聖女と秘匿の真実
『聖女』について探る話
夕食を終え、皆が解散したところで、俺と旦那様は書庫に向かう。
「グレイ、書庫で何を調べるつもりなのかな?」
旦那様が、人気がなくなった所で俺に尋ねてきた。
「……貴族時代に聞いたことがある『聖女』について調べたい。アレキサンドラ様が6歳を迎えた時の誕生宴の時です」
「っ!!もしかして…ミーシャが……?」
「占術師の言ってたことだからあまり信用はしていないです。ただ…お嬢様の出生に当てはまることが多い上に、ここ最近不思議なことが起きているので、調べるだけでも価値はあるかと」
「…………そうだね…急に全部良質な作物になるなんて僕も不思議だった…その理由を知るためにも協力するよ」
もしお嬢様が、本当に占術師の言っていた『聖女』だったとしても、宮廷には絶対に報告はしない。
目的はただ、農作物の極端な豊作と、グレイス家にいる人間が全員健康になった現象の理由を確かめるために『聖女』について調べるだけだ。
読書好きの旦那様の書庫なら、『聖女』に関する情報が載ってる書物があるはずだ。実在したという情報で無くとも、創作物も『聖女』とは何かの参考にはなる。
(まあ…何もなかったら最悪占術師から借りるしかないが…)
辿り着いた書庫は、読書好きな旦那様らしくちゃんと整理整頓されている。
普段の書類整理には何故その能力が活用されないのかという内心の小言はさておき、『聖女』に関する情報がありそうな書物を旦那様と共に探していく。
まずは、正確性が高いディアナ王国自体の歴史書を優先的に探す。そこから、ディアナ王国建国と王家自体の歴史、『聖女』の預け先となるはずの教会に関する歴史書を抽出していく。
その次は、『聖女』を王太子に嫁がせるべきという予言があったように、王家に嫁いだ女性達についての伝記だ。もし『聖女』として嫁いだという経歴があれば、確実に記載はされるはずだ。
だからこそ、探す伝記は敢えて古いものにする。現在に近いものでは、黒塗りされるまでも無く最初から情報が載らないからだ。
占術師が宮廷から追放されたあの誕生宴の頃をきっかけに、『聖女』という言葉は検閲対象になっている。その時よりも前の年に書かれた伝記であれば、検閲後は黒塗りにしか出来ない。
黒塗り程度なら、無理やり剥がせば良い。
調べる書物を抽出し終え、俺と旦那様はそれぞれ担当する書物を読み進めていく。
まずは、サッピールス家の親元となるアダムス王家についてを調べる。根気のいる作業になるため、徹夜か翌日に回す可能性は高い。
しかし、何故か俺も旦那様も疲れた表情をしていない。これもお嬢様が『聖女』だからなのだろうかと、考えながらページを捲っていく。
「っ!!!えっ!?」
「ッ!?急にどうしたの?」
「あの…俺の見間違いでなければ、アダムス王家としては最後の当主とされる人の……」
こんなに早く情報が見つかるとは信じられず、見間違いを疑ってしまう。
旦那様もまさかと言わんばかりの表情で、俺が読んでいた書物を覗き込む。
「っ!!本当に…いたんだ…!」
旦那様に見てもらっても、同じ反応だった。
俺の見間違いではなかったことが、はっきりと分かる。
『聖女』は、昔から存在していた。
しかし、ただ存在したという事実であれば、見間違いを疑うこともしなかった。
アダムス王家の歴史書のとある一ページには、アダムス王家最後の当主とされる、イーサン・アダムスについての情報が載っている。同じページにはその妻であり、アレキサンドラの祖母にあたるマリア・ルーナのことが記されている。
マリア様についての経歴は、嫁いだ年や王子出産よりもまず先に、こう書かれていた。
『マリア・ルーナは、ディアナ王国に現れた"聖女"である』
要するに、マリア様が産んだ前王アウィンとオリヴィア様、それぞれの息子達は皆『聖女』の血を引いてることになる。
ただ『聖女』が存在していたことよりも、その真実の方が、俺にとっては信じ難いことであった。
「まさかアレキサンドラ様にとってはお祖母様に当たる方が…僕が幼い頃、40にもならないうちに亡くなられてしまったのは覚えているけど…その頃には『聖女』という情報が消えていたのかもしれないね…」
「どちらにせよ…王家が『聖女』を嫁として迎えたという歴史があったから、あの占術師どもはアレキサンドラ様との結婚を勧めたんだろうな」
占術師は、誕生宴の時にアレキサンドラと『聖女』を結婚させれば幸福になるとか言っていた。
恐らくマリア様も、別の人間から同じような理由でアレキサンドラの祖父であるイーサン・アダムスと結婚させられたのだろう。
しかし、現実は残酷だった。
親父や母上から聞いた話では、女癖の悪いイーサンは最初だけマリア様を愛していたものの、世継ぎが生まれた途端に浮気を再開してしまった。数々の愛人の中で欲深い踊り子を愛妾とした挙句、ディークが生まれてしまったために、当時オリヴィア様を妊娠していたマリア様はより一層苦しむことになったと。
そういった現実を踏まえると、人に仕組まれた結婚は誰も幸せにならないことがはっきりと分かってしまう。
そのマリア様についてだが、俺が生まれた頃には既に亡くなられていたため、ディークの母親が愛妾になっていたことしか分からない。
書物には、俺も旦那様も知らないマリア様のことが多く記されている。
「っ…!!ジルコニア………?」
出生についての一文に、『ジルコニア』という単語が見え、俺は一瞬動揺しかけた。
マリア様は北方諸国にある教会の娘と、俺にとっては曾祖父にあたるジルコニア前公爵との間に生まれた子供だ。
今の感覚では、ただの玉の輿を経て生まれた『聖女』のように考えるだろう。しかし、この当時はディアナ王国と北方諸国の繋がりは無く、その国出身の者達は今で言う東洋人と変わらない扱いだった。
昔から、そういう扱いを受ける者とディアナ王国出身の人間との間に生まれた子供は、“混血“とされる。
マリア様は、混血出身の聖女ということになる。
(前に占術師が言ってた『特別な出自』ってのは、マリア様の出生を根拠にしていたからか…)
今でこそ北方諸国との繋がりがあるため、最早関係のない話ではあるが、今の王家は"混血"と血が繋がっていると言える。
王家自体がかつての"混血"の血が入っていると分かれば、貴族連中はどう思うか。
今までの差別を帳消しにするが如く、東洋人を急に受け入れ始めるならまだ良い方だ。現実的にあり得るのは、王家に対して掌を返したように批判が湧くことだろう。
しかし、これら以上にもっと避けるべき事態がある。
北方諸国から来た人間が、ディアナ王国の民からよそ者扱いされてきた過去。恐らくマリア様の婚姻をきっかけに、入れ替わるように始まった現在の東洋人差別。
マリア様の時と同じように、仮にミーシャお嬢様が『聖女』として嫁いだことで東洋人への差別も無くなったとしても、今度は別の繋がりのない国の民が差別の標的になる可能性は高い。
『聖女』の誕生と婚姻により、対象を変えて差別の歴史が繰り返されるのは、国民からの不信が湧き上がり、果てには国の評判にも関わる。
そういった理由もあり、アレキサンドラの誕生宴をきっかけに、アウィン様は『聖女』に関する情報を検閲対象にしたのだろう。
その証拠に、マリア様についての比較的新しい歴史書では、『聖女』に関する情報も、北方諸国にある教会の娘が母親であることは書かれていない。マリア様については、ただ『ジルコニア家の1代目当主の娘』または『エドワード・ジルコニアの叔母』と書かれているのみだ。
(アウィン様が誕生宴の後に『聖女』を検閲対象にしたのは国のためだけじゃなくて、恐らく自分の母親のためでもあったんだろうな…)
国の存続や評判だけではなく、後々の未来で自身の母が批判の対象になることを避けるためという理由なら、それはアウィン様らしいご判断だと言える。
何はともあれ、今日グレイス家の書庫で見た王家の真相は、旦那様と俺だけの秘密としよう。
『聖女』が存在していると分かれば、次は『聖女』には何か特別な力があるかどうかの確認である。
マリア様が『聖女』であるという情報が乗っていた書物から、特別な力があったかどうかの情報を探していく。
ミーシャお嬢様が来てから、極端な豊作や全員が健康になったことはただの偶然なのか。それを信じたい気持ちで読み進めていると、"豊作"や"健康"といった単語が目に入った。
一つ目の"豊作"に関しては、マリア様が王子を妊娠するまでの間はずっと続いていたと記されている。その作物についても、ミーシャお嬢様の時と同じように、全て良質だったという。
その情報に加えて、マリア様の親元であるジルコニア家は、今でも汚れ役とは言えかつては侯爵の一端に過ぎなかったらしい。しかし、マリア様が生まれて以降はその弟や妹が10人以上生まれた上に、公爵にまで位が上がり、本家分家含めて現在に至るまで続いているとあった。
以上の出来事が起きた不思議な力は、『豊穣』と記されている。
次に二つ目だが、マリア様が生まれてからは、ジルコニア家の人間や使用人達は全員一度の病気も怪我もなく健康に過ごしたとのことだ。しかし、その健康はやはりマリア様が王子を妊娠するまでの間だったらしい。
皆を健康にする力は、『癒し』と記されている。
ここまでで分かったのは、『豊穣』と『癒し』の力はマリア様が妊娠するまでしか発揮されなかったということだ。
『聖女』を選ぶであろう神様は、処女信仰が相当強いのだろう。妊娠したらその力が無くなるとは、あまりに極端すぎる。
「マリア様の不思議な力は、ミーシャがうちに来てから起きたこととほとんど共通してるみたいだね…」
「とりあえず、その現象の原因が分かって良かっ…………ん?なんだこの文は…」
目に入った続きの文章には、このようなことが記されていた。
『マリア様は、類稀なる美貌を有していた。流れるような蒼銀の髪は人々を魅了し、何より青玉の如き瞳は、命が燃え尽きる瞬間まで人々の心を強く捕らえて離さなかった。不思議なほど強烈に人を惹きつける力は、最早"誘惑”と呼ぶべきである』
マリア様の特徴を大げさなまでに絶賛しているだけのように見えるが、それを『誘惑』の力と表現しているのは何かおかしい。
どちらにせよ、最近グレイス家内で起きた出来事と共通しているものではないため、特に気にしないことにした。
「何はともあれ…最近起きてる現象の理由が分かって安心したよ。もしミーシャが『聖女』だとしても、絶対に他言無用とさせて欲しい。僕はあの子が安全に暮らせる方を優先したいんだ」
「俺も同意見です。お嬢様が混血嫌悪の貴族どもに良いようにされるのは目に見えていますので」
ミーシャお嬢様が来てから起きた不思議な現象には、『聖女』とされるマリア様にあった『豊穣』と『癒し』の力が該当していた。しかし、あまりあって欲しくはない『誘惑』の力は、今の所見られていない。
それが分かっただけで、俺も旦那様もすっきりしている。仮にお嬢様が『聖女』だろうと、変わらずこの家で安全に過ごさせることに変わりはない。
しかし、特に気にするまでもないと判断した『誘惑』の力がどれほど恐ろしいものかを、1ヶ月後に俺は理解させられることとなる。




