最善に追い詰められて
アレキサンドラ視点
ルベウス家を筆頭としたルベウス派の貴族達が一掃され、王位継承争いにはひとまず決着がついた。
問題は一つ落ち着いたものの、次はアレキサンドラの王妃探しが始まった。
元々は、ケレス帝国のエメロード公爵の娘マリアンヌで決まっていたはずだった。しかし、一年前にディークが万が一の時のために頼まれて後見役の権利を移されたインペリア家が働きかけたことにより、今はレイヴァンの妻となっている。
要するに、最後の最後にディークに先を越されたことで、今現在アレキサンドラの王妃問題が発生してしまったと言える。
そのため、現ヴィクトワール公爵の義理の妹ルイーズが最有力になっていた。だが、ルイーズをグランディエの妻としたいラルフの意向により、それも取り下げとなってしまった。
ラルフとしては、王族同士の繋がりを求めても、国王と婚姻をさせてしまえば、多大な権力集中で自身が反感を買うリスクを減らしたいと考えていた。王族同士の繋がりを強化しつつ反感を抑えるために、ルイーズをグランディエの婚約者にしたのである。
そこで第一候補として上がりかけたのは、地位と騎士団との繋がり強化の目的でラズライト家のソフィアだった。
しかし、ソフィアには婚前交渉の事実と激しい男遊びという悪点がある。その点を黙認するとしても、王妃としての務めを何一つ果たそうとせず、今は男遊びで収まっている快楽主義も最悪の場合は贅沢三昧へと悪化する可能性も危うい。
以上の事実や可能性を考慮し、ソフィアも王妃候補からは外れることとなった。
このような経緯により、現在の第一候補は、アイリス家のユリアナが挙がっている。今は12歳のため、結婚までは数年待つ必要はある。
だが、アイリス伯爵はサッピールス家第一主義かつ、地位や役職を踏まえても釣り合いが取れている。なにより、他の候補に比べてリスクが低いのが良点である。
他の候補の中の第二候補は、ジルコニア家の親戚にあたる年頃の女性。地位は申し分なく、両親だけでなくエドワード自身やその他の親戚に渡り、万が一のための後ろ盾に不足はない。
しかし、ジルコニア家も王族の外戚にあたるため、王族同士の権力の集中化を招く危険性は否定できない。ヴィクトワール家も同様の理由があったことにより、最有力候補だったルイーズをグランディエの婚約者として挿げ替えられた。
第三候補は、ルベウス家の派閥に属していた、グレナデン伯爵家の娘リナリア。婚姻相手としてはサッピールス派から反感を買う、ルベウス派に機密情報を横流しされるなどのリスクが多々ある。
それでも候補として挙がったのは、ルベウス派に対する牽制が一番の理由である。しかし、もう一つの理由は、第一候補のユリアナと違い、リナリア自身がアレキサンドラと同い年になるため、すぐにでも婚姻を結ぶことができるということあった。
ルベウス夫妻が国家反逆罪で投獄されてから一か月が経つ7月半ば頃、アレキサンドラにとっての人生にかかわる王妃を決める時が迫っていた。
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「やはり第一候補のユリアナ嬢が婚姻可能な年齢になるまで待つのがよろしいかと」
「たしかに、アイリス伯爵家であれば地位も申し分無い上に他の候補よりはリスクが低いだろうな。アイリス伯爵自身はサッピールス家…その中でもアレキサンドラ国王陛下の信者と言って良いほど第一主義の方だ。万が一の心配もない」
「なにより、ユリアナ嬢はまだ今年13歳の少女ではありながら、類稀なほどの美しい令嬢だ。皆もそう思うだろう?家柄も当人の将来性も期待できて文句も出るまい」
この話し合いにいる者達は、全員侯爵以上の地位を持つ者や、成人した子息ばかりである。そこに該当しない者や候補の親兄弟は、王妃に関する重要な決め事には関われない。
ユリアナ・アイリスを推す者達は、内外含め権力の集中化を防ぎたいという思いが強い。ユリアナ嬢の父親であるアイリス伯爵はこの場にいないながらも、同様の気持ちが無いかと問われれば否定は出来ないだろう。
それだけなら理解できるが、一部にはユリアナ嬢の将来の美貌を期待している者もいる。自分自身が結婚するわけでも無いのに、年端もいかない少女相手に鼻の下を伸ばして想像を膨らませるその様は滑稽としか言えない。
いくらユリアナ嬢が美しかろうと、向こうが結婚できる15歳になった頃の俺は21歳を迎えている。父上や母上のように、恋心を抱く前から互いに知った仲であればまだしも、俺はユリアナ嬢のことをよく知らないため、歳の差がどうしても引っかかってしまう。
「地位的な釣り合いを持たせるなら、アイリス伯爵家ではなくジルコニア家の親戚である令嬢の方が相応しいだろう。特にジルコニア公の従弟であるフェルドス公爵のメアリー嬢が、歳も地位も釣り合いが取れている」
「だが、ジルコニア家は王家の外戚だ。王族同士の権力が集中するのは避けたい」
「それ以前に…メアリー嬢は美しい令嬢ではあるが、公爵領では我儘で高飛車な悪女だと言われているようだ…女は弁が立つと角が立つと言いますし…」
第二候補であるメアリー・フェルドスは、グレイの又従姉にあたる令嬢だ。
最後に会ったのは。お互い13歳ぐらいの頃だった。ジルコニア家の先祖から通じる真っ白な美しい髪と、薄い赤色の瞳を持っている。顔つきがどことなくグレイに似た雰囲気だったため、よく覚えている。
しかし、メアリー嬢はグレイと違って全く優しくなかった。グレイのたまに出る意地の悪さが常に発揮されているような性格で、幼い頃は散々泣かされて笑われる度に、まだ元気だった頃のサミュエルに助けられていた。
国王としてではなく、俺個人の意見として述べるのであれば、メアリー嬢だけは本当に結婚したくない。異性関係にだらしなく、まともに公務をこなさない可能性があるからと外されたソフィア嬢の方が何百倍もマシだと言いたい。
幸い、ラルフが権力の集中を防ぎたいという最もな意見を述べてくれたおかげで、メアリー嬢の悪評が出て結婚の可能性は薄れている。
「第三候補であるグレナデン伯爵家のリナリア嬢についてだが、陛下は貴族の侍女に付けると仰っている。候補から外し、第一候補のユリアナ嬢で進めるのが良いかと」
ラルフが述べたリナリア嬢については、俺は結婚する気など無かった。
ルベウス派に属していたとはいえ、親に先立たれて後見もなく、その子供であるリナリア嬢には何の罪もない。せめて残されたリナリア嬢と、弟であるドルーゼの生活は保証したい。
そのために、リナリアは心優しい貴族の侍女、ドルーゼは国の兵士もしくは同じ家の執事として雇うつもりだった。ラルフもそれに賛同していたため、王妃候補として話が上がることなく済むはずだった。
しかし、他の心無い貴族共が、グレナデン家がルベウス家の派閥に属していたからこそ、ルベウス派に対する人質の一環としてリナリアと結婚することを勧めてきた。
ラルフは敵に属する娘との結婚などと大反対していたが、勧める者どもは使用人として雇うなどルベウス家への牽制として生温いと言ってくる始末だ。
埒が開かないということで、今回は候補に上がっている令嬢の中で、誰を王妃とするかの話し合いを設けたのだった。
恐らく今回の裏の本題である、リナリア・グレナデンの話がここから始まる。
「リナリア・グレナデンは、陛下ご自身の意思で一貴族の侍女にすると何度も言ってるだろう。忌々しきルベウス派に属していた者の娘との婚姻など断じてあり得ない」
「ラルフ様…そう仰いますが、ルベウス派に属する貴族はまだ隠れております。隠れた者どもに対する見せしめとして、リナリア嬢をと」
「だったら婚姻の前にその派閥に属する愚か者の始末をするべきだ。第一、王家に敵方の血が混ざるなどあってはならない!」
リナリアを勧める貴族に対し、ラルフは反対の意思を崩そうとしない。ラルフ自身、見せしめにする非道な思考よりも、王家に敵方の血が混ざることを嫌悪している。
ラルフの始末するべきだという言葉に、ガルシア侯爵はむっとした顔をしていた。
「その始末が何年もかかったらどう責任を取るのですか!?」
「だったら軍事部の統括であるガルシア侯!お前が指揮を出してルベウス派に属する貴族の一人や二人を今すぐ捕えるぐらいしろ!!」
「そっ…それが出来ましたら苦労しませんぞ!!何も知らずに口出しはしないで頂きたい!!!」
ラルフについては言い方があるというものだが、ガルシア侯は単純に自分が働きたくないだけだろう。実際、この男が前軍事部統括から指名されて以来、裏では結局元騎士団長であるリカルドが未だに口を出さざるを得ない状態だ。
最早リナリア嬢自身のことよりも、ルベウス派に見せしめを行うか、敵方の血を混ぜたくないの二つの意見に割れている。
「それに!!リナリア嬢は国王陛下と歳の釣り合いもあり、メアリー嬢とは違い権力の集中化の心配は無いではありませんか!!地位の釣り合いも弟のドルーゼに伯爵位を継がせれば何の問題もない!!」
「そうです!!ガルシア侯爵の言う通りでございます!!なにより、リナリア嬢自身も他の候補の令嬢に負けず劣らずの美しさを持っています!ルベウス派にも牽制出来て、美しい妻をすぐに王妃に出来るのは陛下にとっても幸福なことでございましょう?」
ガルシア侯爵に便乗し始めたフローレス伯爵は俺の気持ちを勝手に代弁してきたが、俺は別に妻に美しさはそこまで求めていない。
「フローレス伯っ…!!相も変わらずお前は便乗ばかりだな!!情けないと思わないのか!?ルベウス派に牽制するというのであれば、いっそグレナデン家ごと処刑する方がマシだ!!敵方の血が混ざるよりずっとな!!!」
「っ!?ら…ラルフ……?お前……何を言って…?」
ラルフの言葉に、俺は耳を疑った。
俺の考えに賛同していたラルフは、リナリア嬢を王妃としたい者達を納得させるために動くはずだと思っていた。
しかし、そのうちにラルフの口から滑り出た言葉は、人質として牽制する以上に非道なものとしか思えなかった。
(っ………何の罪もないリナリア嬢や弟を犠牲にするわけにはいかない…!だが…今のラルフにリナリア嬢を一貴族の侍女とすると言っても…もう聞く耳は持たないだろう…)
今のラルフは、もうリナリア嬢を王妃とするぐらいならいっそ殺したいという考えだ。
ガルシア侯爵を筆頭とした、リナリアを王妃としたい考えの者達は頑なにルベウス派への牽制を譲ろうとしない。
(誰も死なずに済んで、皆が納得できて………国王として相応しい答えは………っ)
「っ……皆の者、王妃候補についての考えはよくわかった。それらを踏まえて、王妃を決めさせてもらう」
「おお!そのご決断をお教えください!!」
俺の婚姻のせいで、血が流れるのは嫌だ。
レイヴァンの時のように、もう二度と誰にも苦しんで欲しくない。
「俺は……リナリア・グレナデンとの婚姻を進めようと思う」
「っ!!では早速リナリア嬢に伝達を!!」
「ああ!これで基盤は整うぞ!!」
ガルシア侯爵を筆頭に、自分たちが推していたリナリア嬢を選んだと聞いた途端に喜びの色を隠せていない。
他の候補者を推していた周囲の者達も、半ば疲れを見せていて、もう決まったのなら誰でも良いとでも言いたげだった。
一人を除いて。
「…………………は?陛下…?ご自分が何を仰っているかお分かりなのですか…?」
「………何が言いたい」
「敵方の血が王家に混ざるぐらいなら…いっそ処刑の方がマシです」
「さっきから聞いていたが、処刑などと軽々しく口にするな」
「っ!!」
「私は…これ以上誰かに血や涙を流して欲しくない。侍女にすると言っても聞き入れてもらえない中で、処刑にはしたくなかった」
「ッ〜〜〜〜〜!!そんな生温い理由でっ…!!」
「だからこそ、この結婚はあくまで契約だということにしたい。俺が死ぬまで…彼女が望むなら王妃の務めを果たしたら、生活の補償をした上で自由の身にすると」
リナリア嬢には、非常に申し訳ないことをしているのは分かっている。弟のドルーゼからすれば、姉を人質にされたようなものだ。
しかし、先ほどの状況の中ではこうするしかなかった。
(グレイ…お前がこの場にいたら何と言っただろうか……)
『国王であろうと人の将来を勝手にお前らが決めるんじゃねぇよ』
そんなことを、グレイは言ったかもしれない。否、もうグレイはいない。考えたところで無駄だ。
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あれからラルフはずっと反対の姿勢を崩さなかったが、俺も折れずに何度も何度も説得して、渋々受け入れてくれた。
これで良かったのだ。
リナリアやドルーゼは死なずに済んだ。そして、契約結婚という形にして、リナリアには今後の自由を保証でき、ラルフ達にも納得してもらえた。
国王としても、本来ならこれぐらいの判断はやってのけて当然だ。人質の一環という考えは、この国の未来を担う王は多少冷酷になろうと考えるべきなのだろう。
俺は、国王として最善の判断が出来た。
そう思えば思うほど、心の奥が痛んで止まらない。
本当は、間接的に誰かに決められた相手と結婚するのではなく、父上や母上のように心から愛する人と結婚したい。しかし、こんな我儘を国王が考えるべきでは無いのだ。
父上が守ってきたこのディアナ王国を守るために、俺は最善の選択をし続けなければならない。
(ああ……また思い出してしまう…)
心が締め付けられる度に、グレイの存在以上に思い出してしまうことがある。
15歳で家出をした俺の心を救ってくれた、一人の少女を。
7月19日、アレキサンドラ・サッピールスとリナリア・グレナデンの婚姻が成立。




