制御出来ない力
※トラウマのフラッシュバックを引き起こす可能性のある胸糞な描写あり。苦手な方は避けてください
お嬢様が来てからは色々と忙しなく過ごしてはいたものの、『聖女』について調べてからの数ヶ月間は、間違いなく平和なはずだった。
しかし、12月という真冬の夜に史上最悪な知らせが入ってきた。
「なんでアイツら来るんだよ…よりによってお嬢様がグレイス家に来た後とかふざけんな…」
こんな夜に手紙をよこしてきやがったのは、あの人とも呼べない化け物級のクズ…クローズ家だった。
前回クローズ家が来た時は、レイラがエロガキのトニーに目をつけられた上に、ミア様やジョゼフが侮辱されたなど、散々なものだった。
今回はその特に酷い目に遭わされた三人は既にグレイス家にはいない。しかし、今はあのクローズ家が最も忌み嫌う混血の少女であるお嬢様がいる。
エロガキについては、「そんな混血など触れたくもない!」と喚くのは想定できる。とにかく、か弱そうな見た目だけで興味を持ちそうなあのガキの目にお嬢様を触れさせなければ、その辺は無問題だ。
そして、レイラの時みたく被害者になりそうな女性もいない。なぜなら、トニーはサラみたいな気が強いタイプには近付きたがらないからだ。そういう器の小ささは、気が弱いわけではないが基本的に穏やかなレイラに接近した所で見え透いていた。
問題は、クローズ夫妻だ。恐らく、養女を迎えたと聞き、その顔を見てやろうという魂胆で手紙をよこして来たのだろう。
トニーを別室に移動させて養女であるミーシャお嬢様を紹介したとしても、あの夫妻が大騒ぎするのは目に見えている。その騒ぎを聞きつけたトニーが、混血への忌避とお嬢様の可憐な容姿のどちらを取るかは賭けになってしまう。
一番安全に事を運ぶために、お嬢様は流行病で部屋を出られない状態だとする。お嬢様にはクローズ一家がいる間だけ、見張りの使用人女性と一緒に部屋の中にいてもらう。
流行病と聞けば、あのクローズ一家も気味悪がって近づこうとしないだろう。そのまま出禁どころか接近禁止にでもしてしまえば、あの化け物どもは二度と近づくことはない。
そうと決まれば、クローズ家から来た手紙と共に、その作戦を旦那様に伝えに行くことにした。
しかし、俺は想定できていなかった。
作戦が通用しなかったとか、そんなものではない。あのトニーの欲や行動、その想像すら軽々と超えるほどの出来事が起きる未来を。
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数日後…
ついにやって来てしまった、クローズ一家の来訪。
奥様を慕っていたがために悪評を聞いて激怒していたサラと、その他大勢の使用人たちは、全員嫌そうな顔で準備を着々と進めている。
「クローズ家が5年ぶりに来るってのかよ…二度と来ないで欲しかったものなんだが…」
「あの奥方のせいでまた消臭剤の予備が間に合わなくなりそうだわ」
「特に子供の方には少し味が落ちた紅茶を用意しておくか。どうせ味も理解できんだろ」
使用人達からは、様々な文句や嫌味が噴出する。普段は温厚な人達だからこそ、クローズ家に抱いた怒りや軽蔑は相当強いのだろう。
夫妻にも平等に味が落ちたものを用意してもバレないだろうと俺は思っているため、後で担当には助言しておくつもりだ。
「グレイ、見張りの人がいるとはいえ、お嬢様を部屋に残して大丈夫でしょうか?」
「もしお嬢様に近づいたとしても、あの器の小さいガキのことだ。流行病だって信じ込ませたら結局移るだの騒いで、馬鹿親が連れ戻しに来る」
「まあ…確かにいくら馬鹿でもわざわざ流行病の患者にもっと近づくなんてあり得ませんよね。ただ…お嬢様にますます変な噂が付けられたりとか…」
「とにかくお嬢様が被害に遭わないことが最優先だ。風評被害とかは『混血の孤児』っていう時点でとっくに起こっているから今更撤回させるのは無意味なんだよ」
「………ほんとアンタって色々とシビアね…お嬢様に厳しいのか優しいのか…」
勿論俺も、風評被害自体は望んでいない。しかし、世の中に混血への差別が蔓延っている時点で、風評被害を完全に防ぐことなど不可能だ。
だからこそ、お嬢様のことで最低限守れる所は確実に守る。
俺のやり方が厳しいとされても、結局最低限安全に過ごすためには多少のリスクは負わなければならないことに変わりはない。
「そういえば…書類整理の時にクローズ家の来訪を伝える手紙とかが何一つありませんでしたけど、全部捨てちゃったんですか?ヤバそうな事情とかありそうだし、証拠になると思うんですけど」
「証拠があるやつはちゃんと大事に預かってる。それ以外は全部暖炉で焚べといた」
「なるほど…それはさぞかし良い燃料になったでしょうね」
「ああ、素晴らしく燃え上がっていた。何はともあれ、クローズ家をなんとか早めに帰らせるために全力を尽くすぞ」
「はい!」
クローズ家のことなので、予定の時間には絶対来ない。早く来られても良いようにと、早朝も準備をしておいたおかげで、俺達は割と余裕を持てている。
予定より早く来ておいて準備不足な所をクローズ家からいちいち指摘されることは、これで防がれた。
そして、案の定クローズ一家は予定の15時より1時間早く来訪してきた。
五年経っても、クソジジイ…クローズ伯爵は相変わらず傲慢な態度と品の無い服装だ。ババア…伯爵夫人の化粧臭さは磨きがかかっている。
今年14歳のトニーは若干背は伸びて小太りはほんの少し改善されたが、俺からすればもう伸びる見込みがないただのチビ野郎だ。五年前はまだエロガキと言ってもたかが知れているレベルだったが、今はもうそういう知識があってもおかしくない。そんなトニーに、ミーシャお嬢様は絶対に会わせたくない。
「兄上、養女として引き取られた混血…いや、娘は?」
「紹介したかったんだけど、生憎うちの娘は流行病にかかっていてね…今は部屋で療養しているよ」
「流行病だと?全く…我々には移さないでいただけるようご配慮を」
「まあいやだ。混血な上に流行病だなんて穢らわしいったらありゃしないわ」
流行病だと聞いた途端に、クローズ家は一瞬で信じた上に近寄りたくないとばかりに顔を顰めた。
仮にも姪となる娘に対して流行病を心配するどころか移すなと抜かすこの一家には、もう何も感じない。むしろ、近寄りたく無いと言ってくれる方が都合が良い。
「それより、我々は長旅で喉が渇いて仕方ないんだ。早く茶の一つでも出してくれ」
「そうよ、私たちが脱水してしまったら責任取れるのかしら?」
帰るのかと思いきや、クローズ一家はまだ居座るつもりらしい。移すなとか言う割に長居する図々しさはいっそ羨ましいぐらいだ。
「分かったよ。流行病が心配だから、飲んだらすぐに帰りなさい。サラ、三人分のお茶の用意を」
「はい、かしこまりました」
旦那様の指示を受けたサラが、使用人達が選別してくれた紅茶を用意をしに部屋を出て行く。
そんなサラをトニーはじろじろと見ていたため、レイラの時みたくまた抱きつくつもりなのかと、俺は若干の殺意をこのクソガキに抱く。
しかし、サラを見届けたトニーはつまらなさそうにため息を吐くなり、俺をじろっと睨みつけた。
「おいそこの白髪、あの水色の髪の侍女はいないのか?あの混血の男はいないんだろ?さっさと連れて来い」
相変わらずこのエロガキはレイラみたいなのが好みらしい。サラに興味を持たなかったことは安心したが、自分の邪魔をしたジョゼフの姿が無いのを良いことに、レイラに触りたがっているようだ。しかし、もう既にレイラはこの家にはいない。
「………彼女はジョゼフと結婚し、既に奥様の親戚筋の家で働いております」
「はぁ?何故あんな男と一緒に!?あんな混血よりこの俺の方が余程…!!!」
自分が気に入らないジョゼフと結婚したのが気に食わないトニーは、今にも癇癪を起こしそうだ。何故自分の方が選ばれると思ったのか、その自己肯定感の高さを少しでも分けて欲しいくらいだ。
「もう良い!休憩させろ!!俺は疲れてるんだ!!!」
完全に機嫌を悪くしたトニーが、あろうことか部屋を飛び出して休憩できる場所を探し始めてしまった。
偶然休憩場所として定めたのがお嬢様の部屋だとしたら、トニーのあの様子では見張りの女性を突き飛ばしてでも入りたがる可能性が高い。
「トニー!待ちなさい!!」
「ちょっと!もう帰るのだから行ってはダメよ!!」
「はぁ…全く…!俺は先に戻っているからさっさと連れ戻して来い!」
息子の尻拭いぐらいしろやクソジジィと言ってやりたいが、今はそんなこと考えている余裕はない。
「お待たせしまし…ってどうかしたんですか!?」
「サラ!話は後だ!まずはお嬢様の部屋に急ぐぞ!!」
「っ!!あんのドラ息子がっ…!!!」
紅茶を持って来たサラも、状況を理解して急ぎ足でお嬢様の部屋に向かった。
先回りすれば、お嬢様の部屋に辿り着いてしまう前にクソガキを捕獲できる。しかし、あの見た目の割に足が速かったのは想定外だ。
運良く、あの馬鹿が別の部屋でぐーすか寝ていれば、縛ってさっさとクローズ家の馬車にぶち込んでやりたい。
「誰かぁ!!!誰か来て下さい!!!お嬢様がぁ!!!!!」
二階に上がると同時に、聞きたくなかった使用人の女性の悲鳴が、お嬢様の部屋に辿り着く直前で聞こえて来た。
お嬢様の部屋の扉が、無造作に大きく開かれている。
「流行病になんて嘘吐いてたのか!?罰としてその混血の身体見せろ!!」
「ぃ…やっ……やだ……!やめて…っ…助けて……!!」
お嬢様とトニーの声で嫌な予感がし、俺は部屋の中に急いで入った。
トニーに無理やり脱がされそうになっているミーシャお嬢様が、か細い声で抵抗している。部屋の入り口付近では、使用人の女性が痛そうに腹を抱えて蹲っていた。
女性の腹を殴った上に、幼い娘に言いがかりをつけて無理やり脱がせようなど、このガキは最早生かすべき存在ではない。
「誘う目しておいてやめろだと!?本当は望んでるくせに………がはァッ!!!!!!」
油断して興奮しているトニーの背中を、俺は気づかれないうちに後ろから蹴り飛ばした。しかし、それだけではこいつは諦めずにお嬢様の足を掴む可能性がある。
その前に首元に手刀を喰らわせ、トニーは「うぐっ!!」と声を上げながら気絶した。
トニーが気絶している隙に、サラがお嬢様の元に駆け寄った。
「お嬢様!!大丈夫ですか!?」
「サラ……あの…男の人……怖い…っ」
「大丈夫ですよ…私がついております」
お嬢様はすっかり怯えてしまっているようで、震えたままサラに抱きついていた。
ただでさえ、混血の孤児という差別を受ける身の上だというのに、それを弱みとして持ち出して襲われる。幼い少女が受ける仕打ちとしては、あまりに残酷だ。
そんな残酷な目に遭わせたトニーの胸ぐらを掴み、俺は耳元に顔を近づけた。
「……ジジイとババアがいないうちに耳の穴かっぽじってよく聞けクソガキ。もしまたお嬢様に手ェ出したら…一生逃げられない地獄に叩き落としてやるからな」
誰の耳にも届かない声でトニーに宣告してやると、俺は後ろの首根っこを掴んでズルズルと部屋の外に引き摺り出した。トニーは廊下で寝ていたという風に見せるために。
その直後に来たクローズ伯爵夫人は、心配しながらトニーを連れて帰ろうとした。が、ババアは目ざとくミーシャの脱がされかけた姿を見つけてしまった。
「なっ……!!あの小娘……まさかうちのトニーを………?」
「いえ、ご子息が勝手に部屋に入ってきて…」
「嘘吐くんじゃないわよぉっ!!!!混血の孤児のくせにうちの息子を誘惑なんかして!!!」
自分の息子が犯罪まがいのことをやらかしたと言うのに、お嬢様が悪いとでも言うのか。
「誘惑?そんなことするわけ…」
「さっきトニーが誘う目をしてきたとか言ってたじゃない!!!!病気とかこつけてうちの息子を部屋に引き込んで誑かすつもりだったんでしょう!?混血の孤児な上に売女だなんて!!こんな小娘なんかさっさと野垂れ死ねば良いのよ!!!!!」
「っ!!!お嬢様がそんなことするわけねぇだろ!!お前みたいな性根の腐ったゴミがいるからなんの罪もない人が一生苦しむんだよ!!!!」
近くに来ていたサラがついにブチ切れてしまい、ババアに鬼気迫る勢いで掴みかかった。俺も参戦したかったが、そうなるとサラと俺の立場が危うくなる可能性がある。
せめて旦那様が腕っぷしの効く男性の使用人達と共に駆けつけるまで、トニーが動けないように縛り上げておいた。殴る勢いのサラを止めるふりをしつつ、俺はババアの足をたまに軽く踏んでいた。
その最中に、俺はある言葉が気にかかっていた。
『誘う目をしておいて』
同時に、『聖女』について調べた時に発覚した三つの能力のことも、頭に浮かんでいた。
アレキサンドラの祖母であるマリア・ルーナの深い青色の瞳に、他の力とは違って命が尽きるまで宿っていたとされる『誘惑』の力。
調べた時には関係ないとばかり思っていたその力が、ミーシャお嬢様にもある。今まで気づくことがなかったのは、その力が作用する対象に関係があったからだろう。
グレイス家にいる使用人達は、皆既婚者ばかりで、旦那様は奥様をずっと愛している。女性であるサラやクローズ伯爵夫人は、お嬢様の目を見ても特に何も無さそうだった。
しかし、独身かつ愛する人がいないトニーは、お嬢様の目を見ただけで『誘う目をしておいて』という言葉と共に、お嬢様に欲情して服を剥ぎ取ろうとした。
今日の事件だけで、俺は嫌と言うほど理解させられた。
『聖女』の力のうちの『誘惑』は、誰にも制御出来ない一番危険な力であることを。




