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理想物語と現実


『ディアナ王国の元に、天界から天使が人の姿に変えてもうすぐ誕生する』


怪しげな占術師が告げたこの予言自体は、実に馬鹿馬鹿しい妄言だと思っていた。

しかし、その続きを聞いた後、俺は只事では済まない事態が起こるのではないかと感じた。


『貴族ではなく、"特別な出自"の民から生まれる』


"特別な出自"と言えば聞こえが良いが、はっきり言えば、この国出身の人間ではない、謂わば異国の血を持つ者のことだ。

ただ、この国にいる異国出身と言っても、肌の色と質感が俺たちとは違う者については、街中に行けば全く珍しくない。何なら、商人としてわざわざこの国に働きに来るぐらいだ。

熱帯もしくは砂漠の国を治める国賓や王族については、外交の一環で数年に一度遊びに来るため、その国出身の者達は"特別な出自"に当てはまらない。


しかし、異国の血を持っていながら、他の者と違ってこの国には滅多におらず、特別という綺麗な言葉を用いられながら差別的な扱いを受けるのは、東洋人だけだ。


その東洋から来た人間から、聖女として迎え入れられるであろう子供が生まれる。おまけに、二年ぐらい前に東洋の国から逃げてきた娘がいるという噂がある。

強欲な貴族に見つかってしまえば、その娘は子を取り上げられ、酷い場合は貴族の慰み者か見せ物にされる可能性が高い。子供は子供で、"東洋人との混血"ということから、異端かつ悍ましい存在として、聖女として祀り上げられる裏で虐待を加えられるだろう。

そんな経緯で宮廷に連れて来られた聖女を、心優しいアレキサンドラが喜んで妃に出来るわけがない。そして、確実にそんな立場にある自分を責めるに違いない。


何とかこの予言が実行される可能性を止めたい。


「………あー…あの…」

「それならば今すぐ異国出身の妊婦を宮廷まで連れ出し、生まれてくる子供を聖女としてすぐに育てられるのではないか!?」

「それは大変名案ですなぁ、ガルシア侯爵!悍ましい東洋の血を引く者だとしても、この国の命運を握る娘を産むのであれば背に腹は代えられぬでしょう!」

俺が意見を述べるのを掻き消すかのように、でっかい声で妊婦を攫えと馬鹿なことを抜かしやがる奴等が現れた。

「何を馬鹿なことを言うんだガルシア侯!!何の根拠もない予言を信じて東洋人を平気で宮廷に引き入れるなど…!!」

「おや珍しい、いつもは騎士団長として何事も我観せずの貴方様が、東洋人を恐れているのですかぁ?」

「フローレス伯っ…!お前は便乗ばかりで自分でまともに考えることもできないのか!?」

ルイス・ガルシアと、そのおまけ野郎のフローレスがいるだけでも厄介なのに、二人と特別仲の悪い騎士団長のリカルド・ラズライトまで参戦してしまい、もう滅茶苦茶だ。

周囲も呆気に取られて手出しもできず、ただただざわつくしかできない。

「大体、出産が近いような妊婦を無理やり宮廷に連れ出すつもりなのか!!そこまでするならば性根が腐っているぞ!!」

「大丈夫ですよ!見つけた時には丁重にご案内するだけですから!」

「そう言う問題ではっ…」

「東洋の娘とはいえ、見目麗しければ私が()()を見てやるつもりで」


「そこまでにしろ、ルイス・ガルシアにダニエル・フローレス!」


馬鹿共とリカルドが揉め出した所で、国王陛下が一喝し、騒ぎを一瞬にして鎮まらせた。


「確かにこの予言通りに国が幸福に包まれるのであれば、大変素晴らしいことだ」

「で、ですからそれを実現させるために異国の血を持つ妊婦をっ…」

「それとこれとは話が違う。まずは身重の女性を無理やり連れて行くという論外な考えを今すぐ改めろ」

「ひいっ……!!は、はいっ…!」

口答えなどまともに出来ないぐらいの陛下の圧に、ガルシアとフローレスは完全に借りてきた猫みたいになった。

「それと…グレイ。ガルシアとフローレスが話す前に何か言いたげだったようだが、伝えたいことがあるなら話してみなさい」

「ッ!!は、はいっ!!」

まさか俺が喋ろうとしていたことも見られていたとは思わず、いきなりのご指名で俺は声が裏返りそうになった。

「そ、その…異国の血を引く者の中でも、東洋人が産んだ子供を引き入れるとなると、仮に陛下と殿下が受け入れたとしても、宮廷や民衆が容易に許すとは到底考えられません。悍ましい東洋人の血を持つ者を聖女として引き入れたとなれば、最悪の場合民衆の暴動が起こり得ると思います」

「ふむ…確かに、まだまだこの国では異国出身というだけで不審の目を向ける者は少なくない…その中でも忌み嫌われてしまっている東洋出身の者を受け入れれば、その他の異国出身の者達が中心となって不平等を訴えるのは当然のことだろうな」

所詮ガキの主張だからと、「その年齢でここまで考えられるとは」みたいなことを言われるかと思っていた。だが、陛下はまともに俺と対話してくださっている。それも、俺が話したいことを全部話せるように。

「はい。そしてガルシア侯とフローレス伯が先ほど話していたように、生みの親は悍ましい東洋の血を持つ…それだけでも忌避される上に、恐らく生まれてくる子供は"混血"の可能性が高い。この国で一番悍ましいとされる"東洋との混血の子供"を、果たして皆が聖女として受け入れるでしょうか?」


俺が最後まで話し終えると、皆ざわつき始める。そして、混血の子供が宮廷に来るかもしれない可能性を危惧して顔を顰める者も現れた。

東洋出身の者にとっては酷なことだが、綺麗事が罷り通らず、何の根拠もない迷信なんかで判断されてしまうのが、この貴族社会だ。


「っ……ジルコニア公の御子息の言う通りだ!!東洋人の…それも混血の者などこの神聖な宮廷に入れるなどあってはならない!!」

「そうだ!!何が『国が幸福に包まれる』だ!!東洋人との混血なんかを聖女にするぐらいなら、そんな幸せなどいるものか!!」

「そもそも!王太子殿下の妃となる方であれば、血筋の悍ましい女ではなく、もっと真っ当な血筋かつ高貴で清廉な方でなければ納得できませんわ!!」


迷信じみたことを極端に信じて反対し始める者もいれば、自分の娘をアレキサンドラの妻にしたい母親もしくは、妻になりたい令嬢など、様々な反対の声が湧き出した。


(俺は別に東洋人の混血だから入れるなとは言ってないし、あくまで受け入れられるのか?って聞いただけなんだが…本当に人の話を理解するのが下手な奴らだな)


呆れた目で騒ぎ立てる奴らを眺めていると、群衆の中を割ってきた親父が、なぜか前に出てきた。


「静粛に。我が愚息の質問にわざわざ温情をかけて耳を貸して下さった陛下が、まだお答えになっていないだろう。今から途中で一言でも言葉を発しようものなら、その時は覚悟するように」


怒鳴らずただ淡々と喋っているのに、顔も恐ろしく、声色があまりに冷たく厳しいせいで、皆震え上がっているようだ。家での親父を知っている俺からすれば、あんなものは全然大したことないのに。

しんとした空気の中で、陛下は気を取り直して口を開いた。


「グレイが先ほど言ったように、異国出身の者に対する風当たりはまだまだ強く、受け入れるとなれば当人にとっては危険の方が大きい」

やはり陛下は、単純で馬鹿な解釈をした奴らとは本当に大違いだ。否、もう比べるのすら烏滸がましい気がしてくる。

「それに…これから誕生する新たな家族と共に過ごす幸せを奪ってでも、私はこの国の幸福を手に入れたいとは思わない。なにより、望んで繋がりを持ったはずの親とその子供を引き離すなどという悲しく辛い想いだけは絶対させたくないのだ。それだけはわかってくれるな?ガルシアにフローレス」

「っ………はい…」

「仰る通りで…ございます……」

俺が言いたかったことを、国王陛下は全て優しい言葉に変換して伝えて下さった。

陛下は、たとえ異国出身だろうと、皆全て平等な存在して考えているのだ。だから俺は、陛下を国の主としてだけでなく、一人の人間としても尊敬している。

「リカルド・ラズライト。今回はガルシアとフローレスが悪いとは言え、騒ぎにならない程度の注意の仕方を心得るように」

「も、申し訳ございません…肝に銘じておきます…」

馬鹿どもとリカルドに注意を与えた後、陛下は王妃の方を向き、少しだけ柔らかい表情で声をかけ始めた。

「フローラ、すまない。このような騒ぎを起こすことになってしまって…」

「いいえ、何も問題はありませんわ。私はアレキサンドラとグランディエが遊んでいるのをずっと見守っていたので、正直途中からほとんど聞いてませんでしたの。うふふ」

「そ、そうか…それなら良かった…」

王妃陛下の人の親としても親近感を感じられるような発言に、張り詰めていた空気は和らぎ、柔らかく愉しげな笑いが響き渡った。


嵐が過ぎ去り、俺までどっと疲れた気分だ。だが、これでようやく宴を楽しめそうだ。


「ねぇねぇ、グレイ」

「ッ…!アレキサンドラ?何でここに…」

息つく間もなく、アレキサンドラが話しかけてきた。

「父上が仰ったから言えなかったけど、将来僕の妃になるかもしれない女の子が本当にいたら…母上みたいに優しくて、綺麗で、素敵な人が良いなって思ってたの…」

予言の内容が自分の妻になる相手の話だったからか、アレキサンドラ本人は思わず色々と想像してしまったようで、少し頬を赤らめていた。

その裏側で起こりうる危険のことなどまだ頭に浮かびもしない純粋さを目の当たりにして、俺は思わず笑みがこぼれた。

「……はは、それは随分と欲張りな王子様なことで」


和やかな雰囲気で終わりを告げた、アレキサンドラ誕生の宴の日。

あまりに馬鹿馬鹿しく危険で、実行しようとするのも禁じられた怪しげな占術師の予言もあったが、この宴をきっかけに占術師は宮廷から追い出され、個人の趣味の範疇を越えて国政にまで関わることになれば、処分が下されるようになった。


しかし、まさか10年以上の時を経て、この予言が重要な意味を帯びていたことを知る羽目になるなど、俺も誰も考えていなかった。




      ーーーーーーーーーーーー


占術師のせいで色々と騒ぎはあったが、なんとか無事に宴を終えることができた。

帰宅した後、母上は俺が陛下の前で意見を述べたことを褒めてくれたが、その後ろで親父は苦々しい顔をしていた。

まるで、「次は絶対あんなことするなよ」とでも言いたげだった。子供が口を出すこと自体が悪いことのように目で訴えられ、俺は珍しく褒められたのに、すぐに心底腹が立っていた。


(なんで親父は俺が何か言おうとするのを嫌がるんだよ…!兄上だったら許してくれたのか…?)


考えるまでもなく、どうせ兄なら許してくれるんだろう。

同年代だけでなく、親父を筆頭とした大人ですら逆らえないラルフとは違い、普段の振る舞いと謙虚さのおかげで、意見を述べても耳を貸してもらえるのは当然だ。

俺みたいな生意気なガキよりも、兄の方の話を聞きたいに決まってる。


そういう評価の差があろうと、兄は俺に優しいままで、ちゃんと話も聞いてくれる。

だからこそ、今は誰よりも兄に話を聞いてほしい。


そう思いながら、俺は兄の部屋に入った。



ガチャッ


「グレイ、母上から聞いたよ。陛下がとても褒めてくださったんだって?」


入った瞬間に、俺は予想外の言葉が聞こえて、俺は親父に苛立つ気持ちが一気に引っ込んだ。


「えっ…陛下が…?」

「グレイが怪しい予言に対して情勢とか世論を考えた上で意見を述べて皆を納得させたんでしょ?おかげで一人の人間を不幸な目に遭わせずに済んだって陛下が仰っていたそうだよ。やっぱりすごいよグレイは!」

兄上は嬉しそうに笑って、俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。何で陛下のことまで教えてくれなかったんだと、母上には一瞬思った。

それでも、段々と心の内側から生えていた棘は少しずつ解れて柔らかくなっていくのを感じる。

陛下が褒めてくださったことは、勿論嬉しいし光栄なことだ。これ以上名誉なことはない。


「……俺は…当たり前のことを言っただけだよ」


だが、俺は名誉以上に、兄がこうして褒めてくれることがもっと嬉しい。

子供が余計なことをするなと咎める親父とは違って、一人の人間として評価してくれる。所詮、いつもは野蛮な息子が珍しくまともなことを言ったという事実だけを褒める母上とは違って、その中身を見てくれる。


「まあそれ以上に、ガルシアとフローレスに喧嘩を売らなかったのは本当に偉いよ!いつものグレイなら人の神経を逆撫でする顔で煽って怒らせてたし、よく耐えられたね!」

「あれはリカルドが相手にしてたから入る隙がなかっただけで…!!つか俺のことなんだと思ってんだよ…ったく…」


褒めてるのか貶してるのか分からない言葉とともに、兄上は笑いながら俺の背中をバシバシと叩いた。


いつもこれぐらい元気なら良いのに。


兄が元気そうで幸せなはずなのに、俺の口から出た笑いは、少し乾いていた。



もしグレイがいなかったらミーシャはいずれレオン・グレイスに引き取られようがなかろうが、もっと酷い環境下にいたかもしれないってやつ。

グレイが少年期の頃の貴族達は特に「聖女」なんて聞こえの良い言葉で祀り上げておいて裏では平気で差別して虐める激ヤバ集団が多かったので。

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