第百八話 進路相談
三年目に入ってから、教室では進路の話をすることが増えた。
卒業後に家へ戻る者。
家業を継ぐ者。
商店や工房へ入る者。
役所の仕事を目指す者。
騎士団の試験を受ける者。
さらに学びたい分野を決め、専門の師や職場を探す者もいる。
同じ教室に三年近くいた生徒たちが、少しずつ別々の方向を向き始めていた。
---
「次、エイル」
ヴァレンに呼ばれ、エイルは教室の隣にある小さな部屋へ入った。
机を挟んで座る。
「卒業後について、何か考えていますか?」
「考えてます」
「何を?」
「それがまだ決まってません」
ヴァレンが少し笑った。
「では、そこから話しましょう」
机の上には一枚の紙がある。
これまで受けた授業や実習について書かれていた。
「まず、やりたくないことはありますか?」
エイルは考える。
「ずっと机に座ってる仕事」
「私の前で言いますか」
「あ」
ヴァレンは教師だった。
「先生の仕事が嫌って意味じゃないです」
「分かっています」
エイルは少し安心した。
「ほかには?」
「うーん……」
すぐには出てこない。
逆に、気になるものはいくつもあった。
魔術は好きだ。
身体を動かすのも嫌いではない。
魔物について知るのも面白かった。
商売の授業では、品物がどこから来て、誰を通って、どこへ行くのかを見るのが面白かった。
村へ行った実習も覚えている。
「一つに決めないと駄目ですか?」
「卒業したその日に、一生の仕事を決める必要はありません」
「じゃあ、いろいろやってもいい?」
「雇ってくれるところがあれば」
「そこか」
「そこです」
学校を出れば、授業ではない。
興味があるからといって、好きな仕事を好きなだけ試せるわけではない。
働くなら、相手にも自分を雇う理由が必要になる。
「エイルは、どんな仕事なら自分が役に立つと思いますか?」
「魔術は使えます」
「学校で習った範囲ですね」
「はい」
エイルは少し考える。
「身体強化も使えます。剣も少し」
「少し、という自覚はあるんですね」
「レオンにずっと負けてるので」
「それは比較する相手の問題もありますが」
「あと、歩くのは慣れてます」
「それは仕事を探すうえでは悪くありません」
「本当?」
「外を回る仕事なら」
エイルは少し前のめりになった。
「そういう仕事あります?」
「あります。ただし、何をするかはかなり違います」
ヴァレンは指を折っていく。
「商人の荷物に同行する仕事。各地へ品物を届ける仕事。測量や調査の補助。農地や山林を見る仕事。魔物の被害が出た場所で、詳しい者の補助をする仕事」
「魔物を倒す仕事も?」
「あります。ただ、それだけをして生活している人ばかりではありません」
エイルは頷いた。
魔物学でも聞いたことがある。
農作業をしながら、必要なときだけ周辺の魔物への対処を手伝う者。
狩猟や護衛をしながら、依頼があれば魔物も見る者。
魔術を使える者が同行することもある。
仕事の形は一つではない。
「俺、外を回る仕事がいいかもしれない」
「なぜです?」
「まだ行ったことない場所が多いから」
「なるほど」
「それに、村にいたときは、学校があることもよく知らなかったし」
エイルは少し考えて続けた。
「学校に来たら、知らない仕事もいっぱいあったから。もう少し見たいです」
ヴァレンは紙に何かを書いた。
「それなら、卒業後すぐに職種を一つへ絞るより、いくつかの現場を経験できる仕事を探すのもいいでしょう」
「そんな都合のいい仕事ある?」
「都合がいいかどうかは、働いてみないと分かりません」
「ですよね」
---
「ただし」
ヴァレンが続けた。
「外を回るなら、自分にできないことも分かっておいた方がいい」
エイルは顔を上げる。
「戦闘?」
「それもです」
「魔術?」
「それも」
「いっぱいあるな」
「三年学校へ通っただけで、何でもできるようにはなりません」
エイルは頷いた。
それはもう分かっている。
形成なら得意だ。
だが、知らない術式をその場で自在に作れるわけではない。
身体強化も使える。
けれど、レオンのように剣を扱えるわけではない。
魔物についても習った。
それでも、実際の森で教師より先に危険へ気づけるわけではなかった。
「だから最初は、経験のある人と働きなさい」
「一人で行かない?」
「少なくとも、危険のある仕事はそうしてください」
「分かりました」
「本当に?」
「分かってますよ」
「エイルは気になるものを見つけると近づくので」
「最近はちゃんと止まります」
「最近は、ですね」
「……前よりは」
ヴァレンは少し笑った。
---
「ところで、村へ戻ることは考えていませんか?」
エイルは少し考えた。
「帰りたいとは思います」
父も母もリナもいる。
村のみんなもいる。
「でも、すぐずっと村にいるのは違う気がします」
「ご家族とは話しましたか?」
「休みに帰ったときに少し」
「何と?」
「好きにしろって」
「お父さんが?」
「父さんも母さんも」
実際には、母は心配そうな顔をしていた。
父も「危ない仕事だけはよく考えろ」と言った。
それでも最後には、自分で決めろと言われた。
「なら、卒業までにもう少し具体的に探しましょう」
「どうやって?」
「それも次に考えることです」
エイルは首を傾げた。
「学校が仕事を決めてくれるんじゃないの?」
「紹介できるところはあります。ですが、全員分の仕事を学校が用意するわけではありません」
「じゃあ自分でも探す?」
「はい」
「どこで?」
ヴァレンが少し笑った。
「それを知らないまま卒業するのは困りますね」
「教えてください」
「次の授業でも扱います」
「今は?」
「まず、自分が何を探すのかを考えてください」
エイルは少し不満だったが、頷いた。
---
面談を終えて廊下へ出ると、カイが待っていた。
「どうだった?」
「まだ決まってない」
「俺も」
「カイ、店に戻るんじゃないの?」
「それもあるけど、別の店で働いてみるのもいいかなって」
「なんで?」
「うちのやり方しか知らないから」
エイルは少し驚いた。
「店って、店ごとに違うの?」
「違うだろ」
「何が?」
「仕入れる物も、客も、売り方も」
「へえ」
「商業の授業受けただろ」
「受けたけど、カイの家の店見たことないし」
「今度来いよ」
「遠い?」
「お前の村よりは近い」
「じゃあ行ける」
カイが笑う。
「卒業してからな」
---
その日の夕方。
寮へ戻る途中、エイルは校門の前で立ち止まった。
三年前。
ここへ来たときは、学校の中に何があるのかさえほとんど知らなかった。
今は、卒業したあとのことを考えている。
けれど、外の仕事については、まだ知らないことの方が多い。
「何してる?」
後ろからカイが来た。
「仕事のこと考えてた」
「決まった?」
「外を回るやつ」
「広すぎるだろ」
「俺もそう思う」
「じゃあもうちょっと考えろ」
「だから考えてたんだよ」
二人は寮へ向かって歩き出した。
どこで働くのか。
誰と働くのか。
どうやって仕事を見つけるのか。
まだ、どれも決まっていなかった。




