第百十二話 村へ帰る
馬車に揺られて二週間。
見慣れた山が見えてきた。
「やっとだ」
エイルは荷台から身を乗り出した。
学校へ向かった三年前にも通った道だった。
あのときは、これから何が始まるのか分からないまま、ずっと外を見ていた。
今は逆だ。
学校は終わった。
これから何をするかは――まだ全部は決まっていない。
「降りるなら荷物忘れるなよ」
御者に言われた。
「はい」
エイルは鞄を背負い、馬車を降りた。
村まで続く道を歩く。
畑が見える。
家が見える。
遠くで農具を振っている人もいる。
そして、自分の家の畑まで来ると、トーマがいた。
「父さん」
トーマが顔を上げる。
「帰ったか」
「うん」
「卒業したのか」
「した」
「そうか」
それだけ言うと、トーマはまた畑へ目を戻した。
エイルは少し待った。
「それだけ?」
「何がだ」
「三年間学校行って、卒業したんだけど」
「知ってる」
「もうちょっとない?」
トーマは手を止めた。
「よくやった」
「うん」
「荷物置いてこい」
「そのあと?」
「手伝え」
「卒業した日くらい休ませてよ」
「卒業したのは二週間前だろ」
「そうだけど」
エイルは笑って家へ向かった。
---
久しぶりに自分の家で食べる夕食は、特別な料理ではなかった。
野菜の煮込みとパン。
干した肉が少し。
学校の食堂より種類は少ない。
それでもエイルは何度もおかわりした。
「そんなに食ってなかったのか」
「食べてたよ」
「ならなんでそんなに食う」
「家の飯だから」
トーマは何も言わなかった。
食事が終わる頃、トーマが聞いた。
「それで、どうする」
エイルはパンをちぎる手を止めた。
何の話かは聞かなくても分かった。
「しばらく、外で仕事してみたい」
「どこで」
「まだ決めてない」
トーマの眉が少し動いた。
「仕事は」
「それも、まだ」
「何も決まってないじゃないか」
「やりたいことは決まってる」
エイルは指を折った。
「護衛とか、採取とか、魔物の駆除とか。町を移りながら、そういう仕事をやってみたい」
トーマは黙って聞いている。
「学校で工房も商売も見たし、役所にも行った。面白かったけど、俺はもう少し色んなところを見たい」
「一人で魔物を狩るのか」
「最初から一人ではやらない」
「なら誰とやる」
「探す」
「……そこも決まってないのか」
「一人、会ってみたい人はいる」
エイルはガレスのことを話した。
バルガの知り合い。
魔物を狩りながら、護衛や採取もする。
十年以上そうして暮らしている男。
「会ったことは?」
「ない」
「どこにいる」
「分からない」
トーマがエイルを見る。
「父さん、今ちょっと呆れた?」
「ちょっとじゃない」
「でも、会えなかったら別の仕事探すよ」
「金は」
「学校に行く前にもらった分の残りと、学校で使わなかった分がある」
「全部でいくらだ」
エイルは答えた。
トーマはしばらく考える。
「それだけで何日暮らせる」
「町による。宿を使うと――」
エイルは学校で調べた相場を思い出しながら答えた。
食費。
宿代。
移動費。
道具の修理。
仕事が見つからない日も考える。
トーマは途中で口を挟まず、最後まで聞いた。
「そこは考えてるんだな」
「三年間勉強したから」
「少しは役に立ったか」
「かなり役に立ったよ」
エイルは胸を張った。
「計算も前よりできる」
「そうか」
「信じてない?」
「明日、肥料の数を数えてもらう」
「なんでそうなるの」
---
翌日から、エイルは村の仕事を手伝った。
畑に出る。
荷物を運ぶ。
壊れた柵を直す。
三年前までなら、言われたことをそのままやっていた。
今は作業を始める前に道具を確認する。
水をどこまで持っていくか考える。
荷物を一度に運ぶか、二回に分けるか考える。
トーマから、
「考えてないで早く持て」
と言われることもあった。
学校で習ったことが、全部そのまま役に立つわけではない。
それも分かった。
---
数日後。
エイルは村の外れにある畑へ向かった。
柵を直すためだった。
作業をしていると、隣の畑の男が声をかけてきた。
「学校終わったんだってな」
「はい」
「じゃあ村に戻るのか?」
「少ししたら、また出ます」
「何するんだ」
「まだ色々やってみようと思ってます」
「騎士とか?」
「騎士にはならないです」
「魔術師?」
「それも違うかな」
男が首を傾げる。
「じゃあ何になるんだ?」
エイルも少し考えた。
「まだ決めてません」
「三年も学校行ったのに?」
「三年行ったから、決める前にもう少し見たいんです」
男はよく分からないという顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
エイルも作業へ戻った。
---
その日の夕方。
柵の修理を終えて帰る途中、エイルは村の入口で馬車を見つけた。
町から来た商人だった。
荷物を降ろしながら、村人と話している。
「街道はどうでした?」
エイルが何気なく聞いた。
商人が振り返る。
「西側か?」
「はい」
「特に何もなかったな。雨で一か所ぬかるんでたくらいだ」
「魔物は?」
「見てない」
「そうですか」
すると荷物を受け取っていた村人が言った。
「北の林じゃ、昨日また鳴き声がしたらしいぞ」
商人が眉を上げる。
「何かいるのか?」
「さあな。猟師が足跡を見たって話だ」
「知らなかったな」
「街道から離れてるからな」
商人は少し考えたあと、荷物を運ぶ作業へ戻った。
エイルも家へ向かう。
学校の実習でも、似たようなことはあった。
知っている人と、知らない人がいる。
場所が違えば、入ってくる話も違う。
それ自体は珍しいことではない。
家に戻ると、トーマが道具を片づけていた。
「父さん」
「なんだ」
「俺、いつ町に戻ろうかな」
「もう行くのか」
「まだ決めてない。でも仕事探すなら、村にずっといても見つからないし」
トーマは道具を壁に掛けた。
「自分で決めろ」
「うん」
エイルも自分の道具を片づける。
三年前は、学校へ行く日が決められていた。
乗る馬車も決まっていた。
着けば授業があった。
今度は違う。
いつ出るのか。
どこへ行くのか。
何の仕事を探すのか。
自分で決めなければならない。
エイルは翌朝、町へ戻る馬車の日を調べることにした。




