消す。
別の術式を選ぶ。
風を起こす基本術式だった。
授業では紙や軽い物を動かす練習に使った。
形成して発動する。
草が揺れる。
もう一度。
今度は少し離れた場所へ向ける。
草が倒れ、すぐ戻った。
「旅で何に使うんだろ」
ノートには使い方まで全部書いてあるわけではない。
学校では術式そのものを学ぶために使った。
実際に外で生活すると、覚えた魔術の中でも便利なものと、使い道がすぐ思いつかないものがある。
エイルは次の頁を開いた。
簡単な加熱。
着火。
乾燥。
灯り。
身体強化。
風。
ほかにもある。
全部を順番に使ってみる必要はない。
「火は野宿で使えるな」
着火の術式を形成する。
地面に置いた小枝へ向けようとして、手を止めた。
周りを見る。
乾いた草がある。
「ここでやるのは駄目か」
学校なら、使う場所まで用意されていた。
外では自分で考えなければならない。
術式を消す。
その代わり、地面に小石を一つ置いた。
学校で習った、ごく弱い衝撃を与える術式を形成する。
発動。
小石が転がった。
「これなら大丈夫」
もう一度。
今度は少し離れた位置から。
小石が跳ねる。
三度目は外した。
「難しいな」
術式そのものは形成できている。
狙った場所へ使うとなると別だった。
もう一度やる。
今度は当たった。
エイルはしばらくそれを繰り返した。
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昼前になり、ノートをしまう。
最後に剣を抜いた。
素振りをする。
身体強化を使わずに何度か。
次に使って何度か。
学校でレオンと戦った時のことを思い出す。
身体強化が使えても、間合いや足運びまで勝手に良くなるわけではなかった。
魔術も同じなのかもしれない。
術式を作れる。
発動できる。
だから狙ったところへ、狙った瞬間に使えるとは限らない。
「そりゃ練習いるか」
剣を鞘へ戻した。
午後の仕事へ向かった。
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穀物店では、すでに荷車が用意されていた。
「遅れてないな」
「はい」
「これを積む」
麦袋を指される。
エイルは一つ持ち上げた。
重い。
身体強化を使う。
一気に楽になる。
二つ持とうとすると、店主に止められた。
「一つでいい」
「持てますよ」
「荷車の上で積む奴のことも考えろ」
「あ」
エイルが二袋まとめて渡せば、受け取る側が困る。
一つずつ運ぶ。
しばらくすると荷車がいっぱいになった。
エイルがさらに袋を載せようとすると、今度は御者に止められた。
「そこまで」
「まだ載りますよ」
「坂がある」
「坂?」
「重すぎると下りで止めにくい」
エイルは荷車を見る。
載せられる量と、運べる量は違うらしい。
「分かりました」
残りは二台目へ回した。
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夕方まで働き、半日分の賃金を受け取った。
昨日より少ない。
当然だった。
宿へ戻りながら、エイルは財布を確認する。
二日続けて稼げた。
それでも宿代と食事代を引けば、それほど残らない。
翌日は仕事が見つからなかった。
午前中は市場と運送商会を回った。
午後は宿の部屋でノートを読み、少し離れた空き地で魔術を試した。
次の日は朝だけ荷運び。
その翌日は一日仕事があった。
仕事がない日は、魔術の練習をする。
剣も振る。
町の外へ出る時には、学校で習った術式を一つか二つ実際に使ってみた。
灯りは便利だった。
着火も使いやすい。
風はまだ使い道がよく分からない。
弱い衝撃の術式は、止まっている小石なら当てられるようになったが、動く相手に使えるかは分からない。
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数日後。
市場で仕事を探していると、商人から声をかけられた。
「近くの村まで荷を運ぶんだが、手伝えるか?」
「何日です?」
「半日で行ける。荷を下ろして、明日の朝戻る」
「食事と寝るところは?」
「こっちで出す」
「報酬は?」
条件を聞いてから引き受けた。
町の外へ仕事で出るのは初めてだった。
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村へ向かう途中。
商人と御者、それにエイルの三人で荷車を進めた。
日が傾き始めた頃、御者が指を鳴らした。
小さな光が荷車の前に浮かぶ。
エイルが見る。
「灯り使えるんですね」
「これくらいはな」
「誰に習ったんです?」
「兄貴」
「ほかには?」
「身体強化と着火くらいだ」
「術式は読めます?」
「読めん」
御者は笑った。
「お前、学校出なんだって?」
「はい」
「なら俺よりいろいろ使えるだろ」
「使えるのはありますけど、外でどう使うかは今試してます」
「変なところで火だけ出すなよ」
「この前やめました」
「ならいい」
少し先で道が暗くなる。
エイルも灯りを形成した。
御者の光より明るかったが、その分、維持していると少し疲れる。
「明るすぎるな」
商人が言った。
「駄目ですか?」
「道が見えれば十分だ」
「ああ」
エイルは一度消した。
今度は学校で習った形を思い出しながら、必要以上に力を流さないように発動する。
さっきより弱い光になった。
御者が見る。
「変えられるのか?」
「少しくらいなら」
「便利だな」
エイルは光を見る。
学校では、明るく安定して出せればそれでよかった。
旅では、必要な明るさが違う。
そのまま三人で村へ向かった。
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村に着き、荷を下ろしていると、一人の男が商人に話しかけてきた。
「北の森の方で、羊がやられたらしいぞ」
商人が手を止める。
「いつ?」
「三日前だったかな」
エイルも聞いていた。
「魔物ですか?」
男がエイルを見る。
「さあな。狼かもしれん」
「どこの羊です?」
「ここじゃない。もう少し北の牧場だ」
「誰か見に行きました?」
「知らん」
エイルはそれ以上聞かなかった。
明日は商人と町へ戻る約束がある。
勝手に北へ行くことはできない。
ただ、場所だけは覚えておいた。
翌朝。
予定通り町へ戻る。
荷を片づけ、報酬を受け取った。
エイルは昨日聞いた話を思い出した。
北の牧場。
羊。
三日前。
魔物かどうかは分からない。
明日は、今のところ仕事がない。
なら見に行くことはできる。
エイルは宿へ戻ると、地図とノートを取り出した。
剣だけではなく、雨具と水、食べ物、薬を確認する。
それから魔術のノートも開いた。
森の近くへ行くなら、何が使えるだろう。
身体強化。
灯り。
着火。
弱い衝撃。
ほかにも学校で習ったものがある。
エイルは一つずつ見直した。
魔物と戦いに行くつもりはない。
まず、何が起きたのかを見に行く。
それでも町の外へ一人で行く以上、使えるものは確認しておいた方がよかった。




