第百五話 最後の一年
休暇を終えて学校へ戻ると、エイルは三年生になった。
入学した頃には遠く感じていた三年目だったが、実際にその日を迎えてみると、特別なことは何もなかった。
いつもの門を通り、いつもの寮へ向かう。
部屋の扉を開ける。
「おかえり」
先に戻っていたカイが言った。
「ただいま」
エイルは荷物を下ろした。
「今年も店手伝った?」
「手伝った」
「俺も畑」
「毎年同じだな」
「でも今年は父さんに任される仕事増えたよ」
「成長したじゃん」
「カイは?」
「荷物運びと帳簿の確認」
「帳簿?」
「少しだけな」
エイルが笑う。
「学校でやってるやつだ」
「そう。前より親父の話が分かるようになった」
カイはそう言ってから、エイルを見る。
「で、お前は進路決めた?」
「まだ」
「やっぱりか」
三年生になっても、そこは変わっていなかった。
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始業の日。
七組の教室には、三年間見慣れた顔が並んでいた。
少し背が伸びた者。
髪型が変わった者。
声が低くなった者。
エイルも入学した頃よりずっと大きくなっている。
ヴァレンが教室へ入ってきた。
「三年目ですね」
黒板に大きく、
『三年』
と書く。
「この一年が、皆さんにとってこの学校で過ごす最後の一年になります」
教室が静かになる。
「三年目も共通の授業はあります。ただし、二年目より選択授業と実習の割合が増えます」
さらに今年は、卒業後の進路について教師と相談する時間も設けられる。
就職。
家業。
さらに学ぶ。
紹介を受けて働く。
選択肢はいくつもある。
「まだ決まっていない人もいるでしょう」
エイルは頷いた。
「今すぐ決めろとは言いません。ただし、卒業までずっと考えない、というわけにもいきません」
エイルの頷きが止まった。
横でカイが笑いをこらえている。
「何?」
「いや」
「笑ったじゃん」
「お前に言ってるみたいだったから」
「みんなに言ってるよ」
「そうだな」
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三年目の時間割を決める。
エイルが最初に選んだのは戦闘だった。
次に魔物。
そして魔術。
ここまでは迷わなかった。
問題は残りだった。
「また商業取るの?」
カイが聞く。
「取りたい」
「じゃあ取れば?」
「こっちも気になる」
エイルが指したのは、野外活動に関する授業だった。
街道や森での移動。
野営。
地図。
魔物との遭遇。
護衛など、街の外で働く際に必要になる知識を扱う。
「お前、それ好きそうだな」
「うん」
「じゃあ商業やめれば?」
「でも商業も面白い」
「二年経っても同じことしてるな」
結局、時間割と何度も見比べた末、エイルは野外活動の方を選んだ。
商業の授業そのものは外した。
「カイ」
「何?」
「分からないところあったら教えて」
「もう授業始まる前から人を使うな」
「だってカイ取るでしょ?」
「取るけど」
「じゃあ聞ける」
「金取るぞ」
「友達なのに?」
「商業を学んだ成果だ」
「それ違うと思う」
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六人の選択も、二年目よりはっきりしていた。
セレナは行政と法。
それに歴史や領地運営に関係する授業。
レオンは戦闘、護衛、野外活動。
ノアは魔道具と工芸。
カイは商業と会計。
ミナは文書と記録、それに教育に関する授業を増やした。
エイルだけは、まだ少し散らばっている。
「エイルは結局、何するの?」
昼休みにミナが聞いた。
「卒業したあと?」
「うん」
「まだ分からない」
「村に戻る?」
「それも考えてる」
父と一緒に暮らす。
畑を手伝う。
それは嫌ではない。
むしろ村は好きだった。
「でも外にも出てみたい」
「どこ?」
「分からない」
カイがパンを置いた。
「お前、分からない多すぎない?」
「だって行ったことないところいっぱいあるし」
「三年間学校通ってそれか」
「学校の周りしか見てないじゃん」
エイルにとっては、それが普通の答えだった。
二年目の実習で色々な仕事を見た。
その結果、これだ、と決まったわけではない。
むしろ知らない仕事がまだあることを知った。
「レオンは騎士?」
エイルが聞く。
「ああ」
レオンは迷わなかった。
「卒業したら試験を受ける」
「受かったらすぐ騎士?」
「すぐにはなれない。まず訓練だ」
「どれくらい?」
「所属先にもよる」
「大変だね」
「お前も戦闘の授業取ってるだろ」
「好きだから」
「ならもっと真面目にやれ」
「やってるよ」
「構えが崩れる」
「最近減ったよ」
「なくなってはいない」
話が進路から訓練へ変わった。
「また始まった」
カイが言う。
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三年目最初の野外活動。
担当はバルガだった。
「久しぶりだな」
一年目の野外安全訓練でも教わった教師だ。
ただし、今回は内容が違う。
バルガは地図を広げた。
「一年目は、安全に外へ出て戻るための基本をやった」
観察する。
共有する。
判断する。
帰還する。
あの頃、何度も聞いた言葉だった。
「三年目は、もう少し長く外にいることを考える」
地図には街道と周辺の村、森、川が描かれている。
「目的地まで二日かかるなら、どこで休む?」
エイルが地図を見る。
「ここ」
街道沿いの空いた場所を指す。
「なぜだ」
「目的地に近い」
「水は?」
「あ」
「食料は?」
「持っていく」
「馬は?」
「……草?」
「考えろ」
エイルは地図を見直した。
レオンが別の場所を指す。
「ここなら川が近いです」
「増水したら?」
レオンも黙る。
バルガは答えを教えなかった。
「一つだけ見て決めるな。外では、自分が必要なものを全部持って歩けるわけじゃない」
水。
食料。
天候。
道。
魔物。
野営できる場所。
一緒にいる人間。
考えるものが増えていく。
エイルは地図を覗き込んだ。
「先生」
「なんだ」
「これ、実際に行く?」
「ああ」
「二日?」
「最初は一泊だ」
エイルの顔が明るくなった。
「楽しそう」
「遠足じゃないぞ」
「分かってます」
「その顔は分かってない」
教室から笑い声が起きた。
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授業が終わったあと、エイルとレオンは廊下を歩いていた。
「護衛の授業もこんな感じ?」
エイルが聞く。
「似たところはある」
「面白そう」
「取ればよかっただろ」
「時間が重なった」
「またか」
「レオン、何やったか教えて」
「全部は無理だ」
「じゃあ面白かったところだけ」
レオンが少し考える。
「次は、護衛対象を連れて街の外を歩くらしい」
「いいな」
「お前は野営だろ」
「そっちもいい」
レオンが笑った。
三年目になっても、エイルは一つに決められていなかった。
ただ、卒業まではあと一年しかない。
そのことだけは、以前よりずっと近く感じられた。




