今更取り戻せない
前半はシャーロット視点、後半はグレイ視点に戻ります
久々の宮廷は、華やかで心が生き返る。
ディーク様ではなく、アウィン様と結婚出来さえすれば、この世界が当たり前のはずだった。
(ああ…やはりディーク様で妥協するんじゃなかったわ)
夫であるディーク様は、私の出自と家の財力、ケレス帝国との繋がりの深さしか愛してくれない。その証拠に、私が宮廷で不当な扱いを受けても、庇いもしなければ宥めてもくれず、まるで気が利かない。結局、その夫との間に生まれた子供は、レイヴァンだけだった。
レイヴァンもレイヴァンで、優しいばかりでちっとも男らしくなく、王位を奪おうという野心にも欠けている。アレキサンドラに対抗するどころか、仲良くしたいと言い出す始末。一時は、私が産んだはずの子と他人の子を取り替えられたのではと疑ったほどだ。
ディーク様で妥協したせいで、私は華やかさから程遠い世界で生きることになってしまった。
本当は見目麗しい上に心優しく、男らしいアウィン様が良かった。アウィン様と結婚できれば、宮廷の華やかな世界で生きられたはずだった。
だからこそ、フローラのことが大嫌いでたまらなかった。音楽家のサンチェス伯爵の娘と、直系の王族であるアウィン様が、6歳という年齢差も含めて釣り合うわけがない。不釣り合いのくせにあの小娘はアウィン様に選ばれて愛され、私はディークで妥協して愛されない。
それだけでも気に食わないのに、アウィン様の妹にあたるオリヴィア様がフローラの味方につき、口には出さないが自身を敵視してくる。
アウィン様に選ばれたフローラだけじゃない。フローラの味方として私に敵意を向けるオリヴィア様も鬱陶しくて大嫌い。
ディーク様で妥協さえしなければ、こんなことにはならなかったと、何度も後悔した。
しかし、その二人は今はもういない。
フローラは約5年前に31歳、オリヴィアはアウィン様の後を追うように約1年前に38歳で亡くなった。アウィン様もいない中、アレキサンドラから王位を奪還するには絶好の機会だ。
王位を奪還できれば、やっと少しはディーク様を選んで良かったと思えるだろう。
それでも、まだ一人忌々しい女が残っている。
ジルコニア公爵夫人イザベラ。元の名をイザベラ・カルセドン。元々は、ディアナ王国の隣国であるウェヌス国の汚れ役を担う公爵家出身で、アウィン様の婚約者候補の一人だった。
結局アウィン様の婚姻の前にさっさと自身の出身と同じ汚れ役のジルコニア家に嫁いでいたが、あの女は昔からいちいち私に恥をかかせようとしてきた。私より11歳年上の大年増のくせに、ご自分より年若の娘を虐める悪趣味な女だ。
フローラやオリヴィアが消えた今、次はイザベラを排除したい。
私に散々恥をかかせてきたあの女に一矢報いてやりたい。
恥をかかされた中でも一番許し難かったのは、アウィン様がまだ王太子かつ未婚の頃のことだった。
アウィン様の誕生宴の時、拙いピアノなんかを披露したフローラに欠点を連ねて教えて差し上げた私に対して、イザベラは意図の読めないあの笑顔で言い放ってきた。
『わざわざ悪い点を教えて差し上げるなんて、貴女は本当にお優しいんですのね。その優しさをご自身にも向けられてはいかがです?それに…どうやら本日の貴女は耳のお加減がよろしくないようですから、宮廷医師に診て頂いた方が良いですわ』
自分の悪い点に目が向いていないと暗に言い放ち、おまけにフローラの演奏を理解できないほど耳がおかしい女扱い。
宮廷で公開処刑を受けた挙句、その日にアウィン様はフローラを王妃に迎えると宣言した。それも18歳を迎えるまで待っていたという純愛の美談付きで。イザベラは元婚約者候補の身として、フローラにこんなことを言っていた。
『フローラさん、心からの愛で結ばれたこのご縁、王太子殿下の地位や名声の下で驕ることなく是非大事になさいませ』
当てつけかと思った。
アウィン様に振り向いてもらえないため、ディーク様と結婚した私に対して。
ウェスタ国のインペリア公爵家に生まれたこの私に、イザベラが向けてくるあの目が腹立たしい。愛のない結婚をした哀れな女とでも良いたげな、冷え切ったあの薄紫の瞳が。
だからこそ、あの女に対して溜まりに溜まった恨みは根深い。
しかし、それも今日で終わりだ。
ディーク様が薬をアレキサンドラに飲ませれば、この不満な日々から解放される。
アレキサンドラはじわじわと毒に蝕まれ、時期に死を迎えることだろう。そうなれば、ルベウス派に寝返る者も増え、サッピールス派を一掃できる。まずはその筆頭であるヴィクトワール公爵家と、ジルコニア公爵家を始末するべきだ。
(最後に勝つのは私なのよ…せいぜいあの世で指を咥えて、ルベウス家の一員である私の栄華を眺めていれば良いわ)
復讐心に燃えながら夢を思い描くうちに、ティーカップは空になっていた。
「今度はダージリンが飲みたいわ。あ、ついでにケーキもお願い」
「こちらのダージリンはいかがですか?私の実家で栽培している特製の茶葉が、貴女のお口に合うと良いのですが」
「ッ〜〜〜〜!?!?」
背後からにゅっと伸びた手に、私は驚きのあまり小さく悲鳴を上げそうになった。黒い手袋に包まれた手は、私のティーカップに紅茶を注いでいる。
「っ………ぁ……ジルコニア公……夫人………?」
「ああ、驚かせてしまって申し訳ございません。紅茶を味わいながらで結構ですので、少しお話しさせてください」
「は……話………?」
イザベラはいつも、底の見えない笑顔で私の平穏を邪魔してくる。昔から何一つ変わらない。
またこの女は、私に恥をかかせに来たのか。
身構える私に、イザベラが笑顔のまま紙を見せつけてきた。
私とディーク様に対する、『逮捕状』を。
「………………へ?」
「先ほど、ルベウス公爵が国家反逆罪並びに毒殺未遂の罪で逮捕されました。ルベウス公夫人、貴女は夫に加担し、王位簒奪を目論んで今回だけでなく以前もアレキサンドラ国王陛下に毒を盛ろうとした。その毒薬の依頼元である薬草を栽培するアルマディア子爵家は罪を認めていますので、言い逃れをしようとしても無駄でございます」
嘘だと言って欲しい。
何故、国家反逆罪や毒殺のことだけではなく、依頼元まで知られているのか。
ディーク様が失敗したことも、アルマディア家が裏切ったことも信じたくない。
「っ………わ、私は毒のことまでは何も知りませんでしたわ!!アルマディア家なんて聞いたこともありませんし…!」
「名前も知らないだなんて…ご子息が聞いたらさぞ悲しむことでしょう。危険な恋に身を投じてでも愛した女性にそんなことを言われたら…ねぇ?」
「っ!?!?そんな男の妄言を間に受けないで頂戴!!私は知らないって言ってるでしょ!?」
「まあ…そんなに知らないと仰るなんて…もしや記憶力に支障が出ているのではありませんか?」
「人を年寄り呼ばわりしないで!!!知らないったら知らないのよ!!!!」
年寄り扱いしてきて、心底腹が立つ。
しかし、そういうことにしなければ、私は国家反逆罪だけでなく別の罪を背負うことになってしまう。
そもそも、アルマディア家の息子が悪い。私はそんなつもりではなかったのに、向こうから金髪と赤い瞳を持つ美しい顔で迫って来たのだ。ディーク様が私を置いてアルマディア子爵と遊びに出かけたせいで、夜が明けるまで翻弄されてしまった。
「不貞についてどれだけ知らないと仰ったところで、国家反逆罪が立証されている時点で逃げられないのです。罪を認めれば少しは罰が軽くなると思いますが、いかがでしょうか?」
「っ……違う………違うっ…!!違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!!私は無関係よ!!!私は悪くない!!!何も悪くないのよぉおおおおおおおっ!!!!!!!」
私はなにも悪くない。
私はただ、ディーク様に協力していただけだ。
そんなつもりじゃなかったのに、アルマディア家の息子が迫って来たからこうなっただけだ。
この場から逃げたくて、私は人を押し退ける形で一目散に駆けようとした。
だが、ドレスが重くて思うように身体が進まない。そのうち、足がもつれて床に体を打ちつけてしまった。
イザベラは、私が起き上がれないようドレスを踏みつけながら、両腕を拘束してきた。
「ぐっ…!!ぅうっ…!離しなさいっ…!離しなさいよぉっ!!!」
「本当に哀れな方。はなから身の丈に合わない地位を求めて手に入れた夫は能力も甲斐性も無しのろくでなしで、貴女は美しく着飾る事でしか価値を見出せない。醜い親から生まれてもなお高潔であったレイヴァン様には、もう二度と会えないの」
「なっ……!!汚れ役の夫しか持てなかった負け犬の分際で私を醜いですってぇええっ!?!?」
「何者でもない野良犬だからと煩く鳴かないでくださる?シャーロット様…いえ、シャーロット・インペリア。ただの醜い承認欲求の塊の分際で私の息子達を苦しめるだけでなく、ご自身の息子のことなどまるで気にしないその有様…どこをどう見ても醜いとしか言いようがない」
レイヴァンのことを持ち出され、ぎくりとした。ディーク様で妥協した後悔を考えた時以外、全く頭に無かったなど口が裂けても言えない。
「っ…!!わ、私は私なりにレイヴァンをっ…!」
「子供を平気で利用しようとした母親が、二度とそんな口を聞くんじゃないわよ。貴女には相応の報いを受けてもらうから、せいぜい明日の朝日を拝められるよう祈っておくことね」
ああ、これが"ジルコニアの毒蛇"ですら恐れる魔女…イザベラの真髄か。
穏やかに見えるはずの薄紫色の瞳には、毒蛇よりもさらに危険な猛毒が孕んでいる。一度見つかれば、絶対に離してはくれないほど絡みつく執着。
いつから、私はその恐ろしいものを向けられていたのだろうか。
怖い。
怖い、怖い。
ここから逃げたい。
身体の震えが止まらない。
こんなことになると分かっていたら、ディーク・ルベウスで妥協しなければ良かった。
(私は…ディーク・ルベウスに騙されただけ……だから私は悪くない………なんで私だけ……悪い方ばかり注目されるのよ…!こんなの許せない……許せない………)
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「………ということがあったんだ。ジルコニア公爵は、ずっとルベウス家の罪を明らかにする機会を窺っていたみたいだよ」
「っ………」
事の顛末を聞き終えた俺の心境は、正直言って複雑だった。
あの恐ろしい母上に睨まれたシャーロットには、ほんの少し同情した。否、レイヴァンのことなど考えもしていなかった母親失格人間にはあれぐらいの恐怖を植え付けられる方が丁度良いのかもしれない。
断罪については、昔なら素直に喜ぶことができた。
兄上に対して犯した罪が明かされ、ディークが逮捕される。それを果たすのが自分の手ではなく、親父によるものだとしても。
家出をした頃の俺は、すぐに兄上のことでディークを訴えたいばかりだった。そして、復讐に進みたいのに兄上の手紙を読んでくれない親父に苛つくだけで、どのようにして復讐を遂げるかの見立てが甘かった。
大人になった今、気づいてしまった。
仮に当時の親父が兄上の手紙を読んでいたとしても、親父は確実に仕留める機会を見定めるため、敢えてすぐに行動しなかっただろう。
あの時の俺は、ジルコニア家次期当主としての自覚すらないクソガキでしかなかった。
出来ることなら、本当なら兄の無念を晴らすのは俺がやりたかった。その願いが叶わなかったのは、当時の俺に欠けていた冷静さや、直情的に動こうとして先の見立てを考えられなかった甘さが招いたことだ。
今更後悔しても遅い。
俺はもうジルコニア家と決別したのだ。
今はただ、兄上の無念が晴らされたことを喜べば良い。
「……ひとまず、宮廷が落ち着いたならあとはアレキサンドラの王妃を探すんだろうな」
「そうだろうね。王位継承の問題がひと段落着いても、まだまだ僕も安心できない状況に変わりはない。気を引き締めて行くよ」
なるべく実家の話から逸らそうとして始めた、アレキサンドラの王妃候補問題。
この問題についても、まだまだ一悶着ありそうだ。
(まあ…グレイス家には関係ないことだ)
次回、アレキサンドラの王妃探しとその結末。




