混血の少女
中身無しのオリジナルミーシャについてじわじわと深掘りしていきます
グレイス侯爵家の養女として引き取られた少女ミーシャの出自に、俺はかつて宮廷で聞いたある言葉を思い出していた。
『ディアナ王国の元に、天界から天使が人の姿に変えてもうすぐ誕生する時が来ます』
『その者は貴族ではなく、"特別な出自"の民から生まれます』
『現れた暁には教会が聖女として迎え入れ、成長後に王太子殿下の妃とすれば、この国は永遠の幸福に包まれるでしょう』
アレキサンドラの誕生宴の日、胡散臭いとばかり考えていた占術師の予言。
10年前、丁度東方の国から誰かが亡命してきたという噂があり、予言は珍しく真実味を得ていた。しかし、当時は今以上に東洋人やその混血が忌避される時代でもあったため、聖女として祀り上げられる裏でその子供が虐待され、東洋人である母は慰み者が見せ物にされる恐れもあった。
結局は前王アウィンが、東洋人の母とその子供を引き離したくないという考えの元で、子供を聖女として宮廷に連れて行くことは却下された。
目の前にいるミーシャという少女は、聖女として祀り上げられるはずだった子供なのだろうか。
占術師の口ぶりからして、アレキサンドラの誕生月以内には生まれるとされていた。幼いうちに親を亡くしていて覚えているはずはないだろうが、ミーシャの誕生日を調べたらその確証は付く。
ミーシャが風呂で洗われ、着替えさせてもらっている間に、俺は色々と旦那様に聞いてみることにした。
「旦那様、あの娘の誕生日はいつでしょうか?」
「え?あー…孤児院が預かっていたご両親の日記では『6月21日』って書いてあったよ」
「っ!!そう…ですか。一応その辺の管理は行き届いてはいるんですね」
問題だらけの孤児院のことだから、子供の記録の管理は杜撰だろうという確認のフリで聞いたら、誕生日はアレキサンドラの誕生月と同じだった。そして、『もうすぐ生まれる』という言葉にも現実味を持たせている。
"特別な出自"という条件も、東洋人の母とディアナ王国の民との間に生まれた混血のため、満たされている。
ただ、これだけではミーシャが"特別な出自"を持つ聖女とは断定できない。
そもそも、『聖女』とはなんなのかすらはっきり分かっていないうちから、聖女だろうと考えるのは早計だ。
「あの…もう一つ質問よろしいでしょうか?」
「ん?良いけど、どうしたの?」
「その、何故グレイス家の養女として引き取ることにしたのでしょうか?」
『聖女』の可能性があろうがなかろうが、どちらにせよ東洋人との混血の少女を侯爵家の養女とするにはリスクが大きすぎる。
貴族の中では、東洋人や混血に対する差別の考えはまだ蔓延っている。そんな価値観の元では、ミーシャは勿論のこと、旦那様までも「好奇心で引き取った」とか「見せ物にするつもりだ」などというありもしない偏見の目で見られる可能性が高い。
「……生前のミアが、自分が元気になったら養子が欲しいと言っていたんだ。出来れば女の子が良いと言っていたから、ミアが元気になるまで孤児院を探して回ってて…見つかる前に亡くなってしまったけどね…」
「奥様の意思を継ぐためということですか…ですが、あの娘を養子とするにはどうしてもリスクは高いと思われますが…?」
「リスクなんて関係ないよ。単純な話かもしれないけど、僕とミアの娘にするならあの子が良いって思った。ただそれだけのことだよ」
要するに、旦那様的にはただの直感らしい。リスクがどうとか考えるのが馬鹿らしくなった。
よくよく考えれば、ミーシャはグレイス家の引き取った養女として丁度良いのかもしれない。お人好しなほど困っている人を放っておけない紳士と言われる旦那様と、人見知りで滅多に人前に出たがらない奥様の娘として。
奥様は普段画家としての用事が無ければ宮廷には来ず、もし現在も生きていても、引き取った養女の混血のことを言われる確率は低い。旦那様に至っては、普段からお人好しだのなんだの言われ慣れている。
グレイス家の使用人達も、最初は驚いていたが、すぐに適応してミーシャをお嬢様として扱っている。サラに至っては、お嬢様というよりはむしろ妹みたいに接しているようだが、混血だからと嫌悪するよりは断然良い。
(結局俺が一番気にしすぎってことか…)
それもこれも、『聖女』なんていう訳のわからない情報を口にした占術師のせいだ。それさえなければ、グレイス家の養女にするという話に少し驚くだけで済んだはずだった。
もう『聖女』の情報は忘れて、今後任されるであろうミーシャに対して令嬢としてのマナーを身につけてもらうことに専念する。
混血の娘だろうと、俺には関係ない。
そう思いながら、洗われて綺麗になったミーシャ…お嬢様の夕食の時間まで自分の仕事を無心でこなし続けた。
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数日後…
「お嬢様、作法を覚えましたら次は歴史についての勉強をしましょう」
「は、はい…分かりました…」
この数日間、お嬢様にはテーブルマナーや歩き方、令嬢としての挨拶等を教え込んだ。かつてのサラとは違って聞き分けは良さそうだが、話すのはおどおどしているため、恐らく物覚えの方はゆっくり進むのだろうと思っていた。
しかし、驚くことに形式的な作法はすぐにお嬢様の身に染みていた。挨拶に関しても、声は小さめで自信なさげだが、それ以外は申し分無いほどしっかり出来ていた。
初めてなのにあまりに覚えるのが早く、遅くても次の日には当たり前のように出来てしまう。
まるで、教えた通りに動く人形のようだ。
(人形のよう…って思わないほうが無理だよな…)
ミーシャお嬢様にこうしてマナーや勉強を教えるうちに、人間性が分かってくるものだ。
お嬢様は、良く言えば聞き分けが良く従順で控えめだ。それだけ見れば、皆が求める令嬢として相応しいものである。しかし、悪く言うと自己主張が無く、感情に乏しい。というよりは、悲しそうだったり、寂しそうな表情しかないという言い方が正しい。笑っていたとしても、やはりどこか寂しげだ。
俺としては、もう少し自己主張をしても良いとは思っている。いくら礼儀作法が出来ていて、皆が求める貴族の令嬢らしい振る舞いだったとしても、悲しそうだったり寂しげでは悪意のある者に舐められたり、侮られる可能性がある。
ただ、正直まだ貴族だった頃の俺の周囲にいた女性が皆、大抵自己主張強めだったり、普段から自信たっぷりの笑顔を見せているか、そもそも怒ると怖いタイプが多かったため、余計にそう思うのかもしれない。
(母上とかオリヴィア様…それとフローラ前王妃にあのマウント女シャーロット…あの四人を知ってるとなぁ…)
とは言え、俺の知る女性とは真逆だろうと、ミーシャお嬢様の物覚えが良く、変な騒動を起こさなさそうな性格であれば、今後は何事もなく執事として過ごせそうだ。
今も歴史の教科書を指定した場所まで読み進められたのか、本を閉じて小テストまで取り組んでいる。今の所、間違っている所は無さそうだ。
そう思っていた時、外から騒ぐ声が聞こえてきた。
お嬢様はその一瞬でビクッと驚き、俺の顔色を伺っている。
「ああ、大丈夫ですよ。見てくるので続けてください。サラ、後は頼んだ」
「はい、わかりました」
お嬢様をサラに任せ、俺は騒ぎの場所まで向かう。
辿り着くと、グレイス家の雇った農民達が弾けるような笑顔で喜びを分かち合っているようだ。そこには旦那様がいたため、理由を聞いてみることにした。
「旦那様、何かあったんですか?」
「あっ、丁度良いところに!今嬉しいことがあってね、今年は収穫率も高い上に作物も全部良質なものばかりだったんだ!」
農民達が喜ぶ理由は、豊作のようだ。今までもそれなりに良い品質の作物は穫れていたが、今年は不思議なことに全部良質なものらしい。
「急にそんなことが…何か工夫でもしたんですか?」
「うーん…なるべく普段から良質な作物が穫れるようにはしてるけど、ここまでなのは初めてだよ!」
「天候が今年は良かったのかもしれないですね…」
だとしても、穫れた作物の品質が全て良いのはおかしな話だ。たとえ工夫を凝らしてより良い物を作ろうとしても、全部良質な物にするには限界がある。偶然にしては、出来過ぎなぐらいだ。
その上、先ほどから見ていて思うことがある。
農民達の中には元気だろうと年老いて腰が曲がった者も含まれていたが、今は全員揃って背筋がピンと伸びている。偶然病によってこの場にいないこともあるはずが、今回は一人漏らさず集まっている。
おまけに、旦那様の様子だ。この前まで腰やら肩が痛いと言っていたのに、今は何事も無さそうに振る舞っている。
昨年までは起きなかったことが、今起きている。
なにより、ずっと偶然だと思うようにしていたが、ミーシャお嬢様が来てからはやけに皆の顔色が良い。
やはり、ミーシャは『聖女』という存在なのではないか。
『聖女』について、もっと詳しく調べる必要がありそうだ。
貴族の図書館には行けないが、旦那様の書庫になら何かあるかもしれない。
「旦那様…書庫で調べたいことがあります」
「書庫?別に良いけど…終わったらちゃんと戻して…」
「あの、調べ物については旦那様にも確認いただきたいので、ご都合が合いましたらその日にお願いいたします」
俺一人で『聖女』のことを調べて理解しても、意味がない。
今後のグレイス家に関わる話になり得るため、旦那様にも情報を知っておいて欲しい。
「じゃあ…今日の夜、夕食が終わった後に行くよ」
「ありがとうございます。では後ほど」




