毒の似合う男
ミーシャお嬢様が元気を取り戻し、やっと平和な日々を迎えてから2年半ほど時が経った。
俺も21歳を迎え、本来の身分であればとっくに妻がいてもおかしく無い歳である。そう考えれば、家出をしたおかげでそういうしがらみが無くて大助かりだ。
9月の終わりがけ特有の、茹るような暑さは少しずつ解放され、涼しさを感じられるようになる季節の中、ディアナ王国にとある号外が出た。
アレキサンドラから王位を奪おうとしたディークと妻シャーロット、ルベウス派に属する貴族共が、ついに国家反逆罪として投獄された。
国家反逆罪に関係する数々の証拠を、サッピールス派によって全て掴まれ、罰を受けることとなった。
首謀者であるディークは、処刑の内容として、ディークは毎日の食事に混ぜられた毒を摂取することになった。
その毒は、無味無臭で水とほぼ変わらないため、余程扱い慣れてる者でない限り、誰も気づけない代物だ。だからこそ、毎日決められた量を摂取すれば、じわじわと肉体を蝕んでいき、確実に死に追いやることができる。
ディーク自身、俺の兄上に同じようなことをしたのだ。これぐらい、当然の報いだろう。
妻のシャーロットはウェスタ国へ強制送還され、実家のインペリア家からは籍を外した上で終身刑となった。
その牢獄生活は、服役中の人間と関わることもなく、シャーロットとしては誰にも自分を誇示したりすることもできないまま、一人孤独に死んでいくことが確定している。あの承認欲求の激しい人間に孤独は死に等しいものだからこそ、このような刑罰になったに違いない。
ちなみに、ただ担ぎ上げられただけのレイヴァンは、ルベウス公爵家当主という地位は残されたものの、サッピールス家とは二度と関わりを持つことは許されない。本人がアレキサンドラに会いたくても、絶対に叶わなくなった。
ルベウス家に付いていた派閥に属する貴族は、家を次々と取り潰されて援助は不可能だ。レイヴァンは、母方の実家であるインペリア家に頼るか、密かに隠れているルベウス派を見つけるしかない。
レイヴァンには気の毒な話だが、ディアナ王国の平穏を守るためには、危険因子となりうる存在は排除しなければならない。あの親はどうでも良いが、レイヴァンだけはどうにか平和に過ごして欲しいものだ。
やっと宮廷の秩序が整い始めた中、旦那様から二人だけで話したいことがあると告げられた。
国の号外や、グレイス家が最近友好を築いているアイリス伯爵と旦那様の宮廷に関する情報共有以外で、俺に話しておくべきことがあるのだろうか。
話す場所として指定された旦那様の書斎には、誰も来ないよう周知されている。それは、宮廷に関する情報共有の時だけだ。
「グレイ…ルベウス元公爵と奥方が国家反逆罪として投獄された件なんだけど、きっかけはお見舞いに見せかけたアレキサンドラ国王陛下に対する毒殺未遂なのは知ってるよね?」
「………ああ、一度ならず二度もアレキサンドラに毒殺を仕掛けたこともバレたんだよな」
元ルベウス公夫妻は、二度もアレキサンドラに毒を盛ろうとした。一度目は給仕役一人の企てたこととして逃げられたが、二度もやろうとしたのは流石に馬鹿としか言いようがないと思った。
しかし、今回は使用した毒薬の内容まで明らかになっており、毒薬を使用したという事実ではなく、その内容と効果が反逆罪の決定的な証拠となったとのことだ。
「にしても、なんで内容と効果が全員無傷の状態で判明したんだろうな。ディーク・ルベウスがお見舞いとして薬を渡しただけなら、警戒はしても誰かしらは毒味ぐらいするだろ。もし毒だったとしたら、必ず死人が出る。死人が出ないのは妙な話だ」
「その毒なんだけど、君の兄であるサミュエルくんのご遺体から検出された毒薬と同じだったんだ。反逆罪の証拠を掴むためにジルコニア公爵が発見したそうだよ。毒味をする前に同一であることを証明したから、全員無傷でいられたんだ」
「は……?親父が………?」
ディークとシャーロット、ルベウス派の国家反逆罪を確実に立証させたのは、使用された毒薬だけではなかった。
完全な決定打となったのは、俺の兄上━━サミュエル・ジルコニアの遺体だった。
俺にとって一番驚愕だったのは、実家の自室に残した兄上の手紙と飲んでいた薬を、親父が捨てもせずにちゃんと確認し、反逆罪の証拠として取り上げたことだった。
親父は、俺の話などまともに取り合うわけがない。兄の手紙を残しても、読むはずがない。万が一国家反逆罪を暴くことになっても、自らの手ではなく、王命を受けて忠実に行うだけのサイボーグみたいな人間だ。
「グレイにとって信じられない話かもしれないけど、国家反逆罪の余罪として、君の兄に対する毒殺も暴くことができたんだ。君とってはもう縁を切ったも同然かもしれないけど、一応ご実家の話は聞いておいて欲しい」
「っ…………詳しく聞かせてくれ」
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ルベウス家が国家反逆罪として投獄されるほんの少し前の頃、アレキサンドラは偶然風邪で発熱があったため、その時は寝込んでいた。
国王であるアレキサンドラが不在の中、17歳になったことで国王の公務を代理で行えるようになったグランディエと、ラルフはその補佐で忙しく過ごしていた。宮廷内は国王不在による不都合と突発の仕事に追われ、侍女や従者がいるからと考えて誰もアレキサンドラにしっかりと意識を向けられていなかった。
その隙を突いたディークは、偽の使いをアレキサンドラによこした。王位継承争いが無くとも今まで病になろうと気にもかけなかった男がわざわざ使いをよこしたことで、当然警戒態勢となった。
しかし、ディークまでもお見舞いとして現れたことで、いくら敵対する者でもあくまでアレキサンドラにとっては叔父である存在を完全に無視するわけにはいかなくなった。
敵対していようと、この男は公爵位を持つ王族に逆らうことは許されない。相手にとって厄介なその立場を利用したディークは、アレキサンドラに接近した。
「国王陛下、お久しゅうございます。調子はいかがでございますか?」
「………叔父上…久しぶりだな……レイヴァンは元気か…?」
「息子は変わらずですよ。それより、熱が下がらないと聞いて心配になり、こうして参りました」
相変わらず、息子のレイヴァンに対する関心は薄い。自身が王位になるための道具としか見ていない。
ディークにはそう呆れながらも、アレキサンドラにとってはレイヴァンのことは気がかりであった。レイヴァンから王位に相応しいと言われた時に、我慢できず傷つけることを言ったことを後悔していたからだ。
しかし、その父親であるディーク自身がこうも関心が薄ければ、どうにも本心は聞けない。心配で来たと言いながら、アレキサンドラに会いたがるであろうレイヴァンは連れて行かないという始末。どうせ代わりにいるのは、王妃ヅラをしてもてなされようとするシャーロットだけだろう。
この夫妻にさっさと帰って欲しいアレキサンドラは、わざと大袈裟に咳をしてみせた。
「陛下!!大丈夫ですか!?」
「ゲホッ…!!ゴホッ…!だめだ…っ……近づいたら……叔父上に移ってしまう……」
だからさっさと帰れ。
そう言いたげに咳をし続けていると、ディークがなにやらゴソゴソと服のポケットを探る。
何を出すつもりなのだろうと、アレキサンドラだけでなく侍女や従者も警戒に入る。
「陛下、咳で苦しいのであれば、私が咳止めで使用している薬を分けて差し上げましょう」
ディークが出してきたのは、咳止めの効果があるという薬だった。
しかし、それをまんまと受け取るのは危険である。毒薬の危険があるため、毒味役に嚥下させようとした。
「ああ、いけません陛下。これは王族の者にしか受け付けぬ特別な薬でございます。ですので…」
「国王陛下の祖母マリア様の親族であるジルコニア家も、いわば王族に該当する立場。それと同じ薬をもらった我が息子には効かなかったようですが…それは一体何故なんでしょうか?ルベウス公爵」
氷のように冷え切った低い声が、ディークの背後に降りかかる。
聞き覚えのある声に恐怖を一瞬で感じたディークは、小さく悲鳴を漏らしてしまった。
ディークの背後に立っていたのは、鋭い目で睨みつけるエドワード・ジルコニア。
"ジルコニアの毒蛇"に睨まれたディークは、蛙のように怯えつつも、完全に威勢を失うのはプライドが許せず、なんとか睨み返しながら口を開いた。
「な、何をいきなり…王族というのは、あくまで我が父上の血縁の者であり、マリア様はただの婚姻相手でしかない。あくまでマリア様の血縁でしかない御子息に効かなかったのは当然のことでしょう?」
自身にとっては継母でしかないマリアを完全に見下しているディークは、屁理屈を捏ねることでしかエドワードに対抗できない。
「だいたい、今はこの薬の効果が通じるか通じないか話すべきではないだろう?いくら国王陛下が我が息子のために敵対する身とはいえ、今はただの可愛い甥でしかない。そんな甥のためにわざわざ薬を用意したというのに…水を差してまでこの好意を汚すとは……流石は『汚れ役』の名に相応しい方だ」
下卑た笑いでエドワードを馬鹿にするディークに、アレキサンドラは我慢の限界で今すぐ掴みかかろうとした。しかし、エドワードは気にするどころか、ディークに向けて冷笑を返してきた。
「っ!!何がおかしい!!貴様…!!私を馬鹿にしているのか!?」
「はなから貴方のその好意自体が汚れているのは分かりきっております。貴方が王族にしか効かないと申したその薬は、我が息子サミュエルの遺体から検出された毒薬の成分と全て同じで出来ていた時点で」
「ッ〜〜〜!?!?は…?いや、偶然飲んでいた薬が同じだっただけでしょう?それがサミュエル君にとっては毒だっただけで、この薬は国王陛下には効くに決まってる!!」
かつてサミュエルに渡した薬と成分が同一であると告げられ、ディークはあからさまに動揺した。そんなディークに出来ることは、薬の一致と現れる効果は関係ないという主張だけだった。
「検出されたその薬については、残されたサミュエルの手紙と契約書ではルベウス公から頂いたと書かれていた。契約書には直筆でサインまで書いてある。貴方の文書から筆跡を調べた結果、筆圧から書き癖まで一致していた」
「っ!?!?け、契約書……!?そんなもの…いつ……?はっ…!!そういえばあの若造…お礼を後でしたいから綴りを間違えないように俺に名前を書いて教えてくれと……っ」
エドワードが見せつけた契約書には、このような内容が記されていた。
『病による苦しみから逃れられた場合は、礼として褒賞を与える。その内容は問わない』
『但し、薬に問題があった場合は成分の調査を行い、譲渡した者は必ずその責任を負う義務が生じる』
ディークにとっては、何一つ見覚えはない。サミュエルから綴りを教えて欲しいと言われて書いた覚えはあったが、そのような文章は書いたときの紙には一文字も記されていなかった。
この契約書自体、サミュエルが特殊なペンと紙を使用して作ったものである。
ディークが名前を書いた時には真っ白だったその紙は、裏側に熱を与えると文字が浮かび上がるようになっている。文の構成によっては、後から書き足したと言われる可能性を防ぐためだった。
サミュエルは、折角だからとディークをもてなしている間に契約書を作成し、もてなしを受けて気が緩んでいるうちに、真っ白な契約書に名前を書かせた。
最初からディークが渡した薬が毒であることに、気づいていたから。
ディークはサミュエルのその考えにやっと気づいたが、時は既に遅い。サミュエルの罠にかかったとはいえ、譲渡を示す契約書に名前を書いた事実は変えられないのだ。
アレキサンドラも、この信用ならないディークの本性を明らかにするため、ある頼みをし始めた。
「叔父上…もし本当にその薬が私に効くのであれば、貴方が一度飲んで欲しい」
「…………は…?」
「王族である上に、貴方は先ほど咳止めとして飲んでいると言っていた。だから…」
「ッ……!!!何故飲まなければならないのです!!!私は病気ではない!!」
「ルベウス公爵、いや…ディーク・ルベウス。お前がどれだけ効果について喚こうが、すでに薬の依頼元である子爵家は白状している。もう言い逃れは出来ない。せいぜい覚悟しろ」
悪魔ですら怯えるほどの声色と、怒りを通り越して殺意すら感じさせる眼差しを一身に受けたディークは、ガタガタと震えながら、絶望したかのように手を床についた。
「あ…ああ……ぁああぁああああああッ!!!!ふざけるなっ…!!ふざけるなこの汚れ役風情がァッ!!!!野蛮なガキに卑怯者の若造をこの世に生み出しやがってぇえ!!!!」
「黙れッ!!叔父上がっ…お前がサミュエルを潰したせいで…グレイやエドワード達がどれだけ苦しかったか何も知らずにっ…!!お前のような愚か者はその身を持って罪を償え!!!」
エドワードを罵り合い、グレイやサミュエルにまで暴言を吐いたディークに、アレキサンドラはもう我慢の限界だった。
その心の中では、何度も自身を殺そうとしたディークへの怒りと、サミュエルやグレイが自身の側から消え去ってしまった悲しみ、レイヴァンまで苦しめてしまった後悔が混ざり合っていた。
ディークが連行されて行くまで、アレキサンドラの目からは涙が溢れ続けた。
こうして、ディークは国家反逆罪とサミュエルに対する殺人罪により、投獄を前提に連行されることになった。
しかし、ルベウス家に対する罪の露呈は、これだけでは終わらなかったのであった。
次回はマウント妻の番です。




