運命へと進む時
新章突入。
ジョゼフとレイラが旅立ち、3年が経った。
俺は丁度2ヶ月前の4月3日に18歳を迎え、ついに正真正銘の大人となった。タバコも酒も解禁されたため、今では休憩時間で時々一服させてもらっている。
ちなみに、来たばかりの頃にジョゼフから注意されてオールバックにした髪型だが、今では伸びに伸びた前髪を右側だけ下ろしている。しかし、流石にジョゼフがレイラと共にグレイス家に遊びに来る日だけは、説教防止のためにちゃんと眼帯を着けてオールバックにしている。
その理由は、3年前に負傷した右目にある。
俺は右目が見えない上に、指定された眼帯が外れても何かで隠しておかなければならない。一応新たに買った眼帯は持っているが、ジョゼフが来る日以外も着け続けるのも面倒なため、前髪を右目が隠れるように下ろすことにしたのだった。
この3年間、毎日何事もなく平和だったかと問われると、そうとは言えない。少なくとも宮廷については波乱だらけで、現在もそれが続いている。
きっかけは、アウィン国王陛下が40歳という若さで亡くなられたことだ。この国が悲しみに沈む中、主にディーク・ルベウスのせいで次期国王に関する問題が発生してしまった。
順当に前王アウィン・サッピールスの王太子であるアレキサンドラが国王になった所に、敵対するディークはどうしても納得がいかないとばかりに、レイヴァンを対抗馬として持ち出した。
『自分の息子の方がアレキサンドラより生まれたのが早いため、順番で言えばレイヴァンが先だ』
『前王の息子である自分と、ウェスタ国の王族の親戚である公爵家出身の妻の血を引くレイヴァンの方が国王に相応しい』
などというくだらなさ過ぎる理由や根拠のない血統主義を主張してきたディークを、皆相手になどするわけがないと、俺は思っていた。
しかし、一部で息を潜めていたルベウス派が、親玉であるディークが直々に主張したのを機にむしろ奮起してしまった。国王となったアレキサンドラを引き摺り落とそうとばかりに、サッピールス派とルベウス派に派閥が別れて今でも争いは続いている。
この件については、サッピールス家過激派とも呼べるラルフがいるため、王位継承権の意味ではアレキサンドラにとって不利に働くことはまず無い。しかし、問題なのは持ち上げられた当事者であるアレキサンドラと、レイヴァンの精神状態だ。
親同士がどうであれ、少なくとも二人は一年前まで仲が良かったはずが、今は王位継承権争いに巻き込まれ、お互い敵対しなければならない。これほど残酷なことはないだろう。二人とも心優しい性格だからこそ、後にその継承問題が悪影響を与えないかは正直心配だ。
どの時代でもどの場所にいても、欲深い大人のせいで子供が苦しむことになるのは同じだと、継承問題ではっきり理解させられる。
俺はもう、アレキサンドラが辛い時だろうと側にはいられない。抱え込ませないよう、話を聞いてやることも叶わない。
彼奴が誰にも話を聞いてもらえない状態になろうと、これ以上はどうしようもできない。
俺のその不安が的中するかのように、一年前にアレキサンドラの家出事件が発生してしまった。
旦那様の家にも捜索命令が出たが、その時は奥様の体調が悪化していて看病の最中だった。それでも命令には従わなければならないため、モルガン家からもう一度ジョゼフやレイラを呼んで捜索してもらうなど、恐らくこの時が宮廷もグレイス家も混乱していた時だった言える。
俺は、捜索出来なかった。否、探したくても探せない身だった。
もし見つけられても、アレキサンドラが俺を元の場所に連れ戻そうとする可能性は高い。なんとかアレキサンドラのことを説得できたとしても、他の捜索者に見つかるのが一番最悪だ。
宮廷を飛び出して行ったアレキサンドラが見つかったことを喜ぶ前に、俺の家出事件が掘り返され、グレイス家は無断で公爵子息を預かっていた、あるいは誘拐したなどと疑いをかけられてしまう。
それを避けるため、アレキサンドラの捜索は出来なかった。
結局アレキサンドラは一日で宮廷に帰って来たようで、ほっと胸を撫で下ろすと同時に「家出するとしても絶対俺みたいなことにだけはなるなよ」と、心の中で彼奴に釘を刺しておいた。
こうして、アレキサンドラの家出事件は収束した。だが、グレイス家の状況は何も変わらなかった。
家出事件以降も、奥様の体調は一向に良くならない。元々丈夫な方ではなかったが、友人であるフローラ様を亡くしたのが心労に響き、立ち直る間も無く病は進行していった。
旦那様は、ずっと懸命に看病していた。医師に尋ねながら、自らの手で出来ることを模索し続けていた。
外では毎日のように降っていた雨が止み、茹るような暑さを迎えていることに、気づく暇もないままに。
しかし、皆がどれだけ手を尽くしても、奥様の病は回復しなかった。
オルティス子爵家に生まれ、20歳でグレイス侯爵夫人となったミア・オルティスの人生は、33歳で幕を閉じた。
非常に人見知りが激しいながらも、生来の控えめで優しい性格から、旦那様に愛されるだけでなく、使用人達からも慕われていた人が亡くなったことで、皆深い悲しみに沈んだ。葬儀に参列していたレイラは、ジョゼフに支えられていないと耐えられないほど悲しんでいた。
それは、俺もサラも例外ではなかった。
俺は、最初に出会った時は大人にしか見えない風貌のせいで奥様に怖がられ、人見知りされてしまった。しかし、いつの間にか今では俺とサラが喧嘩をすると宥めに来てくれるほど、心を開いてくれていた。
サラはというと、初めて来た時から奥様に一番可愛がられていたこともあり、サラにとっては第二の母のような存在だった。その第二の母を亡くしたショックにより、葬儀の後もしばらくずっと泣き伏していた。
俺はどう声をかけて良いかも分からず、サラの頭を撫でるしか出来なかった。らしくない行動だったと、今でも思っている。お節介な人間に見られたら、揶揄われる可能性だってあるにも関わらず、俺の身体はそう動いていた。
それでも、これだけは確かなことだった。
サラがずっと落ち込んでいる姿だけはもう見ていたくないと、感じたことは。
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奥様が亡くなった一年後のことだった。
旦那様が、久々に孤児の娘を家に連れてきた。
その娘は明らかに怯えていて、すっかり旦那様の後ろに隠れてしまっている。
「旦那様、その娘は…?」
「ああ、さっき挨拶に行ってた孤児院でね…この子が同じ孤児達と一緒に遊べなくて一人寂しく座ってて、職員はまともに面倒を見てる様子もなかったから放って置けなかったんだ」
「……とりあえず、その孤児院にはもう関わらない方が良いですよ」
この娘が同じ孤児達から仲間外れにされていたのは、東洋人の血を引いているのが原因だろう。
ディアナ王国の民同士で生まれたにしては、茶髪が黒っぽくブルネットに近い。それだけならまだ偶然と言えるが、ディアナ王国の人間には無いハリのある陶器のような色白肌は、東洋人の血をひいてなければ現れることのない要素だ。クォーターとは言え東洋人の血を引くジョゼフにも、その特徴はあった。
だからと言って、この娘は完全な東洋人ではない。少なくとも東洋人の要素としては現れないブルーグレーの瞳を持っていることで、この娘は東洋人との混血だと断定できる。
「そうだね…あの孤児院の職員を入れ替えることを院長に提案した方が良いかもしれないな…」
旦那様の口ぶりからして、職員の中に東洋人との混血だと言いふらした馬鹿のせいで、孤児達が間に受けてしまったのが、仲間外れの原因だろう。
仲間外れにされている一人の孤児を放置していたことについても、脱走や誘拐のリスクを何も考えていないとしか思えない。あの孤児院にいる職員の総入れ替えが行われるのも時間の問題だ。
恐らく、この娘は使用人として働くか、サラの後輩として侍女見習いになる。大人しそうというよりおどおどしているように見えるが、少なくとも覚えの良し悪し関係なく手がかかることはまずなさそうだ。
そうぼんやり考えているうちに、旦那様は何故か邸内の使用人達を次々と呼び寄せていく。
いつもなら今後面倒を見る人間や、直接面倒は見ずとも関わりが多い人間しか集めないはずだ。
俺やサラを含めて使用人全員が不思議そうにしている中、旦那様が咳払いをして口を開いた。
「皆、よく聞いて欲しい。この子は今日から僕の"娘"として暮らすことになる。名前はミーシャだ。ミーシャ、皆さんにご挨拶して」
「ぁ……ぅ……よ、よろしく…お願いします……み、ミーシャ…です」
旦那様は使用人としてではなく、自身の娘として育てるつもりのようだ。
よりによって、『グレイス侯爵の養女』とするにはリスクが高すぎる、この東洋人との混血の少女を。
(………ん?東洋人との混血………?)
ざわつく空気の中、俺はグレイス家の養女となる娘の出生に、かつて宮廷で耳にしたあの言葉が頭に浮かんでいた。
ついにミーシャ(中身はnot転生者)が登場。本編で美加理が中身となる前のオリジナルミーシャはどんな人物かが今後分かっていくと思います。




